Day.4 琴

琴(1)【深夜の読書からの】

 本を読んで泣いたことがない。そう話すと本が好きな友人たちには

「え、嘘……。本当に?」

 若干ひかれてしまった上に

「この本なら絶対泣けるから読んでみて!」

 と本を薦められた。しかし、薦められた本を読んでも泣けない。私の瞳からは涙のひと粒もこぼれない。こんな事が何回かあった。

 みんなが涙する本で泣けないなんて、自分は冷たい人間なのだろうか。




 友人たちの中で一番の読書家である彼女にも、この事を話してみた。すると彼女は

「そう」

 表情も変えず静かに言った。

「私でも泣ける本ってあるかな。お薦めの本、ある?」

 私が尋ねると

「そうね……。ちょっと時間をくれる?二週間ぐらいでいいから。それと、いくつか質問させて」

 友人は私に様々な事を訊いてきた。幼少期どんな子供だったか、家庭環境はどうだった、好きな食べ物や嫌いな食べ物、今までに読んだ本、他にも覚えていないほど色々。




 そうして根掘り葉掘り質問された日から、ぴったり二週間後の土曜日。

 お茶に誘われて、喫茶店で一冊の本を渡された。

「はい、約束の本。実家にあったから貸してあげる」

「ありがとう。全然知らない作家さんだけれど、この本どんなジャンル?」

「和風ファンタジーの小説よ。図書館では児童書のコーナーにあるかな」

「児童書……、子供が読む本ってこと?」

「子供だけが読む本じゃないわ。先入観を持たずに読んでみてよ。返すのはいつでもいいから」

 その日の晩、貸してもらった本をさっそく読み始めた。そして、

『もしもし、どうしたの?何かあった?』

「ごめんね、ぐすっ……。ごんな時間に、急に電話じぢゃっで……」

『号泣してるみたいね』

「うん、もう……涙腺崩壊だよぉ……。貸じてぐれだ本読んでたら、すごく泣けてぎて……。ざっき読み終わったの……」

『予想通りね。あの本は、あなたの心の琴線に触れると思ってたわ。多数派だろうが少数派だろうが【感動する心】は等しくあるのよ。……あなたは冷たい人間なんかじゃない』

 電話の向こうで、友人が微笑んでいるような気がした。

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