File1 ○○○編

第一話 

 肉の焼ける香ばしい匂いによって目を覚ます。


 僕は状況を確認するために目だけで辺りを見回した。


 どうやら僕は眠っていたらしい。天然の木でできたベンチに仰向けの状態で横たわっていた。周りは木々に囲まれており、ここが街中でないことを示していた。ましてやその辺の公園というわけでもなさそうだ。


 僕は寝起きの脳をフル活用してどうしてここにいるのかを思い出していた。


(あ、そうだ。僕はバーベキューをするためにここに来たんだった。あれ?でもなんでここに来ようなんてなったんだ?)


 記憶の一部にもやがかかっている。思い出そうとしてもそこだけは思い出せない。


 それから少し考えても結局思い出せたことは、ここにバーベキューをするために来たということだけだった。誰と来たのか、何故来ることになったのか。そのことは全く思い出せなかった。


 僕が気怠い体を無理やり起こすと、ちょうどこちらに向かっているであろう足音が耳に届いた。


 僕はその足音のする方向へと顔を向ける。


 すると、そこには少女?いや、女性がいた。

 記憶と同じく、その女性の顔にも靄がかかっていたため、はっきりとは視認できなかった。体つきが女性だから女性と判断しただけだ。


 僕はその女性を前にして、何を話せばいいのか分からなかった。いや、喋ろうとしても言葉が発せなかった。それはまるで誰かの視点でその光景を見ているかのようだった。


 僕が何も話せないでいると、女性が口を開く。


『やっと目覚めた。この時をどれだけ待っていたことか』


 そう言った女性は狂ったように笑った。顔を空へと向け、声を大にして笑う。


 僕には何がおかしいのかわからなかった。だが、ここにいては不味いことだけは理解できた。おそらく本能的なものが察知したのだと思う。


 僕は焦った。体を動かして、なんとかこの女性から逃げようと試みる。しかし、動かそうとしても指先一つとして動くことはなかった。それはまるで糸の切れた操り人形のようだった。


 さっきまで自分の意思で体を動かすことができていたのに、何かがおかしい。


 だが、そう思ったところで結局何もできない。


 僕は諦めて目の前の光景に目を移す。女性はいまだに笑っており、一向いっこうに笑い止む気配はない。


 僕が怯えながらもどうしたものかと思っていると、ピタッと笑い声が止まった。


『ごめんなさい。私1人で楽しんでいてもあなたは楽しくないよね。今から焼けたお肉を持ってきてあげるから食べましょ』


 女性は踵を返して元来たところを戻って行く。


 数分すると、女性はお肉の乗った紙皿を片手にこちらに向かってくる。


『お待たせ、はいこれ。私が食べさせてあげる』


 女性は割り箸を割り、こんがりと焼けたお肉を摘んで僕の口へと運ぶ。


(!?)


 僕のちょうど目の前に肉が来た瞬間、そこから普通ではありえないような匂いがした。


(なに、この匂い!?)


 それは嗅いでいるだけで頭がおかしくなりそうな、それでいてクセのあるような匂い。もしこれをずっと嗅いでいたのなら、おそらく正気を保ってはいられないだろう。


 女性は僕の表情を見てからお肉を元の位置に戻して、箸を紙皿の上に置く。


 女性はにっこりと笑う。


そう、不気味に。


『このお肉がなんなのか気になっているの?そうなんでしょ?』


 女性は僕が思っていることをズバリと当ててくる。


『それはね









         ☆#×の肉だよ』



 僕の意識はそこで途切れてしまった。



☆☆☆



『...き...。お...て。』


 どこからか声が聞こえて来る。それは水の中に沈んでしまった僕の意識を引っ張り出すような強い声。


 僕はそのおかげで段々と意識を取り戻していく。


「ん...」


 眠たげな目を薄く開けると、目の前には僕の机に両手をつけた美少女がいた。


「あ、やっと起きた!もう、私がどんだけ桜玖さくのことを起こそうと頑張ってたか知らないでしょ!?」


 僕は気怠げな体を机から起こして少女をみる。


 この少女の名前は『木津和きつわあいり』という。


 明るい茶髪をサイドテールにし、体はグッと引き締まっており、手足はすらっとしている。本人曰く、『この前もモデルにスカウトされた〜』とのこと。


 腰にはクリーム色のセーターを巻いており、ギャルっぽく見える。


 あいりとは同じ私立花ノ宮高校2年C組で、そして同じ部活なのだ。僕がよく放課後まで寝ていると、こうして起こしてくれる。意外と面倒見がいい。感謝しても仕切れない。


 先程の話し方を聞いてもらったら分かる通り、髪色と同じでとても明るい性格をしている。それによりクラスでは、いや、学年で男女問わずとても人気がある。だが、それと同時にお調子者なため、たまに盛大にミスをすることがある。


「さく〜、おーい、さ〜く〜」


 僕が無反応だったからなのか、あいりが目の前で手をブンブン振っている。


「ん?どうしたの?」


「いや、『どうしたの?』じゃないでしょ!部活だよ、ぶ・か・つ!」


「あ、ああ。そうだね。部活に行かないと」


 僕は重い腰を上げて立ち上がる。


「ほいっ、これカバンね。教科書とかも全部入れといたから」


「いつもありがとう」


「ほんと、感謝してよね!」


 そう言ってあいりは教室の扉に向かって歩き始めた。僕はその後を追うようにして慌ててついて行った。





 僕とあいりは他愛無い話をしながら部室へと向かっていた。


「そういえば今日の数学めっちゃ難しかったよね〜」


 あいりはこちらを向くことなく話しかけて来る。僕は口数が多いわけではないので、いつもあいりから話しかけてくれる。本当に感謝だ。


 僕はチラッとあいりを見てから質問に答える。


「うん、多分難しかったんだろうね」


「え〜?何その反応。受けてたなら難しいか簡単かくらい分かるでしょ?」


 あいりは手を後ろに組んで、僕の前へと回り込んでくる。


「数学って何時間目だったっけ?」


「そりゃあ、五時間目だったけど。それがどうしたの?」


「じゃあ僕はいつから寝てたっけ?」


 あいりはそれを聞いてからハッとした表情になる。


「あ、あはは...。確かにね。昼休み終わってからずっと寝てたんだから授業内容なんてわからないよね」


 乾いた笑をみせながら頭をかくあいり。


「でもさ〜、それでいつも学年でも結構順位高いじゃん?なんか不公平じゃない?なんで授業真面目に受けてる私よりも桜玖の方が上なんだよ〜」


 僕は前にいるあいりの横を通過しながら答える。


「僕は寝ていた分を家に帰ってからしっかり勉強しているからね」


 あいりは僕の後ろを慌ててついて来る。


「どうやって勉強してるの?黒板も移してないのに」


「黒板なんて授業が終わってから写メでも撮れば問題ないし。数学に関しても大体が公式に当てはめれば解けるし。なんなら現文に関しては読んで解くだけなんだから漢字くらいしか勉強しなくてもいいし」


「うがぁー!頭のいいやつはいいな!私なんて何回読んでも分からないし!」


 あいりが頭を抱え、言葉にならない叫び声をあげていると、いつのまにか部室の前についていた。


「ほら、あいり。もう着いたからそんなに落ち込まないで。僕がテスト前にでも勉強見るからさ」


 若干涙目のあいりが顔を上げる。


「ほんと?約束だよ、絶対だよ?」


「はいはい、約束ね。ほらここで立ち止まっても邪魔だから部室に入ろう」


こうして僕たちは2人揃って部室に入った。




   

  

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