第十九話 ★
「んっ」
私は重い瞼を開ける。あれ?私いつの間に寝てたの?
目を開けると、私は椅子の上に立っていた。
「え、どういうことなの?」
『やっと目を覚ましたね。それじゃあ続きをしよっか』
女は声を弾ませて私に言う。それはまるでこれから待ちに待った劇が始まろうとしていて、それを楽しみにしている子供みたいだ。
そこで私は今の状況について理解した。
そうか、私は意識を失っていたのか。
改めて状況を確認すると、手は縄のようなもので後ろ手で縛られており、首にも縄が繋がれていた。それはただ結ばれているだけでなく、天井の柱に括り付けられている。それから足元には椅子がある。用は椅子の上に立たされているということだ。
「これはいったいどういうことなのか説明してもらってもいいわよね?どうしてあなたがこんなことをしているのか」
私はキツく睨みながら相手の発言を促す。
『今の椿の立場わかってるの?あなたは今、私に生死を握られているの。もう少し発言には気をつけるべきだよ』
確かにそうだ。首には太い縄が巻かれていて、それは天井にある柱に括り付けられている。これでもしも足を滑らせるようなことがあれば、簡単にあの世へと行けるのだろう。これは俗に言う、あの世への片道切符というやつだ。
「わかったわ。それでも、なんであなたがこんなことをしているのかは聞いてもいいわよね?それと、あなたのことはもう先輩とは思ってないから敬語も使わないわ」
先輩はクスクスと笑う。
『うん、いいよ。そういうことをしているとポイントが溜まってくるだけだからね』
「ポイント?」
先輩はうんうんと頷いている。
『ポイントが100ポイント貯まるともれなく天国への旅行権をプレゼント!あ、その場で100ポイント貯まるとすぐに天国に行けるようにしといたから。だから旅行に行ける権利で旅行権。どう?いいでしょ?』
「狂ってる」
こんなことを楽しげに言えること自体おかしい。それに、いつもと雰囲気も話し方も違う。何から何まで違う。この人が双子の妹か姉と言われても納得するくらいだ。
先輩はまたクスクスと笑っている。
「ちなみに今何ポイントかは聞いてもいいかしら?」
私は至って冷静に問いかける。ここで取り乱したらダメだ。少しずつ情報を集めなくてはいけない。
先輩は私に少しずつ近づきながら話し始める。
「今はまだ1ポイントだよ。旅行まではまだまだだね。私の機嫌を損ねるように頑張ってね。私はあなたを殺したいんだから」
私は少しおかしくて笑った。いったい私が何をしたというのだろうか。
『なに?何がおかしいの?』
先輩は不機嫌そうな顔でこちらをみる。
「私はあなたに何かしたかしら?それがわからないの」
先輩の表情から感情がスッと抜け落ちる。
『本当にわからないの?ねぇ、なんでわからないの!なんで、なんでなんでなんでなんで!』
先輩はそのままドスドスとこちらに近づいてくる。
『あなたが桜玖と一緒に暮らしているから!一緒に登校して、一緒にご飯を食べて、一緒に買い物に行って!その位置は、私のものだ!お前はいらない。私と桜玖の間にお前はいらない!』
先輩の顔が私の少し下に来る。椅子の上に立っているから私が先輩を見下ろす形になっている。
「私は兄さんの妹よ。あなたが今言ったことをやる権利がある。あなたは所詮赤の他人。私は兄さんと血が繋がった家族なんだから!」
先輩はそれを聞いてゲラゲラと嗤う。
「何がおかしいの!」
嗤い声がスッと止む。
『ねぇ、あなたは家族と言っていた。血の繋がった家族だと。それなのにそんな感情を持ってもいいのかな?ねぇ、どうなの?お兄さん大好きな椿ちゃん』
「家族が好きで何が悪いの?」
先輩はため息を吐く。
『あなたの言っていることは家族愛なんてものじゃないでしょ?知ってるよ、椿が桜玖を男として好きなことくらい』
私は驚きのあまり目を見開いてしまう。
『ふふふ、なに?あの態度で隠せてるとでも思ってたの?なにそれ、笑える。実に嗤えるね。滑稽だよ。隠すならもっととことん隠さなきゃ。桜玖は気がつかなかったみたいだけど、文芸部員は多分ほとんどの人が気付いていたかな。あ、でも無様に死んでいったあいりは知らなかったかもね。あいつ馬鹿だから』
先輩はまたクスクスと笑っている。だが、そんなことどうでもいい。
「今、なんて言った?あいり先輩をどうした。答えろ!」
私は怒りの形相で先輩を睨む。
『え、聞こえなかったの。殺したよ。私と桜玖の間には邪魔だから殺した。邪魔なものはいらない。全部全部いらない!だから殺したのよ!何が悪いの?私はちゃんと正しいことをしているんだよ?だって、桜玖は私に好きにしていいって、やりたいことをやればいいって言ってくれたんだよ?桜玖が言ったならこれが正解。間違いなんかじゃない!』
狂っている。どこまでも歪んだ愛。こんなもの、普通なんて呼べない。やっぱりこの人は危険だ。なんとしても今の状況を打破しないと。
私はだいぶ焦り始める。頬には汗がスッと伝う。
『ねぇ、質問していいかな?椿は桜玖のことが好き?あ、家族とかじゃなくて男としてね』
私は考える。確かに好きだ。好きだけど、ここでそれを答えたらどうなるのか。ポイントとやらはまだ全然貯まっていない。そもそもここで嘘をつく必要があるのだろうか?ここで嘘をつくということは、相手に対してもそうだが、自分の気持ちに対しても嘘をつくことになる。そもそも相手は私が兄さんのことを男として好きなことを知っていた。それなら隠す必要なんてない。
私は一度深呼吸をする。本当なら兄さんに直接言いたかった。でも、血の繋がった兄弟は結ばれない。この気持ちは兄さんに悟られてはいけないのだから。
「私は、兄さんのことが好き。世界一好き!少しドジなところも、頼り甲斐のないところも、鈍感なところも。でも、そんな中にも兄さんには他の誰にも持っていない力がある。人を惹きつける力、そして、誰かが困っていたら必ず助けられる力。私は一生懸命な兄さんが大好きなんだから!」
私は言い終わってからはぁはぁと肩で息をする。
先輩の顔を見てみれば、表情が消えていた。まるで面白くないものでも見たかのように。
『椿は馬鹿?ここで好きじゃないって言えば解放されてたかもよ?』
私はフッと笑う。
「自分の気持ちに嘘をついてまで助かろうとなんてしてないわ。あんたと私の気持ちに嘘をつくくらいなら死んだほうがマシよ!」
先輩は顔を天井に向けて大笑いする。
『あっはははは。そう、そうなのね。わかったよ。私は優しいからね。今回は特別だよ』
先輩はこちらに近寄ってくる。何が特別なのだろうか?まさか、この狂った先輩が助けるとは思えない。それなら何をするつもりだ?
先輩は私の目の前で止まる。
『勇敢と無謀を履き違えるなよ、椿』
それだけ言うと、先輩は私の立っていた椅子を思い切り蹴り飛ばす。
「がっ、ぁぁぁぁぁぁ」
私の足が宙に浮き、首が一気に締め上げられる。空気が吸えない。頑張って空気を吸おうとしても、微かなうめき声が出るだけ。苦しい。苦しいよ。
私の穴という穴から液体が溢れ出す。
『あっははははは。私は優しいから特別にポイントを100もあげるよ!どう?嬉しいよね?』
先輩は私の姿を見て満足そうに笑みを浮かべている。
こいつ、最初から私を助けようなんて思っていなかったな。
あぁ、こんなことになるなら兄さんに好きと伝えたかった。もっと兄さんの笑顔を見ていたかった。もっと、そばにいたかった。
私の脳裏には兄さんとの思い出がフラッシュバックする。
そのまま私は静かに眠りに落ちた。それは今までで一番深い深い眠りに。もう起きることのない眠り。私に口付けをする王子も来ない。眠りから覚めることのない姫になるんだ。
私の意識はそこでぷつりと途切れた。
〜あとがき〜
今回の話で犯人が分かった人もいるとは思いますが、コメント欄ではあまり名前を出さないでくださいね。
それと、今回のfile1も終盤に差し掛かっていますので、ここからも引き続き、この作品を楽しんでいただけると幸いです。
よろしくお願いします。
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