16. 三番目の男
僕は彼、リオネル・ヴュイヤールのことを、前世から知っている!
僕がまず思い出したのは、彼が言及した先日のこと――昼休み、中庭でセリーズを虐めに行こうとしていたヴィルジニーを、僕が止めた。確かにあのとき、リオネルと会った。
もしも僕があの行動を――つまり、先回りしてヴィルジニーを止める、などということをしなかったら。
タイミング的に、リオネルが現れるのは、ヴィルジニーがセリーズを虐めている真っ最中だったのではないだろうか。
騎士を多数輩出した名門家の出であるリオネルは、貴族としては新参ながらとても高貴な精神を備えた好青年だ。家柄的に遥かに格上の相手であっても、その行為が忌むべきものであれば、臆さずに咎めたことであろう。
本来であれば、ヴィルジニーを止めるのはリオネルの役目だった――つまりはアレが、リオネルとセリーズの“出会いイベント”だったのだ!
瞬時に浮かんだそういう思考が、おぼろげな記憶と結びつき、はっきりと像を結ぶ。
確かに彼だ。攻略対象として三番目に紹介されていたイケメンマッチョ。彼こそが誰あろう、目の前にいるリオネル・ヴュイヤールその人だ。マッチョに興味がないので細部は覚えていないが、その筋の趣味をお持ちの女性が喜びそうな体躯と顔立ちは――間違いない。
「リオネル殿は、
慌てた僕は口にしそうになった不穏な単語をなんとか飲み込み、それでも不自然にもそう訊ねてしまう。
「えっ? いえ……挨拶程度なら交わしたかもしれませんが、お話、というほどのものは」
その返事に、僕は内心でガッツポーズする。
図らずも、リオネルの出会いイベントを妨害していたのだ。彼がセリーズに“攻略”される可能性は、かなり小さくなったはずだ。
「ステファン殿?」
訝しげな顔でこちらを伺ってくるリオネルに、僕はハッと我に返る。
「失礼。それで、えーっと……ああ、ヴィルジニー様ですね。しかしお話を伺う限り、悪いことではないように思いますが」
僕が言うと、リオネルは難しい顔をした。
「ええ、お話を額面通りに受け取ってよいのであれば。――しかし、相手はあのヴィルジニー・デジール様。もしかしたら、なにか良からぬことを企んでおられるのではないか、と」
今度は僕が怪訝な顔をする番。
「良からぬこと?」
「はい。――いえ、これが大変ひねくれた発想であることは重々承知なのですが……例えば、そうやって相手の弱みを握ろうとしている……とか。なにせ相手は、あのヴィルジニー・デジール様ですから」
僕は額に手を当てそうになるのをなんとかこらえる。
うっかりしていた。
ヴィルジニー・デジールは、名実ともに本物の、典型的な悪役令嬢だった。
特に王都周辺の貴族を中心に、これまでの乱暴狼藉を知る者は数多く、それゆえ彼らは、彼女が改心したと簡単には考えないのだ。
一見、善行と思える行動であっても、それをするのが彼女なら、なにか裏がある、良からぬことを企んでいる、と考えてしまうのだ。
これまでの彼女の横暴を思えば、無理もないことだ。
それでも最初の、食堂の件が上手くいったのは……いや、上手くいってなどいないのだ。ただヴィルジニーが公の場で、セリーズを受け入れるような姿勢を見せた、そのことに、周囲の令嬢たちが迎合した――ヴィルジニーの取り巻きである彼女たちは、公爵令嬢の不興を買うわけにはいかない。彼女たちの
令嬢たちもまた、ヴィルジニーが改心してあのような態度をとったのだ、などとは、きっと思っていない。何か裏が、企てがあってのことだろうと思っているに違いない。
悩ましいことに……彼らのそれらの想像、心配、憶測は、事実だ。
確かに改心していない。裏がある。
その行動の真の目的は、全て自分のため。
王子にまた褒められたい、その一心でやっている、やろうとしている。
他者のことなど、微塵も思いやってはいないのだ。
だが今回の件は――上手く行けば、決して他人の不利益にはならない。
これまでと違って、その目的は、他者を虐げ、嘲笑うことではない――
「
謹厳実直なリオネル・ヴュイヤールの方は、ヴィルジニーとは対称的に、他の貴族からの信頼が篤いというわけだ。
「では、
「はい。ヴィルジニー様の行動が、ステファン殿のご助言によるものであるならば……特待生殿の一件といい、一連の行動に納得でき、なにより安心できると考えたのです」
そうであれば――
僕は周囲を気にする素振りを見せてから、リオネルに顔を寄せて小声で言った。
「そういうことであれば……リオネル殿には、是非お話ししておきたいことが」
「
リオネルは、怪訝に首を傾げる。
僕は続けて言う。
「しかし、ここでは……できれば、どなたにも聞かれないところで。
言いかけた僕だったが、僕の部屋は、フィリップ王子やヴィルジニーが現れる可能性がある。リオネルとの話がどのような流れになるかわからない以上、彼らが同席してしまうような可能性は排除しておきたかった。
僕が言いよどんだのを、リオネルは察してくれたらしい。
「ああ、それならば
と言いかけたが、あっと何かに気づいて首をかすかに振る。
「すいません、わたしの部屋は、少々散らかってまして」
リオネルが初めて見せた恥ずかしげな顔に、僕は微笑む。
「なにを恥ずかしがっておいでですか、男の一人暮らしなのですから。
「いや、でも本当に」
「男同士です。気にはしませんよ」
「――そうですか? それでは」
僕たちはそのまま、男子寮へと入っていく。
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