処刑教室ー罪紡ぎー
ひよこネコ。
『予鈴編』
あの日、僕は偽りのない笑みから深く果てしない愛を、そして容赦なく内から滲み出す絶望を教えられた。
まさか全ての始まりが僕だったなんて、最後の最後まで思いもしなかったんだ――
☆
シーンとした冷たい校舎。まだ晩秋のはずだが、妙に寒さを感じる。その理由は分かっていた。
窓という窓は全て締め切られ、外側からシャッターのようなもので覆われている校舎。さらに廊下は、室内照明だけが照らし出すという、異様な光景が広がっているのだ。教室などの部屋は、明かりこそついているが、室内に人の気配は無さそうで、固く閉ざされている。いつもなら引き戸のガラスは透明なのに、何故か曇っていて何も分からない。至る所がいつもと同じようで、いつもと違うのだ。この異質な空間や雰囲気が、身と心を寒くさせてくる最大の原因となっているのは言うまでもない。
とかく人気のない校舎は、まるで夜の学校を彷彿とさせるところ。しかし、実際のところ時間さえも分からない。さっき壁にかかる時計を見たが、針が無くなっていたのだ。まるで異空間に入ったように不可思議な場所に感じてならない。
いったい何が起こっているのか、今がいつなのかすらも分からない。そこから生ずる、恐怖と不安は時間に比例して弱い心を締め付けていくばかりだった。
とは言えども、一つだけ分かることはあった。それは、黙っていたところで一向に埒は明かないということ。
僕はゴクリとつばを飲み、漬物石でも引っぱっているかの如く重い足取りで、恐る恐る歩を進めていく。
すると「おいっ!
僕と同じで二人とも制服姿。二人を見たことで、僕の顔を曇らせていた心細さは晴れ、安堵の笑みが自ずと浮かんでくる感触を得た。
「け……啓介! それに沙羅も! 良かったぁ……僕だけじゃなかったんだ」
閉じ込められた校内には僕だけかと思ったが、どうやら違うらしい。啓介は僕の肩に手を置き「漣、大丈夫か? 怪我とかそういうのは?」と、凛々しい眼差しを向けてきた。
こんな状況下でも気配りを欠かさないなんて、さすが学内で人気のある爽やか系イケメンだ。こういう精悍さを見習いたいところだが、僕には分不相応だろう。
それにしても、クラスメイトが二人もいるとは心強い。二人には、頼りない相手を見つけてしまったと思われているかもしれないが、僕にとって彼らは救いの神そのもの。大変に心強いところだ。
僕は内心、卑下しながら苦笑交じりに「うん、大丈夫だよ。ありがとう……良かった、僕だけじゃなくって。啓介も大丈夫なの?」と返した。
「ああ、俺も渋谷も大丈夫だ。まったく、おかしなことになっちまったな、本当にどうなってんだか……それより漣も、やっぱり気づいたらここにいたのか?」
「あ、うん……理科室で倒れてて。さっき出て来たばっかりでさ。何がどうなってるんだかっていう感じでフラフラしてたよ」
「そうなのか。俺も三階の美術室で目が覚めてさ。とりあえず昇降口に行こうとしてたんだ。そしたら、二階の階段でちょうど渋谷と会ってさ。んで、一緒に昇降口の扉を開けようとしたんだけど……あれは、ダメそうだな。参った」
啓介は、諦めのため息を吐くと、腰に手をあてがい昇降口へと視線を変えた。
「そっか……昇降口ダメなんだ。本当に、ここいつもと雰囲気違うしさ、なんかおかしいよね。僕たち、こっから出られるのかなぁ……」
二人と出会えたことで、幾らかの不安は払拭できたものの、未だに強く残る恐怖が顔を顰めさせてくる。
そんな僕を気遣ってか、沙羅は僕と目が合うと、その人懐っこそうなまん丸な目を細め、笑みを浮かべてきた。
「はぁぁ、びっくりだよ。漣君もここにいたなんて……それにしても良かった無事で。少しでも人が増えると心強いしね。諦めないで、絶対出口見つけよ」
「あぁ……うん、沙羅も無事で何よりだよ。たしかにそうだよね、諦めたらダメだね……」
沙羅も啓介同様に、メンタルが強い人だ。クラスで浮いた存在の僕へ、積極的に声をかけてくれる時点で、既知の事ではあったけれど。そのおかげで、啓介とも友人になれたわけだ。
二人ともクラス委員などを通して、いろいろな物事をこなす優等生。いつも率先垂範するようなことが多い。そのおかげでクラスも、他よりまとまりがあるのだろう。こんな陰キャの僕が平穏に過ごせているのは、他でもない、この二人のおかげなのだ。
沙羅は前髪をサッと手櫛して、後ろに手を組んだ。
「んん……それにしてもさ、私に大橋君に漣君まで閉じ込められているなんて。他にも、クラスの子いるかもだよね」
「あ、そうだよね……たしかに。他にもいるのかな……?」
啓介は腕を組み一考。
「うんん……俺たち以外に、まだ誰かいるっていう可能性は否定できないよな。こうして漣も見つけたわけだしさ。よし……こうなったら、とにかく探してみないか? 開かない扉をこじ開けるにしても、人手があった方が良いだろ」
すると、どこかから遠めに「きゃーっ!」と、女性の甲高い悲鳴が校舎に響いた。僕は思わず「えっなに……!?」と声を上げ、その場で腰をやや落とす。沙羅は、訝し気に階段を見やり「きっと今の感じ、上の方……じゃないかな? 何があったんだろう……」と、様子を窺う素振り。
「そうだな……この感じ一階じゃなさそうだ。おい、早く行ってみよう。もし何かあったんなら、助けないと……!」
啓介は、躊躇うことなく階段めがけて走り出した。それは、まるで犯罪者に立ち向かっていく警察官、あるいはヘルプを聞いて緊急出動するヒーローのように。僕はその後を、遠い眼差しで追った。本気なのか啓介……と。
そして沙羅が、慌てて振り返ってくる。
「ああれっ……漣君、大丈夫? ほら、私たちも行こう! 誰か大変なことになってるならさ、早く助けてあげないとだよ!」
まったく、なんて行動力のある人たちなんだ。僕はこのとき、勇気というものを二人に教わった気がした。しかし勇気とは、一朝一夕で手に入るものではない。そこで勇気(仮)をなんとか胸に出現させた僕は、引き攣った顔で「う、うん……」と小さな声を出し、後を追いかけた。
本音では行きたくないのだ。なぜ悲鳴の聞こえる場所に、こちらからノコノコと行かねばならないのか。ホラー映画なら、絶対にロクなことにならないやつだ。万が一にでも何かヤバいモノでもいたら……なんて考えるとゾッとする。とかく女性の悲鳴という者は、ホラー感が増し増しだ。はぁ、頼むから何事も起こらないでくれ……僕は心で切願した。
その後、各階の廊下を見渡しながら三階まで上がると、廊下の壁にもたれて座り込む
神保さんは僕の片想い相手だ。美しい黒髪に雪の様な艶肌。『大和なでしこ』という言葉が擬人化したような人だ。いつ見ても、見惚れてしまう。
ただ、今まで一度たりとも話したことは無い。恐らく神保さんにとって、僕はモブあるいは空気だろう。
ちなみに、想いを寄せていることは啓介にしか言っていない。こんなこと恥ずかしくて言えないからな。というか相談できる友人などいない。
にしても、横のガタイのいい金髪の青山……こいつは、僕を何かにつけてイジメてくる嫌な奴。本当にやなやつだ。なんでクラスには、必ず一人こういうのがいるんだろうか。要らないおまけみたいに。
もし、ここにエイリアンでも潜んでいるのなら、こいつを最初の犠牲者に選んで欲しいものだ。
啓介は「
「ん、啓介! 下で声が聞こえたと思ったら、お前らだったのか!」
神保さんは、啓介が差し伸べた手を借りて「……っ、ありがと。大橋君」と徐に立ち上がった。そしてスカートを手で叩き、不安そうな面持ちを見せる。不謹慎ではあるが、僕はその姿にうっとりしてしまった。この仕草一つで、ここまで胸が締め付けられるものなのか……恋心というのものは、実に度し難い。
たぶん僕は、神保さんが文字を書いたり、椅子に座ったりするだけでも、なんなら呼吸をしているだけでも、ドキドキして見惚れてしまうだろう。
まったく……こうして普通に話しかけることができる啓介が羨ましい限りだ。
「大丈夫か? さっきの悲鳴は?」
「あ、それは……廊下でバッタリ青山君と会ったの。だから、ちょっと驚いちゃったのよ。ごめんなさい、心配させて」
「ああ、そうなんだ。良かったそれなら。それにしても……これで五人か」
僕はそっと唇を噛んだ。なぜ青山とバッタリしたんだ……僕だったら良かったのに、無念極まりない。
すると、青山は筋肉質な腕を組み、ギロリと一瞥してくる。
「ん、なんだよ、永田なんて役に立たねぇバカもいんのか。使えねぇ奴が一緒とはな。しょんべん漏らすなよ、お前」
こいつは本当に失礼な奴だ。仮にしょんべんが漏れるとしても、お前の顔の上で漏らしてやるよ。僕は視線をそらし、心の中で言い返す。
「やめろよ、傑。今はそうやって、つっかかってる場合じゃないだろ?」
「はああ、わぁってるよ、っせえな。にしてもどうすんだ、どこも開かなさそうだしよ。ここは、どうなってんだマジで……」
こんなふうに、いつも啓介は僕を庇ってくれる。僕にとっては、ヒーローのような存在だ。それは沙羅もしかり。
しかし思い返せば、僕もヒーローだったことはあるのだ。小学生の頃、虐められていた根暗系女子を庇ったことがある。放課後に集団でイジメられていて、あまりにも可哀想だったから助けたのだ。
でもバカだった……そのせいで、いじめの対象が僕にシフトしたのだ。以降は中学まで続いたため、結果としてコミュ障を患うこととなった。
偏差値の高い、この高校に入った最大の動機もこれだ。イジメてくる奴らと、縁を切ることができるから。今となっては、あれも懐かしい想い出だな……もうどうでもいいが。
すると、そこにタッタッタと駆け寄ってくる足音。どうやら下からのようだった。息を飲んだ皆の視線が階段へと集まる。
やがて、階段下からヒョコリと現れたのは
啓介は「荏田!」と進み出る。荏田は癖の付いたピンクの髪を、ふわっと揺らしながら、シュシュの付いた片手をサッと高く振り上げた。
「おおっ!! マジか良かったぁ……ウチだけかと思ったけど、さっき声聞こえてさぁ。誰かいんのなら行かないとって、めっちゃ急いで上がって来たしっ! マジで助かったわぁ」
「そうだったのか。本当にいったい何人いるんだこれ。この具合だと、もしかしてまだどっかにいたりするのか……?」
すると荏田は、啓介越しに周囲を観察。
「ってかなにぃ? 青山いんじゃん。沙羅! ほぉー真理亜もいるんね」
そして僕と視線が合った瞬間に首を傾げた。
「ん。えぇ、あと誰だっけこれ……あ、永田か! あぁ永田かぁ……」
なんだ今の残念な呼び方は、くそ。しかもモノ呼ばわりするとは解せぬ。加えてなぜ今、語尾を下げたのか。一字一句に相手を苛立たせる要素を乗せるユニークスキルは、本当に鬱陶しい。荏田はもっと、神保さんのたおやかさを見習った方が良いんだ。いつも変に揶揄ってきやがって……絶対、将来不倫されろ。
そこで、キーンコーン……とチャイムの音が校内に響き始める。不思議なものだ。聞きなれたはずの音なのに、活気の無い校内に無機質に響くチャイムは、どこか不気味さを醸し出す。僕は不意にゾクリと背筋を凍らせた。
やがて鳴り終わると、サーッとノイズが生まれ『おはようございます』と校内放送が流れ始めた。しかしこれが、普通の音声じゃない。一語毎に、録音を繋ぎ合わせたような……男女に子供に年寄りの声が、ぐちゃぐちゃに繋ぎ合わされたような音声なのだ。まるで犯行声明に使われそうな具合。どこまで恐怖心を煽ってくるつもりなんだ……この空間は。
『無事に下校するためには、授業を受けなければいけません。二年D組のみなさん、ホームルームが始まります。D組の処刑教室へ戻りましょう』
そして、プツッというノイズ。どうやら放送が終わったらしい。みなさんって……まさかクラスの皆がいるのだろうか? いやでも、そんな気配はしなかった。ますます謎だ……しかも処刑教室って何だ? 意味が理解できないが、なんか嫌な感じだけはする。
青山は「おい……なんだ今のは」と訝しげな低い声を上げた。啓介は眉を顰め、青山に一歩近寄る。
「なんなんだ、俺も分かんないけど……ただこれ普通じゃないだろ。どうなってんだ本当に。どうするか……行った方が良いのか。それとも」
すると荏田は、しきりにキョロキョロし始めた。
「ううっわマジで……これヤバいやつじゃん! ホラーだ……ってかマジでかよもー、なに夢なんこれ?」
そして頬をつねるが、どうやら現実だったらしい。荏田は「痛っ……嘘でしょマジかぁ……ありえねー」と項垂れ始めた。
神保さんは、手を前で抱えて不安げな顔でいる。沙羅はそんな彼女を気遣ったのだろう。傍に歩み寄り背中を摩り始めていた。
「真理亜……大丈夫? 気をしっかり持ってね」
「うん……大丈夫よ。ありがとう、渋谷さん」
すると不意に歩き出す青山。啓介はそれを見て「待てよ! 行くのか……?」と制止した。
「は? 当たりめぇだろ。そこに何かあんのかもしれねえ。屋上だって窓だって、教室だって閉ざされたまんまなんだぜ? それどころかよーー」
青山は、近くの清掃ロッカーを開けて箒を取り出すと、窓にバンッ! と叩きつける。これに一同が、ビクッと体を震わせた。
こいつは動物園から出てきた、何かなのか? 若しくはゴリラの生まれ変わりか? まったく乱暴な野生動物だ……と思いながら、僕は呆れて溜息をつく。青山が廊下に箒を投げ出すとカタン……と虚しく音が反響した。
「な、見ただろ? びくともしねぇんだ。ただのガラスが割れねぇんだよ。それに、お前ら下から来たんなら、昇降口だってどうせ閉まってたんだろ? そんならよ、もうそこしか答えがねえだろうが。でもって、そこにさっきの放送かけた、フザけた野郎がいんなら、俺がボコボコにぶっとばしてやる」
啓介は、確かめる様に窓を触りながら「マジか……」と声を漏らす。
しかし、仮に窓を壊せたところでシャッターがあるわけだ……出ることは難しいだろう。悔しいが、青山は正論を言っている気はする。
荏田は壁にトサッと寄り掛かると、渋った顔で口を開いた。
「んん……いやでもさぁ。そこ行ってもなぁ、何があるか分かんないじゃんよー。ウチ行きたくないんだけど! ってか誰か行ってきてよ、そこにさぁ……そうだよ、そうすればよくない? 青山を見に行かせればいいじゃん?」
しかし啓介は、すぐに首を横に振った。
「いいや、それはだめだ。今の感じからして、現状ただ事じゃないわけだろ? それなのにバラバラに動くのは危険すぎる。絶対に、固まって動いた方が良いだろ」
そこで沙羅が「ねぇ」と口を開いたので、皆の視線が集まった。
「私は青山君の意見、賛成だよ。さっき二階の出入口は開かなかったし、三階も大橋君が調べたら開かなかったみたいだし、いま青山君が言った通り、屋上も駄目ってことなら……今は、この指示に従うしかないかもでしょ? 明らかに校舎の様子がおかしいわけだし、黙ってここにいても進捗は無い気がするよ……」
実に的を射た意見だ。たしかに、今できることはもう限られている。従うことを余儀なくされているというわけだ。僕は頭では納得した。
そして、その場で一考できる時間が置かれた後、無言のうちに全員でホームルームへ向かう雰囲気となった。
だが僕は行きたくない。嫌な予感しかしないからだ。こんな不気味な音声に従うなんて……僕だって分かっている。それ以外に打開策は無く、どうしようもない状況に置かれているのは。でも、行きたくない。
そうやって渋って佇んでいると、沙羅が僕の手を取った。
「漣君、大丈夫? ほら置いてかれちゃうよ、私たちもいこ?」
「あぁ、うん。でもさ、本当に……大丈夫なのかなって思っちゃって」
「そうだよね……心配だよね。もちろんさ、私も不安はあるよ。でも大丈夫だよ。何かあったら皆いるわけだし、助け合うために一緒に動くわけじゃない? だから今はさ、しっかり気を強く持っていこうよ、ね? 私もついてるよ、漣君」
はぁ、僕は迷子の子供か……男なのに情けない限りである。そうだ、何も一人というわけじゃない、皆がいるんだ。というより頼りになる二人が。それにしても、沙羅の言葉にはいつも救われる。啓介と同様、僕の中では勝手に親友だ。
こうして、励ましを受けた僕は意を決して、沙羅と共にD組の教室へと向かったーー
三階にあるD組の教室は、不自然にそこだけ開いていた。啓介が見た時は、この教室は開いていなかったらしい。
室内は一見、いつも通りの様子に思えたが、普段には無いものが一つだけあった。それは三十センチ四方の黒いロッカー。後ろの黒板の前に、胸の高さで八つ並んでおり、僕たちの名前がプレートに書かれてあった。
そして驚くことに教室には、既にクラスメイトが二人いた。僕らと同じく、困惑した様子で。
一人は、群青色の襟足がカールしたショートで、細いフレームの眼鏡をかけている町田。もう一人は、茶髪ショートの文学男子風で、だいたい教室では本を読んでいることが多い、梶ヶ谷だ。
しかし僕は、この二人とあまり面識がない。そもそも僕はクラスの人間とあまり会話しないのだ。頻繁に会話するのは、啓介と沙羅ぐらい。
ただ、町田はわりと我が強く、一部の男子や賑やか系女子からは嫌われているのを知っている。
梶ヶ谷は分からん。でもなぜか普段、よく視線が合うので気まずくなる。あれは、何で見てくるのだろうか……?
僕は向こうで話し合う皆をよそに、気になった黒いロッカーをまじまじと見つめた。名前順に横並びになっている。『青山 傑』『荏田 愛理』『大橋 啓介』『梶ヶ谷
僕の中では、ますます嫌な予感が増幅していった。すると沙羅が隣にやってくる。
「それ、気になるよね。開かないみたいだけど」
「……え、そうなの?」
僕は、自分の名前が書かれたロッカーの扉を開けようと試みるが……これ一ミリたりとも動く気配が無い。というより、まるで接着剤で固まっているみたいだった。
「あ、れ……本当だ。全然開かないや」
「そうなの。町田さんと梶ヶ谷君はね、さっきの放送で起きたみたいで。そこでロッカーがあるのを不審に思って、開けようとしたらダメだったって。だから、それをどうやって開けようかって、話してた最中だったみたい」
「ああ、そうだったんだ……でもこれ、いったい何が入ってるんだろうね」
ここにいる皆と、ロッカーの名前が一致している。みなさん、と放送では言っていた。ということは、これで全員という事になるのだろうか。
それにしても、みんな制服なわけだが登下校中に何かがあったのか? ダメだ…‥記憶が曖昧過ぎて何も思い出せない。たぶん皆も同じだろう。なんでこんなに記憶が曖昧なんだ……。
そんなことを考えていると、バタンッ! と二つの引戸が勢いよく閉じた。
「おい……嘘だろっ」
啓介が戸を引きに行く。沙羅も駆けつけて手伝うものの、まったくビクともしない様子だった。すると青山が「おいどけっ!」と言って、勢いづけて戸を蹴り飛ばす……しかしこれが、不思議なことに揺れもしない。
こんなのは、おかしすぎないか? いったい何が起こっているんだ……僕はより一層、顔を顰めた。
青山は数回、たて続けに戸を蹴った後、息を荒れげながら舌打ち。
「くっそ……ダメか。畜生! どうなってんだこれっ!」
「困ったな……どっか、他に出れるとこがないか探すしかないか」
啓介が辺りを見回す中、僕はその場にへたり込む。あぁ終わった……と感じたからだ。
校内どころか、教室内に閉じ込められてしまった。窓の外はシャッターで何も見えない。加えて、どうせ壊せない。
もうこれは完全に死亡フラグだろう……すると向こうから、梶ヶ谷が近寄って来て、隣にしゃがみ込んできた。
「な、永田君。大丈夫……?」
「えっあぁ、うん……」
「な、なんか凄い大変なことになっちゃったよね……」
「うん……そうだね」
「……ど、どうしよう。出られるかな、ここから……」
「いや、どうだろ……考えられないよ。どうすればいいのか、分かんないしさ」
「そう、だよね……ほんとに、どうしよう。困ったね」
なんなんだ梶ヶ谷。お前は僕の不安を、いたずらに増幅させに来たのか? やめてくれ、その顔。見ていると余計不安になる。僕は溜息と共に深く俯いた。
すると再びチャイムが響く。次に来るのは、あの音声だろう。自ずと身構えてしまう。
『それでは、朝のホームルームの時間です』
何度聞いても嫌な心地だ……本当に悪夢であるなら覚めて欲しい。でも夢じゃない。だって夢ならば、これは夢だなんて思い浮かべないだろう。
『これから、みなさんには六時限目まで、命の授業を受けてもらいます』
待て、命ってどういうことだ? 胸の奥では、じわじわと言い得ぬ恐怖心がくすぶり始める。
『まずは、各自のロッカーにある教材を取り出しましょう』
すると青山が「ざけんなクソが!」と、近くの椅子を蹴飛ばした。そして、すぐにこちらへやって来る。
「ったく何が授業だ、ふざけやがって。上等だこらっ! おいどけ永田、邪魔だ!」
ドスッ! と、さっきの椅子のように蹴り飛ばされた僕は「うわっ……痛っ!」と梶ヶ谷の体に倒れ込む。
「だ、大丈夫!? 永田君……!」
僕は梶ヶ谷の細い腕に、支えられながら起き上がり「あぁ……うん。ありがと」と青山を睨む。すると、目の前でロッカーを開けたとたん、いきなり眉を顰めて驚く仕草を見せた。
「っおい……なんだこれ。なんで、俺のスマホがこんなとこにあんだよ」
その言葉を受けて、皆は次々と各々のロッカーを開け始める。梶ヶ谷も慌てて近寄っていった。
どうやら皆のスマホが入っていたようだ。一様にスマホを手にして、電源を入れようとしている。
啓介は、唖然とする僕に「おいっ大丈夫か漣、こっちでやってみろよ。もし助けが呼べれば、出られるかもしれないぞ」と手招いた。
「えっ……あぁ、うん」
いやいやどう考えても、こんなとこに外部と連絡が取れる、まともなモノが存在するとは思えないぞ。
ビクともしなかったロッカーが開いたり、勝手に戸が閉まったり、ガラスは全く割れなかったり。ここで起きている事は、あまりにも不可解過ぎることばかりだ。まるで異空間じゃないか。きっとスマホも普通じゃないはずでは……。
僕は無用な期待はせずに、ロッカーの扉を恐る恐る開いた。すると、そこには確かに僕のスマホがあった。この液晶の割れかた、好きなゲームのキャラケース……間違いないだろう。なんでこんなとこにあるんだ。
訝し気に操作していると「どうだ、漣。電源入りそうか?」と啓介。
「んんいや……だめ、みたいだよ」
「はぁ、マジか……これが使えれば良かったのにな」
さっき放送では教材と言っていたが、スマホの他には何も見当たらない。ということは、これが教材なのか?
すると『それでは、只今よりガイダンスを始めます』と再び放送が流れ始めたので、皆の動きが止まる。
この放送もまた妙なものだ。まるで行動が監視されているように思う。なんでこんな、僕たちの行動に合わせてリアルタイムに流れてくるんだろうか。
そして、この場に佇む八人を嘲笑うかのように、皆の持つスマホ画面が次々に明るくなっていった。さっきまで、何の反応も無かったというのに。
しかし電源が入ったはいいが、いつものホーム画面では無かった。そこには、僕たちそっくりの姿をしたキャラクターが、縦二列横四列に並んでいる。その画面からは、切り替わりそうにない。
本当に何が起こっているんだ……僕は慎重にスマホをいじってみることに。
どうやら、キャラをタップすると囲む枠が赤くなるようだ……しかしこれはまた、どういう意味なんだろうか。
『まずはじめに。この教室にいる八人の中には恨みから処刑アプリを使い、ここ処刑教室へみなさんを招いた人物が、一人だけ存在します。以降、招いた人物を教師、招かれた人物を生徒とします』
これに、皆が恐る恐る互いを見合わせた。この中に、これを仕組んだ奴がいるということだ……いったい誰がそんなことを。
少なくとも僕は、そんなアプリ知らない。それに恨みって誰が誰にだ? そもそもこの話は本当なのか? 僕の頭では瞬く間に、情報と疑問が混線し始めた。
『みなさんはスマートフォンで、処刑するキャラクターを選択しましょう。本日は六時限です。各時限終了ごとに選択は集計され、処刑対象が決まります。選択数、つまり票の多かった人物は処刑されます』
さっき枠の色が変わったのは、そう言う意味だったのか。
というか待てよ……そもそも処刑って何だよ。まさか死ぬとかなのか……?
僕は、ジッとスマホに視線を落としたまま、気味の悪い声質の放送を聞き続けた。
『教師は、六限目終了後まで処刑されなければ、望みが叶います。生徒が教師を処刑できた場合、その時限で教室にいる生徒全員が下校できます。ただし、教師を処刑することができなかった場合において、六限目まで処刑されなかった生徒一人もまた、下校することが可能です』
教師を選んで処刑するまで、出られないってことなのか。いや、最後まで選ばれなくても、出られることは出られるのか?
疑問と不安が入り混じり、思考回路が機能不全に陥りそうだったが、とにかく処刑に選ばれたらダメ、ということだけは理解した。
『また、集計結果が同数、もしくはゼロだった場合は、名前順に処刑が実行されます。
それでは一限目の授業の開始です。みなさんしっかりと自分に向き合って、心の話し合いを行いましょう』
そこで放送は終わり、チャイムが鳴った。
教室には、異様な静寂が目立ち始める。皆はただ茫然と突っ立っている様子だが……無理もない。訳が分からないだろう、こんな話。寝起きにフラッシュ暗算しろ、と言われた方がまだマシだ。
僕はとりあえず、半開きの口を閉じる。
どうすればいい……今の話が本当だとしたら。処刑ってやっぱり、死ぬとかなのだろうか? まさかそんなことは無いと思いたいが、全てが異常だ。こんな状況では、あり得なくないかもしれない。それに、命の授業と言っていたわけだし。
僕は周囲に目を向けた。皆の表情を見る限り、僕と同じことを考えているようだ。処刑が『死』を意味しても、おかしくないということを。
というか誰なんだ、いったい……招いた教師ってのは。恨みからって言っていたけど、それは誰に対してなんだ。そして、何なんだよ……処刑アプリってのはーー
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