02 元社畜と仕事上がりの酒(Another)

「わたし、今日の依頼が冒険者初のお仕事なんです! ご指導ご鞭撻、よろしくお願いしますね!」


 そう、にこやかに笑う黒髪の女性を見て、変わった人だな、と思った。



 今年15歳になる僕は、周りからは舐められっぱなしだった。悔しくて、剣の腕を磨いて、強い魔物を倒せるようになっても、「あの種の中ではたまたま弱い個体に当たった」「運がいいだけ」なんて言われて、誰も僕の実力を認めようとしない。


 一番の原因は、僕が若いことにあるんだろう。


 僕が冒険者になったのは、10歳の時。普通の子供なら、まだ学校に通っている年齢だ。かといって、僕が普通の子供じゃないか、というとそうでもない。

 片親で、兄弟が多くて、食い扶持を稼ぐために学校をやめて働かなくちゃいけないなんて、よくある話……ではないが、珍しくもない。


 ただ、そんな子供でも、大抵は近所の農家や大工で働く。途中まで学校に通えていて、頭がよければ町に出て商人の元で働く、という手もあった。けれど僕は、冒険者を選んだ。

 農家は売れ残りの食べ物を現物支給だし、大工は先輩たちに搾取されるばかりで手元に残るのはほんの少し。商人の元で働くほど頭はよくない。そんな理由で僕は冒険者を選んだけど、案外適性があったのか、よく稼げたし、怪我もなくそこそこ安定して稼げた。


 後悔は、なかった。


 それでも、「ガキのくせに」とよく言われた。依頼を共同で受けると、必ずと言っていいほど「ガキだから」と分け前を減らされたし、僕が意見を言っても、「子どもなんかに何が分かる」と聞き入れてもらえない。


 だからあまり共同受注の依頼は受けたくなかったのだが、その日はちょうどいいものがそれしかなくて、しぶしぶ受けたのだ。――そして、彼女に出会った。


 彼女は、今まで出会ったどの大人とも違った。

 僕を子供だからと言って侮ることもなくて、同情することもなくて。「先輩!」と笑顔で接しては、年下の僕を頼る。彼女のほうが年上だから、それなりに年下としての扱いを受けることはある。でも、それは馬鹿にしてるとか、憐れんでるとか、そんな風では全然なくて。弟扱い、というのだろうか。


 だから、そんな彼女に聞いたのだ。どうして僕を先輩、だなんて敬うのですか、と。

 そうしたら、彼女は――おねーさんは、何でもないように言うのだ。


「働いてたら、実年齢より勤務年数が優先されるでしょ?」


 と。



 今まで誰も、そんな言葉をかけてくれなかった。当たり前のようにその言葉をくれた彼女を、目で追ってしまうようになるのは、見つければ思わず声をかけてしまうようになるのは、必然のように思えた。

 だけど、いつからだろう。むずがゆい、ささやかな「子供扱い」が悔しくて、彼女と対等になりたいと思い出したのは。

 いつからだろうか、弟ではなく、男として見てほしい、と思うようになったのは。


 家族の食い扶持のためだけにやっていた冒険者業の目標は、いつのまにかすり替わっていた。

 ギルドお抱えのクラス、特Aクラスになって、生活を安定させて。大人になって、強くなって、彼女に想いを伝えるだけのふさわしい人間になる、と。



 ――なのに!


 恥ずかしい、という思いだけが頭をめぐる。ソースがあごにつくなんて、思い切り子供じゃないか!

 ぐい、と乱暴にあごを擦り、指摘されてすぐ乱暴にぬぐってしまうのは子供っぽいかな、と思ったが、それに気が付いてやめるのはもっと恥ずかしかったので、僕はそのまま手を動かした。


「……取れた?」


「うん、取れ――あれ、これどうしたの?」


 おねーさんの手が僕の頬に伸びる。つつ、と頬を撫でる手に、思わずどきりとした。

 僕の内心はこんなにもいっぱいいっぱいなのに、おねーさんは特に意識してる様子はない。自分の立ち位置が、弟的存在から全く変わってないことに、悔しくなる。


「ここ、なんか傷になってる? 大丈夫?」


「え、全然痛くないけど……あ、今日、アンバーキャットの討伐に行ったから、そのときできたのかも」


「アンバーキャット!」


 彼女の目がキラキラと輝きだす。


「あれだよね、おっきい『ネコチャン』! どうどう、可愛かった? やっぱりもふもふ? わたし、姿絵しか見たことないんだよ~」


 ネコチャン、が何かは分からないが、あれを可愛いと言える人間が果たしてどれだけいるというのか。確かに毛皮は高級品で、ふわふわとしているのだが、生きている間はとても凶暴なことで有名だ。生まれたての子供でさえ、人間の大人と変わらない大きさで、魔物の中でも大きい魔物で獣型のものに分類される『巨魔獣』と言われているのに、可愛い、と言えるのだろうか……。


 それでも目を輝かせながら聞いてくる姿はどうも子供っぽい――のに。


「わたしも会ってみたいな~」


 酒をあおる姿はまさに大人だ。大人を意識しなくても、大人っぽい彼女は、本当の意味で大人なのだろう。大人を意識して背伸びばかりしている子供の僕とは大違いだ。


「……おねーさんの実力じゃ、遭遇したら死んじゃうよ」


 僕はおねーさんに見とれていたことに気が付かれないよう、そっと視線をステーキに移して、それを頬張る。こんどはソースが付かないように気を付けながら。

 大体、ずるくないか!?

 この国の人間は酒が弱い。だから一人呑みをする人間はほとんどいないし、気が知れた人間だけがいる状況で酒をたしなむ。そう、例えば、家族とか――恋人とか。

 だから男女間で、同じ席について酒を飲むというのは、つまり、その、『そういうお誘い』だったりするし、恋仲でないないのに酒の場を誘ったら、『あなたと付き合いたい』とか、そういう意味になったりする。

 なのに! おねーさんは! この国の出身じゃないから! 平気で一人で酒を飲むし、大して親しくもない人間と酒を飲みかわす!


 だから、酒を飲むおねーさんに、こんなにもドキドキしてしまう僕の気持ちなんて、おねーさんは絶対に分かってない。


「じゃあ、そのときは少年が守ってね!」


 分かってないのだ!!!

 まっすぐな笑顔を向けられ、まぶしくて見ていられなくなる。


「ッ、すみません! 冷やしシュワー一つ!」


 やけくそになりながら、僕は給仕に酒を頼んだ。おねーさんは、男女で酒を飲む意味を分かっていないから、きっと大丈夫だろう。

 はやく酒が飲めるようになって、おねーさんと、一緒に酒を飲むのだ。他の冒険者たちへの牽制も込めて。

 いつか、本当の大人になって、ちゃんとそういう意味で、おねーさんと酒を飲み交わしたいと思いつつ、僕はやってきた冷やしシュワーに口をつけた。


 なお、この時の僕はまだ知らない。たった半分で酔ってしまい、おねーさんに介抱してもらう、なんて情けない展開になることに。

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