08.再召喚系異世界転移ですってよ 前
「聖女様、エルベール殿下……!」
いつもと同じ、異世界転移。
どうせすぐに帰ればいいや。
そう思って、おとなしく謎の光に包まれてみれば、見覚えのある、召喚儀式の間に呼ばれていた。
目の前にいるローブを着用した怪しげな男も、見たことのある顔だ。
――エルの世界に、再召喚された。
そう理解すると、わたしはパッと、慌ててエルの方を見た。
今日のエルの格好は、淡いグレーのカットソーに黒のスキニー。セーフ!
イベント最終日の追い込みとか、朝起きてそのままベッドでソシャゲをやり始めるのが当たり前になっているエルだ。寝ぐせもそのままに、安いスウェット姿に身を包んで堕落した王子の姿など流石に見せられない。
「ここは……!」
ぽかん、としたエルもようやくここがどこなのか気が付いたようだ。そうだよ、お前の生まれ育った国だよ。
「ご無事だったのですね……!」
ローブの男はエルの前に跪き、感涙をぼろぼろとこぼしていた。無事も何も、かなりエンジョイしてましたけどね、日本の生活に。
とはいえ、かつての部下を目の前にすると、一瞬にしてエルのまとう雰囲気が変わった。いくら自堕落なオタクになったとはいえ、今まで積み上げてきたものと言うのはなくならないらしい。安物の服を着ているくせに、どんな俳優にも勝る王子っぷりだった。
「よく……よく呼び戻してくれたな」
ふんわりと柔らかい笑みを浮かべながらエルがローブの男に声をかける。
その光景を見て、わたしは何とも言えない感覚に襲われていた。ざっと血の気が引くような、現実感がないような、不思議な感覚。これはそう――入れ込んでいたソシャゲがサービス終了を告知したときと、同じ。
信じられない思いと、それでもやってくるさみしさ。
エルとの生活が、終わってしまう。
エルはわたしの強制帰還に巻き込まれただけ。だから、わたしがここで帰ってしまえば、彼とのつながりは絶たれる。かといって、すべてを投げ出してこの国に残るか、と言われれば、それはそれで遠慮したい。
向こうに残っているものに未練はありまくりだし、何より一度、まったく話も聞かずにとっとと帰った前例がある。今更どの面下げて、この国に住まわせてくれと言うのか。
「エル……わたし……か、帰るね」
なんとなく、いたたまれなくて、わたしはさっさと家に帰ろうと、ステータスウインドウを開いた。大丈夫、しばらくはさみしいかもしれないけど、きっとまた元の生活に戻れる。一度交友関係を洗ったこともあるし、ソシャゲのサ終にも何度だって立ち会ってきた。
それでもわたしの日常は変わらなかったじゃないか。
平気だから、と自分に言い聞かせながら、強制帰還の文字を、打とうとしたとき――震えるわたしの手を、エルが掴んだ。
「待ってくれ! 今帰られたら――明後日のしんぶーのイベントはどうするんだ!」
「マジかお前」
予想していなかった言葉に動揺しまくり、ステータスウインドウが霧散した。
発言をしたエル本人ですら、そんな言葉がするっと出てくるとは思っていなかったようで、慌てふためいている。
「ち、違うんだ……その、青葉を呼び止めなくてはと思って、それで、その、気を引けそうなことを、と思ってだな……!」
うろたえるエルとは逆に、わたしはすっと冷静になっていく。そして、なんだかおかしくなって笑えてきてしまった。
「しんぶーのイベントを気にするなんて、最初の頃とは逆ね」
「青葉……!」
笑うな、と言いたげに、拗ねた表情を見せるエル。その姿を見て――ああ、離れがたいな、と思ってしまった。恋愛とか、そういうんじゃないけど。エルは、まぎれもなく、わたしの最高の友人で。アニメや漫画、ゲームのこと以外はすべてどうでもよかった、わたしにできた友だち。
「……その、青葉さえよければ、少しこちらに滞在しないか? しんぶーのイベントは、明後日からだろう」
「……うん、じゃあ、明後日まで、こっちにいようかな」
少し考えた素振りを見せながらも、わたしはそう答えた。心の中では即決だったけれど。
ぱあ、と顔を明るくさせたエルは、少し興奮したように、部屋を用意しよう、と言った。
しかし――彼のテンションが急降下したのは、その直後のことだった。
「おや、エルベール。久方ぶりだね」
びしり、とエルの笑顔が固くなったのが、目に見えて分かる。
ゆったりとした足取りでこちらに来るのは、これまたイケメンな男性だ。二十代後半か、三十代前半といったところか? エルよりは断然年上に見えた。
「あ、兄上……」
ぽつり、とエルが言葉をこぼす。それは、会いたくない人間にあってしまったときの反応に見えた。
しかし、兄上、か。言っちゃ悪いが、全然似ていない。顔の造形だけ見ればエルの方がイケメンだ。まあ、彼が整っていないというわけではないが。極端に父親似と母親似に分かれたのか、と思ったが、王族というなら、母親が違う可能性も十分にある。
「よくやったじゃないか」
――なにより、笑顔が気持ち悪い。
心から屈託なく笑うエルのものとは違い、なんだか馬鹿にされているような気分になってくる笑みだ。
「聖女の魔術で異界へと飛ばされたと聞いたときはどうなるかと思ったが……無事、聖女をほだしたようだな?」
「ち、違う! そんなんじゃ……」
エルは反論しようとしているが、どうにも語調が弱い。兄上、と言うからには、確実にエルより王位継承権が高い位置にいるのだろう。そんな相手に、強く出ることは難しいのかもしれない。
現に、「しかし今、こちらへの滞在を要求し、通っただろう?」と言われ、黙り込んでしまった。
すっかり言葉を失ったエルを一瞥し、男はわたしの前に跪き、手を取った。
「見苦しい兄弟喧嘩を失礼――。私(わたくし)はジェフリフ、ジェフリフ=フィヴィ=ロルグルドと申します。聖女様、ぜひ、この大国をお救い――」
――パシンッ!
彼が最後まで言葉を言い切る前に、わたしは男の手を振りほどいた。
「見苦しい兄弟喧嘩? 見苦しいのはあんたでしょ」
いや普通に、馬鹿か? と問いたくなる。友人を貶すような態度を取られたから、と怒りから来るものもあるが、目の前であんな風に言われて、にこやかに会話をしてくれると思う方がおかしいだろ。
拒絶されないと思っていたのか、男――ジェフなんとかはきょとん、と目を丸くしていた。その顔が、また実に腹立たしい。
「エル、行くよ」
「え、おい、ちょっと――」
わたしはエルの手をつかんで、ステータスウインドウを開いた。
強制帰還は――流石に使えない。
転移系の魔法の中で、ただの転移魔法を探す。――あった。
「わたしと、わたしの友だち馬鹿にして。言うこと聞いてもらえると思ってんの? この無能」
びっ、とジェフなんとかに中指を立て、わたしは召喚の間から、エルを連れて魔法で飛び出した。
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