~卑劣! 美少女たちの楽園に飛びこみたい~

 学園長に報告を済ませると同時に、とある物を手渡す。


「ほうほう。これがアンブラ・プラントと呼ばれる植物の毒か」


 棘に含まれた液体を見て、学園長は興味深そうに目を細めた。


「珍しいのでいくつかもらってきた。人間領には無い毒物だから、何か研究に使えるかもと思ってな」

「生き物を『興奮』させる作用か。ふふふふ、これは面白い物が作れそうだ。場合によっては、国がひっくり返るぞ」


 なぜか悪い顔をする学園長。

 どうして興奮させる毒が国をひっくり返すんだ? 暗殺に使おうとも、毒物にしては味があり過ぎるから使いにくいと思うし。なにせ、めちゃくちゃ辛いので。むしろ料理研究会に提供するスパイスとして使えるのかもしれない。


「なに、君にはまだ分からない貴族や王族たちの男の苦労というものがあるのさ。多くは語らないがね」

「?」


 あの学園長が多くを語らないとは珍しいことがあるものだ。

 なんて思いつつ、学園長とはそこで別れて。

 俺は学園校舎を出てナー神殿へとやってきた。

 ここでは地下の隠し部屋でミーニャ教授が密かにエクス・ポーションの開発をしている。

 もともとは神秘学を研究しているミーニャ教授だったが、その目的は神さまへ一言文句を言うため、みたいなもの。

 どうやらミーニャ教授には神さまの声が聞こえているようだが、神官には成らなかったという稀有な人物であり、その並々ならぬ歪んだ恨みというものがエクス・ポーションの開発意欲へと繋がっていた。

 そんなミーニャ教授の恨みパワーのおかげで生まれたのが『時間遡行薬』であり、俺が生きているのも彼女のおかげといっても過言ではない。

 そして勇者パーティを若返らせることができたので、影の英雄として語り継がれるであろう人物となった。

 あくまで伝説だが、英雄となった者は天界へと導かれ神と成る。

 もしもミーニャ教授が神として天界へ行くことがあるのなら……


「これほど皮肉なことはないなぁ」


 恨んでた存在そのものに自分が成ってしまうわけで。

 ミイラ取りがミイラになる、なんて言葉を思い出してしまうものだ。

 まぁ、ミイラなんて見たこともないんだけど。砂漠国に行けば見られるらしいのだが、残念ながら勇者パーティは遭遇することがなかったので、機会はもう無いのかもしれない。

 はてさて。

 ハーフ・ハーフリングが何を司る神さまになるのかに思いを馳せつつナー神殿の扉を開けると――


「はい、サチ。あ~ん」

「……あ~ん」

「美味しい?」

「……うん。ルビーも食べる?」

「食べます食べます。あ~ん」

「……自分で食べて」

「わたしにはしてくれませんの!?」

「あはは。はい、ルビー。あーん」

「さすがはパル。大好きです。あーん」

「やっぱあげない」

「なんでですの!?」


 ロリロリ美少女たちがイチャイチャしていた。

 なんだ、ここが天界だったのか。

 どうやら俺はいつの間にか死んでしまったらしい。魂となった人間が最後に見るという夢の世界だった。

 あぁ、すまんな勇者アウダクスよ。俺はおまえを助けられそうにない。なにせ、もう一生この空間から出たくないので……!


「あ、師匠~!」


 美少女のひとりが俺を呼んだ。


「なんだ現実だったのか」

「はい?」

「いや、なんでもない」


 未だ幻覚と現実の区別が曖昧になりそうなので、ほっぺたをつねる。太ももにナイフを刺すのは最終手段だ。夢魔に攻撃されている様子はないしな。

 ナーさまの彫像――ではなく、影人形の下で美少女たちはドーナツを食べていた。いろいろな味があるらしく、食べ合いっこをしたみたいで微笑ましい空間に昇華されていたようだ。

 まるでララ・スペークラの理想の世界がこの場所に顕現したかのような芸術性。絵画の中に飛び込んでしまったかのような満足感に満ち溢れていた。


「ふぅ~」


 余りにも素晴らしい空間で自己的な催眠におちいっていたらしい。

 危ない危ない。

 ちょっと前には魔王領で勇者パーティと戦ったり、久しぶりに勇者と戦士とパーティを組み超危険な植物モンスターとの戦闘があったり、因縁のある賢者と神官と和解っぽいことをしたり……と、盛りだくさんだった。

 心が少しばかり疲弊していた可能性もあるので、より一層とパルとルビーとサチが輝いて見える。


「ん?」


 俺はサチを改めて注目した。改めて検める、という言葉を思いついたがおっさんのダジャレほどキツイものはないので自重しておく。


「……ど、どうしましたエラントさん? な、なにか……」

「いや、失礼だがサチ。綺麗になったな」

「……へ?」


 うん、確実に綺麗になっている。

 出会った時はちょっとこう、田舎から出てきました目の悪い普通の少女です、という感じだったのだが。

 今は髪を綺麗に整えているし、神官服も冒険者でなくなったからか真っ白で綺麗なもの。眼鏡も厚ぼったい物ではなくなっているので、スッキリとした印象がある。

 なにより冒険者らしく日焼けしていた肌は神殿に引きこもっているからか、すっかり白くなってしまって。おかげで肌も綺麗になって見違えるように美少女の仲間入りをしていた。


「……そ、そんなこと初めて言われました」

「そうか。でもまぁ、自信を持っていいと思うぞ。うんうん」


 あわわわ、とサチは口を動かして照れている。

 その仕草も可愛いな~。


「むぅ~」


 ほがらかにサチを観察しているとパルがなにやら唸りながら蹴ってきた。

 もちろん避ける。


「なにをするんだパル」

「こっちのセリフです。なんで避けるんですか!」

「攻撃されたら避けるだろ、普通」

「そこは甘んじて蹴られてくださいっ」

「なんで!?」


 とりあえず再び蹴ってくるパルの一撃を甘んじて受けてみた。

 ……めちゃくちゃ痛かった。

 アレか! 成長するブーツで蹴られたので攻撃力が上がってたりするのか!? おまえ防具じゃなくて武器だったのか!?

 なんて言葉を痛みで飲み込みつつ、思いのほか痛がってる俺を心配してくれるパルに大丈夫だ、と返した。


「ご、ごめんなさい師匠」

「もっと可愛くあやまって」

「え? え~っと、ごめんにゃんエリスくん」

「本名は卑怯だろ!」

「えへへ~」


 効いた。

 ダメージ以上に心にクリティカルヒットした。

 好き!


「……なんなの、あのバカ師弟」

「ちょっとイイ事があったんですの。落ち着くまで見守ってあげてください。その頃にはパルは妊娠してるかもしれませんが」

「……ステキ」

「あら。もしかして強力なライバル登場の予感?」

「……妊娠したパル」

「そっち!? あなたもレベル高いですわね」

「……冒険者レベルは低いままよ」

「いえ、そっちではなく……あ、いえ、このままですとわたしが常識ある人間種みたいに思われてしまうので、多いに納得します。そうですわよね、妊娠パルパルいいですわよね。妊娠ルビーはどうですか?」

「……いいと思う」

「あなた、やっぱりレベル高いですわ」


 なんていうルビーとサチの仲良し会話が聞こえてきたが、聞こえてないフリをしておいた。

 妊婦萌えはちょっと俺にはレベルが高すぎて分かんないです……

 レベル高い……


「サチ、ミーニャ教授はいるか?」

「……下にいる。入口のかんぬきをして」

「分かった」


 神殿の入口をしっかりと閉じてかんぬきをしておく。その間にサチは地下へ続く秘密の入口を開いて、俺たちはそこへ下りていった。

 相変わらず地下は物が少なく、だだっぴろい空間が広がっているだけ。

 そんな中でミーニャ教授は――怪しい儀式を行っていた。


「ついに呪術にまで手を染めましたか」

「んおわ!?」


 なにやら土下座をするようなポーズをしていてブツブツと言っていたミーニャ教授は、ルビーの声に驚いて顔をあげた。


「なんだ君たちか。びっくりしたじゃないか」

「こちらがびっくりしましたわ。なんですの、ついに神頼みですか?」

「神は嫌いだが、大神ナーさまには祈っても良いかと思って。ポーションを提供してもらってるのはナーさまからだからね。成功を祈るのもナーさまに」


 なんというか、一周回って本末転倒、という感じになってしまっているな。

 ある意味、迷走か。

 ということは――


「エクス・ポーションは上手くいっていないのか?」

「いや、惜しいところまで来てるんだよ! なんかこう、もう一手欲しい感じ」


 ミーニャ教授が指し示したのは、『ランドセル』だった。

 いわゆるアーティファクトであり、『保存』の効果が発生しているランドセルで、中の物が新鮮なままで運ぶことができるという代物だ。

 もともとパルが『純』を司る神アルマイネから頂いた物。

 もしかしたらエクス・ポーションの作製に役立つかもと貸し出していた。

 ミーニャ教授はランドセルの中を見せてくれる。その中には、ポーション瓶が入っていて、それぞれ色の濃度が違っているように見えた。


「ポーションを蒸発させて残った白い粉を再びポーションに混ぜていく。その作業を繰り返していくと、やがて『時間遡行薬』が完成する。その仮定で、混ぜて置いていた液体が劣化することによってエクス・ポーションにならないのではないか。時間経過を限りなくゼロにしてみたらどうだろうか。そう思ってランドセルを利用して作ってみたんだが……」


 ミーニャ教授は言葉は濁した。


「上手くいかなかった?」

「いや、多少の変化は見られた。簡単に言うと、時間遡行薬として保たれている時間がかなり延長された。つまり製作中に劣化していることは確かなんだけど、やっぱりエクス・ポーションにはならなかったわけだ」


 ミーニャ教授は肩をすくめる。


「劣化か。劣化を防いで上手くいっているとなると……後はなにをするべきだ?」

「それが分かれば苦労はしないよぉ~」


 だよな、と俺は肩をすくめた。


「とりあえず俺が預かった時間遡行薬を使ったんだが、報告をしていいか?」

「あ、使ったんだ! もちろんだとも。是非、報告をしてほしい。なにかそこからヒントが得られるかもしれないからね」


 多少の気分転換にはなるのだろう。

 ミーニャ教授はウキウキで俺の話を聞いた。

 もちろん、時間遡行薬を報告するということは、俺が勇者パーティの一員だったことも告げることにつながるのだが……


「へ~。それで?」


 大した興味を持たれなかった。

 別に凄い人だったんだ、とか、勇者と幼馴染だったのか、と言ってもらいたかったわけではないんだけど。

 でも……

 なんかちょっと残念な気分でした……

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