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そんなわけで、病院での一週間はあっという間……でもないが、なんとかやり過ごすことが出来た。
呼吸する度に痛い、という地獄のピークは過ぎたが、いまだに起き上がるときは凄い痛いし、会話もしんどいので、回復、と言い切れるまではまだ遠そうだ。
「マレーゼ、家着いたよ。……大丈夫?」
「顔色が悪いですねえ。早く休んだ方がいいのでは?」
今日は退院の日。仕事が休みだというフィジャとイエリオさんが迎えに来てくれた。
とはいえ、タクシーなどという便利なものがないので、徒歩である。この世界は、個人で車を持っていないのならバスを使うしかないそうだ。
図書館とフィジャの家の真ん中くらいにある病院で、フィジャの家には徒歩十分強でつけるはずなのだが、わたしの歩みが亀すぎて、その三倍はかかってしまった。
ようやくフィジャの家の前である。
「大丈夫、死なないくらいには、大丈夫……」
本当はあんまり大丈夫ではなかったが、フィジャが泣きそうな顔になっているので、強がって見せる。
わたしはわたしでこの一週間死にそうなくらい痛い目にあっていたが、フィジャの方がずっとつらそうな顔をしていた。
「フィジャのご飯食べたら元気になるよ。病院のご飯は……うん……」
病院食がまずいのは、どんな世界でもそう変わらないようだ。
食べられないほどまずいわけじゃないし、文句を言うほどでもない絶妙なあのまずさ。まずい、というよりはおいしくない、と言った方が正しいかもしれない。
「たった数回でフィジャの腕にわたしの舌が飼いならされたようだよ」
数回と言うか、初日の昼と二日目の昼、そして三日目の昼と、たった三回だけだけれど。ていうかランチばっかだな。
「舌が肥えるのは早いね」
そういうと、ぽぽっとフィジャの顔が赤くなった。照れてるのかな。
「フィジャのお店、楽しみだなあ。毎日食べに行きたいわ。……ああ、結婚するからお店行かなくても頻繁に食べれるか」
フィジャクラスの料理だったら常連レベルで通い詰める自信がある。
フィジャは少し固まった後、あわあわと家の鍵を開け、バタバタとキッチンへと向かった。
「ご飯! つ、作るから! 待ってて」
「うん、楽しみにしてるね」
久々のおいしいご飯だー! と喜んでいると、荷物持ちのイエリオさんが、軽くため息を吐いた。
「罪づくりな人ですねえ」
「えっ、どの辺が……? モテと料理の腕は別ですよね? イエリオさんたち、褒めないんですか?」
「いや、褒めますけど……」
そうじゃない、と言いたげな表情で、イエリオさんも部屋へと上がる。
イエリオさんはフィジャの家へと来たことがあるようで、サッと主に洗濯物の詰まった荷物を洗面台の方へ置きに行くと、すぐに戻ってきた。
わたしが靴を脱ぐのを手伝ってもらう。
「一度横になりますか? いくらフィジャでも作るのに時間はかかりますよ」
イエリオさんはそう聞いてきたが、わたしはうなづかなかった。
「一度寝ころぶと起き上がるときが地獄ですから」
おとなしく座って待ってます、と言うと、イエリオさんはリビングにあるソファまで付き添ってくれた。
キッチンの方から、フィジャが料理をする音が聞こえてくる。
ああ、帰ってきたんだなあ、と、その音を聞きながら、わたしはソファへと座り込んだ。
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