16.お昼どきはゴシップ

「聞きまして? 魔帝陛下が、お妃候補を探しておられるとか!」


 昼食の時間、やたら興奮気味にそんなことを言ってきたのはコートニア様だった。ああうん、ドナンとか経由で情報来てるんだろうな。


「そうらしいですね」

「お国で見つからないんですかねー」


 少し離れて座っている私とピュティナ様のちょうど中間で声を上げているコートニア様をよそに、私たちはそれぞれに食べ物を口に運んでいる。今一番重要なのは、コートニア様の下世話な話に付き合うことではなくて自分の腹を満たすことなんだもの。

 私としてはエンジェラ様とくっつかなきゃ、というかくっついてもざまぁにならなきゃいいかなって感じだし、ピュティナ様は完全に他人事の顔である。……もしかしてコートニア様、狙ってるのかな?


「あら。お二人とも、気になりませんの?」

「他所様の偉い方のお妃候補がどうなるかより、今目の前にあるご飯の方が私には重要なんです」

「えっ」


 いや、コートニア様、何でそこで目を丸くするんだよ。私はお腹空いてるんだよ、この後文字の読み書きの授業があるからしっかり食べなきゃやってられないんだよ。もぐもぐもぐ、あーローストビーフうめえ。


「わたくしも、あまり気にはなりませんわねえ。関係のないことですし」


 ピュティナ様も、だいたい同意見のようだ。つーか彼女の場合、帝国が絡んで関係ある話って実家の領地に帝国の軍勢が攻めてきた、とかそういう話になりそうだものねえ。


「で、ですが、魔帝陛下ですわよ?」

「基本的に、聖女は国外に嫁ぐことはしない慣習ですわよお?」


 コートニア様はどうしてもその話題に持っていきたいみたいなんだけど、ピュティナ様がズバリとぶった切ってくれた。……あれ、そうなんだっけ?


「そういうものなんですか」

「グランブレスト王国を守るための存在、と国ではみなしていますからねえ。だからこそ、こうやってわたくしどもはお城の中で暮らしているわけですしい」

「ああ……」


 おおう、そういう設定だったっけか? 『のはける』本編でも、シークレットムックでも読んだ記憶はない気がする。……ま、いっか。表に出ない裏設定とか、そういうものもあるんだろうし。

 というか、確かに聖女の宿舎なんかがお城の中にある理由、それなら納得がいくんだよね。王家で保護してるってことは、国のために必要だからって考えられてることになるんだから。


「……もしかしてコートニア様、ちょっと狙っておられたり?」

「どどどどうしてそうなるのかしら! わ、わたくしは魔帝陛下がどのような女性が好みなのかなーとかちょっと考えてみたりとかっ」

「狙ってますねえ」


 軽くつついてみたら、コートニア様は分かりやすくうろたえてくださった。侯爵家のご令嬢なんだから、それなりに良い相手は国内でも見つかるだろうに。こういう世界って、男も女もだいたいちょうどいい相手見繕って結婚するのが当たり前な世界だしなあ。


「私なんて、ほんの少し前までは国王陛下だって雲の上の存在だったんですよ? 隣の国の魔帝陛下なんて、未だにその存在に対して現実味がまったくないです」

「そ、そういうものなんですの?」

「はい。生活圏で一番偉いのは村や町の長ですし、年に何回か王都からやってくる役人さんなんて珍しすぎてもう、見物人が山のように」


 コートニア様にとっちゃ、田舎生活の方が現実味のない世界なんだろうな、と思う。そりゃあさ、私だって前世の記憶なんてもんが出てこなけりゃ今頃浮かれに浮かれまくって魔帝陛下の使者見に行きたーい、とか言ってたかもしれない。

 ……ま、さすがに魔帝陛下の嫁探しだけで使者は送ってこないだろうから、貿易だの何だの色々あるんでしょ。そこらへんまでは『のはける』でもやってなかったし、私が気にする必要もないと思う。


「とりあえずコートニア様あ、お食事取られたほうがよろしいですよお?」

「わ、分かっておりますわ!」


 聖女三人でこんなのんびりした会話ができる状況なんだし、大丈夫でしょ。うん。

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