~可憐! 神さま曰く、これは神罰でありお礼でもある~

 野生動物っていうのは、基本的に人間に近づかない。

 って、聞いたことがある。

 ゴブリンと猿を比べちゃいけない。

 なんて言葉があるくらいには、みんなに知られてる話だと思う。

 人間種が危険な生物だっていうことは野生動物も理解しているので、基本的には近づいてくることはない。どんな危険な野生動物だって、人間に手を出したら痛い目を見ることもある。

 そんな感じかな。

 ただし、ドラゴンに関しては人間と野生動物の立場がそっくり入れ替わる。と、思う。確かドラゴンって人間よりも頭が良くて博識なんだっけ。

 もしかしたらハイ・エルフの学園長って、ドラゴンと関係があったりするのかなぁ。

 絵本や英雄譚に出てくるドラゴン。

 お姫様を誘拐するくらいだから、きっと人間が大好きなドラゴン。

 そんなドラゴンを野生動物とか魔物とかの枠組みで捉えちゃうから変になっちゃうので、ドラゴンはドラゴンとして扱うとして……

 今は野生動物だ。

 おいそれと近づいてこない動物だからこそ、狩人っていう仕事があるし、だからこそ素人には狩猟が難しい。

 って聞いていたんだけど……


「なにか来ますわ」

「うん」


 ルビーとあたしは警戒するように森の奥を見た。

 そろそろ日が陰りはじめる時間帯。

 森の木々が折り重なっているせいで、太陽の光はすでに届かない部分も多く、川から離れた森の奥は夕方みたいな暗さになっていた。

 そこから視線が刺してくる。

 なにかが、あたし達を見ているのは分かった。

 でも、そこに意識が無い。

 ――いや、違う。

 視線に意識が込められているのは確かなんだけど、それが読み取れなかった。

 警戒?

 それとも殺意?

 でも、なんか違う。

 魔物であれば、ここに明確な殺意や害意が含まれる。

 ゴブリンなんかが分かりやすかった。見られた瞬間にねっちょりとするような嫌な視線が感じられる。

 逆に人間種だとすれば、隠そうとする意思みたいなのを感じるはずだ。

 特に姿が見えていない状態なら、なおさら視線を隠そうとするはず。

 だって、敵意があるのなら視線を隠そうとするのが当たり前だ。不意打ちを狙っているのなら、こんなにも視線を通す意味が無い。

 だから考えられるのはひとつだけ。


「動物だ」


 それも普段から人間種を襲う、いわゆる肉食動物じゃなくて――


「草食系動物」

「つまり、師匠さんですわね」

「師匠はヘタレ系動物だよぅ」

「フォローになっていませんわよ、パル」

「あれ?」


 それはともかく、みんなに警戒を呼びかけないと。


「サチ、なんか来る! ミーニャ先生とクララスさんをお願い!」

「……はい!」


 エクス・ポーションについて興奮してたミーニャ先生とクララスさんは、そのままサチの後ろに下がるように避難した。

 すぐ後ろは川になっているので、いざとなったら飛び込んで逃げられる……って考えは危険かな。ホントに危ない時は、それも考えておこう。

 ともかく、なんだか不気味な気配がするのでホブゴブリン以上に警戒しないと!


「来ましたわ……んっ?」

「え?」


 ようやく森の奥から出てきた野生動物の姿を確認できた。

 でも、なんだかやけに大きいような……?

 え、意外と近かった? あれ?

 いや、でもちゃんと森の奥からノッシノッシと歩いてきてたから焦点の合わせ方は間違っていないし。

 あ、やっぱり大きい。

 でもでも、アレって――


「サーベルボア! 肉です!」

「肉だよね!」


 クララスさんの声にあたしも声をあげた。

 サーベルボア。

 全体的に黒に近いこげ茶色の身体をした豚みたいな動物で、特徴的なのが牙。口からはみ出すように大きく白い牙は、下あごから空に向かって生えている。

 その特徴的な牙が、鋭利に不気味に木漏れ日を反射した。

 牙の先端は普段から使っているためか、丸く削れている。でも、こちらを向く側面が細くなっていて、まるで剣の刃みたいになっていた。

 サーベルの名の通り、剣のように切り裂ける牙を持つイノシシだ。

 そのまま牙を武器に使えそうなくらいに危険な動物だけど……

 確か草食じゃなかったっけ?

 それとも雑食?

 なんにしても言えることはひとつ。


「大きすぎない?」


 サーベルボアって、大きくてもあたしの腰くらいじゃなかった?

 豚もそれくらいだよね?

 いま森の奥からやってきたのって、あたしの二倍くらいの大きさがあるんだけど……え、後ろ足で立ち上がったら、クマよりも大きいんじゃない?

 どうなってるの!?


「……――あ。あぁ~ぁ~」


 サチがなにか気付いたのか、なんか奇妙な声をあげた。


「どうしたのサチ!?」


 巨大サーベルボアから視線を外さずにサチに聞いてみた。


「……ナーさまから神託がきた。これは神罰だ、だって。……大神になると使えるみたいで、試したかったので丁度いい。ってナーさまが言ってる」

「え~っと、つまり?」

「……パルヴァスとルゥブルムへの罰」

「えー!?」

「謝りましたのに!?」


 ナーさま酷い!

 お試しで神罰を下すなんて、正確悪いよぅ!

 そんなだからイジメられるんだー!


「やっぱり神は滅びるべき。いま確信した。いや、再確認したよ、あっはっは!」


 ミーニャ先生が恐ろしいこと言ってるけど、おおむね同意したい気分です。

 あ、でも、この声も聞こえてるんだっけ?

 最悪じゃーん!


「魔王領に戻りましたら邪神ナーとして語り継ぎます。覚悟をしておいてくださいませ」

「わわわ、ルビー来るよ!」


 サーベルボアが鼻息を荒くして前足で地面をズシャァズシャァと引っかいてる。ぶるぶると巨体を震わせて、いまにも突撃してきそう。


「……でもお礼を兼ねてるってナーさまが言ってる。倒したらお肉を食べていいよ、って。……食の神と狩猟の神、あと野生動物を司る神さまの許可は得てる。だって」

「お肉! ありがとうナーさま! 好き!」


 天罰じゃなかったらもっと好き!


「……たぶんパルヴァスとルゥブルムしか狙わない。……安心して戦っていい」

「なにも安心できませんわよ!?」


 ルビーが空に向かって絶叫した。

 もちろん神さまから返事はない。ときどき光の精霊女王ラビアンさまから返事はあるんだけど、こういう時って何も言ってくれないよね。

 ナーさまくらい神官が少ないと、わりと普通に会話できるからちょっとうらやましい気がするなぁ。

 でも、神さまのお友達にはあたしは成れそうにないや。


「まぁまぁルビー。お肉が食べられるんだし、これくらい問題ないよ」

「問題はこっちでお肉にしないといけないことですわ」

「大丈夫だいじょうぶ。クララスさんがいるから、お肉に解体してくれるって」


 料理ができるんだったら、サーベルボアの解体方法も知ってるはず。


「任せてください!」

「ほら、クララスさんも自信満々だし」

「そこじゃありません! 問題はその手前です!」

「え、ミーニャ先生も解体技術があるの?」

「物理的な手前じゃないですことよ!?」


 と、ルビーが再び絶叫したことに反応して――


「ブオオオオオン!」


 サーベルボアが咆哮をあげた!


「来るよ、ルビー!」

「分かっています!」


 あたしは投げナイフを、ルビーはハンマーをかまえる。

 さぁ!

 サーベルボアを倒して!


「お肉パーティだ!」


 お腹すいた!

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