第37話「拷問」

「あぎゃあああああ!!!」


 それは、まさしく拷問であった。

 男は木に縛り付けられ、縛られた状態で両のてのひらに鉄線を貫通させられていた。

 そして、返しの付いたその鉄線を繰り返し動かされていた。鉄線が繋がっている二本の釘状の物は一本が男の左肩に突き刺さり、もう一本を鬼助きすけが手にしていた。

 辺りには男の悲鳴と血飛沫ちしぶきの滴る音と返しに引っ掛かった骨がきしんで砕ける鈍い音が響いていた。


「…どうだ?話す気になったか?」


 鬼助きすけは男に云った。

 しかし、男は泣き叫びながら首を横に振るだけだった。泣き叫ぶ男の表情かおは恐怖と苦痛にゆがんでいた。だが、それは鬼助や拷問に対する恐怖ではなかった。

 男は拷問による苦痛と恐怖を感じながらも、拷問により自らが吐露とろしてしまうことに恐怖していた。

 男は明らかに何かを知りながらかたくなにそれを隠していた。


「そうか…ならあぶるしかねえな。覚悟しろよ?」


 鬼助はそう云って手にしていた釘状の物を男の右肩へ突き刺し、適当な木片を手に取るとその先端に布を巻き、油を取り出してそれを布に染み込ませて松明を作り、男の掌を貫いている鉄線にその火を近付けた。


「ぎいいいいいいい!!!」


 男の悲鳴と共に肉の焦げる臭いが辺りを包んだ。

 男は木に縛り付けられたままの状態で激しく暴れたが、両肩に突き刺さった釘状の物は抜けることはなく、炙られた鉄線から伝わった熱は貫通した掌だけでなく男の両肩を内側から焼いた。

 男は苦痛にもだえて繰り返し悲鳴を上げた。

 それは、鳴と云うにはあまりにも無感情だった。その悲鳴は、まるで人間の動物的な本能の叫び、本能が伝える痛みを具現している様なだった。

 しかし、男は口から本能剥き出しの音を出し、涙を、鼻水を、尿を、便を、ありとあらゆる体液を漏らしながらも決してを云わなかった。


「くっ!おいお前!なぜ何も云わないんだ!こんな事をされてまで黙っている理由はなんだ!」


 それを云ったのは早雪さゆきだった。

 早雪は鬼助が行う一連の拷問をまるで苦痛に耐えるかの様に歯を喰い縛りながら見ていたが、目の前の男の姿を見て思わず男に近づいて怒鳴っていた。

 それでも男は何も云わなかった。


「云え!早く云うんだ!ここでお前が云わなければ残りの三人も同じことになるんだぞ!同じ苦痛いたみを味わうんだぞ!」


「退け早雪さゆき!まだ終わってねえんだ!最後まで黙って見てろ!」


「云え!云うんだ!頼むから云ってくれ!っ!」


 早雪は鬼助の言葉を聞いていなかった。

 鬼助が制止する言葉を聞かずに男の胸ぐらを掴んで怒鳴っていた早雪は、男の肩から腕に繋がる鉄線に触れた。


「バカ野郎!なにしてんだ!」


「云え!云え!!云ええええ!!!」


 鬼助は早雪を羽交い締めにして男から無理矢理引き剥がそうとしたが、早雪は男の胸ぐらから手を離さずに男に怒鳴っていた。

 この時、二人は気がついていなかった。

 縛られた男達の中で比較的に軽傷で、戦意を失っていなかった五人の男が鬼助の焚いた火で縄を燃やしてそれを解き、近くに転がっていた刀を手にして二人に襲い掛かろうとしていた。

 しかし、男達が襲い掛かろうとした次の瞬間、五人は五人共に人ではなく単なる肉塊となって地面に転がった。


「…慶一郎けいいちろう!?」


 鬼助は肉塊となった男達が地面に転がった音で振り向いた。

 そこには慶一郎がいた。周囲に転がる死屍しかばねを見た鬼助は自らの置かれた状況を理解した。


「くっ…すまねえ、慶一郎けいいちろう…油断しちまった…」


 鬼助はすんでの所で慶一郎に助けられた事を理解し、自らの油断を認めて謝った。


「いえ、構いません。それよりも…早雪さゆき殿を止めましょう」


 慶一郎は鬼助と共に早雪を男から引き剥がして落ち着かせ、改めて三人で男達と向き合った。

 男達の数は頭目の男を合わせて九人となり、その内、頭目の男と拷問を受けた男を含めた四人が那由多なゆた僧祈そうぎと関わり合いがあると思われる者達だった。


「どうやら拷問も無駄みてえだな…」


「その様ですね」


 鬼助は既に拷問による自白を諦めていた。

 諦めた理由の一つは、相手の男達が拷問を耐えうる気概または別の何かを有していると感じたからであり、もう一つの原因りゆうは早雪だった。

 鬼助は早雪がいる前ではこれ以上の拷問は無理だと感じていた。


「………なぜだ…なぜこいつは何も云わなかったんだ…なぜこんなになってまで…」


「おいゆ…」


「今はそっとしておきましょう」


 譫言うわごとのように呟く早雪に鬼助が声をかけようとしたが、慶一郎がそれを静止した。鬼助は何も云わずにそれに従った。


早雪さゆき殿、あなたはあまりにも優し過ぎる。自らそれを行わなくとも苦痛に喘ぐ人を見ているだけで耐えられなくなる。例えそれが敵対する立場の者であってもその苦痛から救い出してあげたくなってしまう。あなたの様な優しい人がこれから私と共に、その中で起きる出来事に耐えられるかどうか…恐らく今この瞬間もそれを試されています。ですが早雪さゆき殿、出来ることなら私はあなたには私みたいにはならないで欲しい。あなたはでいて欲しい…)


 慶一郎は心の中で早雪に語りかけていた。

 慶一郎のその早雪への言葉、早雪への想いは、この先に起きるであろうもっと苛烈で残酷な出来事に耐えられるくらい早雪に強くなって欲しい、尚且つ今の優しすぎる程に優しい早雪のままであって欲しいという願望ねがいだった。

 甚五郎じんごろうの死後、慶一郎は常に死と隣り合わせの生活を続けてきた。

 そして、いつからか慶一郎は自らがに慣れてしまっていると感じ始めていた。そんな慶一郎にとって、他人の苦痛に耐えられない早雪はであった。

 人を斬る度、人を殺す度に自らの中で人としてのが失われていく、そう感じていた慶一郎にとって早雪は人間らしい優しさを持った人であり、共に過ごすとそのを取り戻せそうな気がする、そんな存在だった。


「それで慶一郎けいいちろう、こいつらどうすんだ?聞き出そうにも話しそうにねえぞ」


「そうですね…では、私から少し話をしましょうか」


 慶一郎は突然語り出した。

 

「私は先程まである事をするためにこの山頂付近を歩き回っていました」


 ある事とは、慶一郎が死合しあいの際に自らの手で殺した者達、その死者の弔いのための作法を実行する場所を探すことだった。慶一郎は早雪と鬼助にこの場を任せている間、殺した者達の髪などを埋葬する景色のいい場所を探していた。

 それは、生人きびとである慶一郎が自らの手で殺して死人しびとにした者達にしてやれる最低限の弔いだった。


「そして、私はここから程近い場所である物を見つけました。それは…」


「待て!…云うな!」


 慶一郎の話を遮る声がした。

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