03.迷い込み系異世界転移ですってよ

「チェンジ!」


 数分の異世界転移を経験し、我が家にエルが居候するようになってから一週間。

 わたしは森の中で叫んでいた。


「インドアを森の中に放り出すんじゃない!」


 前回の召喚タイプの異世界転移と違い、今回は迷い込むタイプの異世界転移のようだった。

 いや、チェンジとは言ったが、森に放り出されるよりはちゃんと説明してくれる人間がいる方がまだマシ、というだけであって、元の世界に帰りたいということに変わりはない。


「あまり叫ぶとよくないんじゃないか。何か寄ってきたらどうする」


「何かって何」


「そうだな……魔獣、はアオバの世界にいないんだったか。熊とか、そういう危険な生物が住んでいる森かもしれないぞ」


 ぐうの音も出ないほどの正論だった。わたしはそっと声量を落とす。

 今回はエルも一緒に巻き込まれていた。たった一週間で完全なアニオタの民と化したエルと一緒に、とあるソシャゲのコラボカフェに出かける道中、駅への近道を歩いていたはずが、変な森へと迷い込んでいたのだ。


「ねえ、これってエルのお迎え?」


 異世界転移と言えば、エルの国に召喚されたことが記憶に新しい。エルもエルで「すぐに再召喚してくれる」なんて言っていたから、てっきりそうだと思ったのだが、エルは微妙な顔をしている。


「いや、その可能性は低いな。召喚の儀によって呼ばれる対象は、必ず魔法陣の中に現れる。召喚魔法の効果自体が魔法陣内でしか発動しないからな」


 そう言いながら、エルは辺りを見回した。


「アオバ、適当な植物を『鑑定』してみてくれないか。産地が分かれば今どこにいるのかも分かる」


「ああ、確かに。えーっと、ステータスオープン」


 わたしが言うと、目の前にステータス画面が表示される。魔法、の欄をタップし、ずらりと並ぶ文字の中から『鑑定』を探す。


「鑑定、鑑定……っと、あった」


 鑑定の文字タップし、その辺の葉っぱを鑑定対象に選択する。大きい葉っぱで、里芋の葉に似ている。


「鑑定結果は、えーっと……名称はパシオネ草。産地はエーレード大陸西部、だって」


「エーレード? 聞いたことないな」


 エルにも知らないことはあるだろう、と思ったが、なんだか様子がおかしい。


「こう見えても、オレは第五王子だったんだ。大した継承位はなかったが、教育は国内最高峰のものを受けてきた。それに、曲がりなりにも王族だ。歴史や経済、地理なんかは徹底的に教えられている」


 その言葉に、わたしは思わず頭を抱えたくなった。第一印象は偉そうな青年、だったのだが、偉そう、ではなく、偉い、だった。

 わたしは一国の王子をオタクにしてしまったのか……。字面やばいな。


「……って! そんなエルが知らないってことはまさか……」


「アオバの世界は勿論、オレの世界とも違う可能性が高いな」


 どれだけあるんだ異世界。

 いや、まあ、これだけ世の中に異世界ラノベ、異世界漫画があふれているのだ。あれだけの数が本当にあったとしたら、それは確かに膨大な数になるだろう。

 とはいえ、こうしてわたしのチート魔法が使えているのなら、元の世界に帰ることは可能なはずだ。

 そんなわけで、強制帰還の文字を探していると――がさり、と足音が。


「っ、迷い人様!?」


「おっとまずい」


 どうやら原住民に見つかってしまったようだ。可愛らしい幼女である。

 ひそ、と声を潜めてエルに声をかける。


「ややこしいことになる前に帰りましょう。わたしはコラボ期間中、三食コラボフードで食事を済ませるつもりです。『音楽やろうぜ!』の財布になりたいんです」


 しょっぱなから躓くわけにはいかない。グッズのトレードだってしたいし、オープン前から並びたいくらいの勢いなのだ。


「万策がつき、異世界人に最後の望みをかけて召喚の儀を行った身としては、困った者を放置するのはいささか気が引けるが……」


 エルはそこで少し考えるように言葉を止めた。


「まあ、今日の午後から『アイドルエキスパート』のイベントが始まるしな。帰ろう」


 オタク化どころか、思考回路までわたしにしてきてしまっている。駄目だこの王子。


「そうですね、確かにイベントはスタートダッシュが肝心です。特に無課金で進めるなら。帰りましょう」


 まあ、わたしもわたしなので、文句など出ようもない。


「ま、迷い人様、どうか、どうか助けてください!」


 ごにょごにょと密談を続けるわたしたちに、子供が声をかけてきた。異世界転移、というのに慣れていないからか(いや慣れるのもどうかという話だが)、どうにも目の前の子供を現実にいる人間、としてみることが出来ない。アニメっぽい金髪にアニメっぽい紫の瞳という、嘘くさいほどに鮮やかな色彩を持つ彼女にも問題があると思うんですけどね。

 これがいかにも日本人なカラーリングだったら……多少は……いや、どうだろう。話を聞く気になったかちょっと怪しい。オタクイベントを前にしたわたしは他人の話を聞かないクズに成り下がるからな。


「ここにいるのは早くコラボカフェに行きたいしがないオタクです。マヨネーズの作り方さえ分からないわたしに何ができるというのです」


 酢と油と卵から出来るのは知っているが、調理工程と分量が怪しい。異世界ラノベの主人公はよくホイホイ作れるものだよな。


「強制帰還や鑑定の魔法が使えるなら一通りの魔法が使えるんじゃ……」


 エルのぼやきは無視することにした。――いや、待てよ?


「……すぐに済む話なら聞いてあげましょう」


「どうしたんだ、急に」


 自分たちのときとは違い、急に聞く耳を持ったわたしに、エルが驚いたような声をあげる。いやまあ、オタクな理由からなんだけど。


「ブラインドグッズを買うのに徳を積んでおきたくて」


 トレードする気満々、とはいえ、やっぱり推しは自引きしたい。わたしの言葉にエルは納得したようだった。


「お母さん、お母さんを助けてください! 私にできることならなんでもします!」


 妙なシンパシーを感じ合っているわたしたちに、少女がぼろぼろと泣きながら叫んだ。

 彼女の話を聞くと、どうやら母親が重い病気に罹ってしまったらしい。

 この世界にはまともな医者がおらず、祈祷で治す、というやばい宗教のような治療法しかないみたいだ。そして、十日間の祈祷もむなしく、祈祷師から「治らない」と断言されてしまった、と。

 病気、ねえ……。


「エル、なんかこう、ポーションとか作れないの?」


「ぽーしょん?」


 異世界ファンタジーではお約束のアイテムだが、エルには聞き覚えがなかったらしい。不思議そうに首をかしげている。

 まあ、わたしたちの世界でもないしな、ポーション。ないところにはないのだろう。

 と、思ったのだが。


「回復薬のようなものか? それならヒーリング・メディという薬がある。それを作る魔法もあるはずだ」


 名称が違うだけかーい!

 やっぱりテンプレ異世界じゃねえか、と思いつつ、わたしはステータス画面からヒーリング・メディの文字を探す。


「えーっと……ヒーリング、ヒーリング……あった!」


 ステータス画面、もとい、万能ウィンドウに表示された『特上級ヒーリング・メディ生成』の文字をタップする。一応、下級、中級、上級と、特上級の下に三つほどランク違いのものもあったが、また呼ばれても困るし、特上級にしておこう。大は小を兼ねる、一番上なら何でも治せるでしょ。


「――ぅ、おわ!」


 小瓶に入って出てくるのを想定していたのだが、空中にケミカルな青色の液体が出現した。まさかの直。

 重力に従って地面に落ちる前に、反射的に出した手で受け止めることに成功した。いや、まあ多少はこぼれちゃったけど、ほとんどは手に収まったし、セーフでしょ、セーフ!


「なんか入れ物ないですか?」


 わたしの言葉に、少女は一枚の葉っぱを差し出した。さっき鑑定した……なんとか草。名前忘れちゃった。大きな葉っぱなので、上の方をすぼめれば、ちょっとの液体を運ぶことはできそうだ。

 少女がうまい具合に器状にしてくれているので、そこにぱたぱたと液体を落とした。


「これを飲ませればなんとかなりますかね」


「特上級のヒーリング・メディ……。流石聖女というべきか。こんな力を持った聖女がいれば……」


「世界の浄化はしませんからね?」


 なんだか不穏な言葉が聞こえてきたので、再度釘を刺しておいたが……問題はなかったようだ。


「分かっている。貴女が並々ならぬ愛を彼らに注いでいるところを間近で見ていたのだ。今更引き裂くなど、とてもとても……」


 『音楽やろうぜ!』も大事なのだろう? と言われれば、激しく頷くしかない。

 今はもう、サ終して遊べなくなってしまったアプリゲームの『音楽やろうぜ!』。しかし、プロデューサーの熱心な活動の下、細々とコラボカフェや制作陣のトークショーを開催してくれている。

 いちファンとして、その熱意に金を出さずにいられるか……!


「財布になりてえ……ッ! 貢ぐしか、ねえんだ……ッ!」


 拳を握り、強くつぶやくわたしの傍らで、エルが少女に特上級のヒーリング・メディの効能を伝えていた。お前から振ってきた話のくせに最後まで聞かないのはひどいぞ。


 エル曰く。特上級ヒーリング・メディは一口飲めばほとんどの病や怪我、はては呪いまで治してくれるらしい。一気に飲ませるよりは継続して毎日飲ませる方がいいようだ。とはいえ、一口で治らない病気はほとんどないみたいだけど。

 しかし、エルの世界には呪いの類もあるんやな。と、ステータス画面を見てみれば、ばっちりわたしも呪術が使えるようだった。こわ……。触らんとこ。使う場面もないしな。


「お母さん、治る? 元気になる?」


 実際、エルの世界の回復薬が少女の世界でも作用するか、実際には知らないが、そこはほら、チートだから。わたしのチート魔法で作ったチート回復薬だから。きっと大丈夫、効かないわけがない!

 大丈夫だよ、と少女に伝えると、彼女は泣きながら、何度も礼を言い、頭を下げた。

 そして、しばらく礼を言うと、急に思い出したように、ハッとした表情になる。


「あっ! その、迷い人様の保護は神殿が行ってますから、案内しますっ」


 おっと嫌な予感がするぞ~。神殿までたどり着いてしまったらおいそれと帰れない気がするぞ!


「い、いいよいいよ。先にお母さんに薬を渡しておいで」


「分かりました、ありがとうございます!」


 少女を気遣う……という体で、わたしは彼女を追い払った。感動したように泣きながら、少女は走り去っていった。

 その背中が消えたのを確認する。


「さ、帰るか。――強制帰還!」


 わたしが魔法を実行すると、駅への近道へ入る少し手前に戻ってきた。幸い、辺りには誰もおらず、急に現れてびっくり! みたいな展開にはならなかった。

 転移していた間の時間は進んでいないようで、スマホは出かけた時とあまり変わらない時刻を表示していた。

 近道を行こうか迷ったが、もう一度あの世界へ迷い込んでは困るので、おとなしく大通りを歩くことに。

 少女には何も言わないで帰ってきたが……まあ、いいでしょ。万能薬、特上級ヒーリング・メディあげたし。


「珍しくいいことしたし、推し自引きできるかな~」


「出るといいな。ちなみに誰推しなんだ?」


「武蔵くんです!」


 エルからの質問をきっかけに、わたしは『音楽やろうぜ!』の布教を始めた。わたしのプレゼン力が高い、エルがちょろいのか、コラボカフェにつく頃にはすっかり『音楽やろうぜ!』が気になって仕方ない様子。帰ったら、ライブ円盤一緒に見ような!

 無事布教は成功し、徳を積んだからか買いあさったブラインドグッズの八割は推しの武蔵くんだった。


 なかなかいい一日だった。異世界転移も、まあ悪くないかな。わたしは帰るけど!

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