第22話 三期生の温泉旅行(寝るまで配信編ぱーとふぉー)

ココネ:『長々とお待たせしてしまいましたね。温泉旅行なのに、中々温泉に入る話までできませんでしたから、待っていた人もいたのではないですか?』


ユイ :『うみゅー、凄く待たされたのー!』


カグラ:『誰のせいだと思ってるのよ!?』


ユイ :『カグラっちのせい?』


カグラ:『誰がカグラよ!? って、合ってるわね』


ユイ :『うみゅ、違う名前が良かったの? カグっち』


カグラ:『カグラで良いわよ!?』


ココネ:『まぁ、こうやって話が脱線するのはいつものことですもんね』


ユイ :『うみゅー、そろそろココママは膝枕役を変わるの!』


ココネ:『はいはい。また明日になったら変わってあげますよ』


ユイ :『うみゅーー!! それだとユキくんが起きてしまうの!!』


ユキ :『うぅぅ……』




 ユキが起きそうになった瞬間に三人は言葉を発しなくなっていた。

 その間も無情にコメントだけが流れていく。




【コメント】

:ユキくん、まだまだおねむかな?

:段々声が大きくなっていったからな

:まだココママが膝枕をしていたのか!?

天瀬ルル🔧:うぅぅ……、ぼくもしたいのに……




ココネ:『こ、このままだと、ユキくんが起きてしまいそうなので、最後についさっきの話をして、終了したいと思います』


ユイ :『うみゅ、みんなで温泉に入ったの』


カグラ:『さっき決まったことは、また配信終了後にまとめておくわ。どうせ、二人ともやらないだろうし』


ユイ :『うみゅ、助かるの。だからカグラっちは大好きなのー』


カグラ:『はいはい。暑苦しいから抱きつかないでよね』


ココネ:『ではスタートです』




◆◆◆




 迷子になりながらも、ようやく僕たちは宿へとたどり着いた。


 どこか古さを残しながらも、落ち着く佇まいをした木造二階建て。

 入るとすぐに頭を下げた女将さんに出迎えられてしまう。




「ようこそ、雪の宿へ。お名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」


「あっ、はい。えっと、僕は雪城……じゃない。小幡祐季こはたゆきといいます」




 思わず、本名じゃなくて、ユキくんの名前を言ってしまうところだった。


 配信の度に自己紹介をしているので、最近だと自分の名前より言う回数が多いから、ついうっかり言いそうになる。

 みんなもユキくん、としか呼ばないのでなおさらだった。


 ちょっと前だと、結坂が小幡くんと呼んでくれていたのだが、いつのまにかユキくんになってるし……。


 結坂自身もユイのしゃべり口調でいることを考えると、案外引っ張られるものかも知れない。


 注意しないと……。



「小幡様ですね。少々お待ち下さい。えっと、シロルームご一行様、でよろしかったでしょうか?」




 ちょっと待って!? マネさん、僕たちの正体、隠す気があるの!?




 思わず驚いてしまうが、こよりさんは平然とした態度で答えていた。




「はい、まちがいありません」

「では、お部屋に案内させていただきます。付いてきて下さい」




 女将さんに案内された先はそれなりに広い和室だった。

 奥に縁側もあり、そこから整えられた中庭を一望することもできる。


 そして、部屋はたった一つだけ。




「では、何かあったらお呼び下さい」




 女将さんが恭しく頭を下げた後、部屋を出て行ってしまった。




「も、問題しかないんだけど……。ど、どうしよう……。僕、どこで寝たら良いの?」

「どこって、ここで一緒に寝るよね?」




 こよりさんがさも当然のように言ってくる。




「でもでも、おかしいよね? やっぱり僕、女将さんに頼んで別の部屋を――」

「もう、そんなことしなくていいよ、ユキくん。それよりもゲームしよ?」




 結坂がカバンの中から大量のゲーム機を取りだしていた。

 それより僕は今の話し方に違和感を覚えてしまう。




「あれっ、もうユイのしゃべり方をしなくて良いの?」

「さすがに部屋の中ではしないよ。あれ、意識的に作ってるから結構疲れるんだよ、元に戻すのは――」

「――それならさっきも無理にユイの話し方をしなくてよかったのに……」

「どうしても、緊張するとあのしゃべり方になってしまうんだよ。最近ずっとあれだからかな?」




 確かに結坂が言わんとすることはよくわかる。

 僕がさっき、自分の名前を間違えそうになったことと同じだった。




「でも、今は普通の話し方で良いんだよね? それなら僕の言いたいこともわかるよね?」「うん、祐季くんが一緒に寝ることだよね? 私は何も問題ないかな?」

「な、なんで!?」

「前も一緒に寝てるよね? それも二人っきりで。それと比べると人も多いから問題ないかなって」

「――うっ、言われてみると確かに」

「よかったね、祐季くん。ハーレムだよ」

「ぼ、僕は縁側の方で寝るね。そ、そこは譲らないからね?」

「大丈夫。どうせいつものように祐季くんは先に寝てしまうでしょ?」

「きょ、今日はしっかり起きてるよ! 見てて、絶対に日が変わるまで起きてるからね!」

「それなら今日の配信タイトルは『《♯コユユカ温泉旅行》寝たら終了。寝るまで耐久配信雪城ユキ/真心ココネ/神宮寺カグラ/羊沢ユイ/シロルーム』でいいかな? ユキくんの枠でするし、責任重大だね」

「僕の枠で良いの? 本当に良いの?」

「うん、ユキくん睡眠RTA、楽しみにしてるね」

「ぜ、絶対にそんなことにならないからね!?」

「それは楽しみだよ」




 ニコッと笑みをこぼす結坂。

 僕は絶対に思い通りにはさせない、と固い決意を抱いていた。




「それじゃあ、そろそろ祐季くんがどこで眠るか決めない?」




 改めてこよりさんが仕切ってくる。

 さすが、この中で一番最年長。とは言ってもたった一歳差だけど。




「そうだよね。やっぱりこの中で唯一の男である僕が寝る場所は大事だよね?」




 さすがわかってくれている。

 何か問題が起きたら大変だもんね。




「はいはーい! 私の布団が良いと思うよ!」




 まずは結坂が手を挙げて言ってくる。




「ちょっと待って! なんでそうなるの!?」

「そうだよ! ここはやっぱり私の布団で寝るべきだと思うよ」

「こ、こよりさん!?」




 どうやらこよりさんも僕を自分の布団へ連れ込もうとしていたようだった。

 お互いに一歩も引かずに言い争っている仲、僕は瑠璃香さんに助けを求めて視線を送る。




「はぁ……、全く、布団は四人分用意されるのよ。一緒の布団で寝る必要なんてないでしょ?」

「そう、それ。それだよ! 僕が言いたかったのは……」

「それなら私が祐季くんの隣に……」

「同級生である私が隣で寝るのは相応しいよね?」




 また、二人でにらみ合う。




「えっと、僕が端で寝るから隣、瑠璃香さんにお願いしても良いかな?」

「「祐季くん!?」」




 こよりさん達が言い争っている中、隣でこよりさんに頼む。

 すると、二人は驚きの声を上げていた。




「ど、どうして……?」

「祐季くん……。もしかして、私の事、嫌いになった? や、やっぱりホラーゲームは嫌だったかな?」




 悲しそうに持ってきたゲームソフトを眺める結坂。




「うん、それは嫌だけどそういう理由じゃないよ?」

「それじゃあ、どうして?」

「なんか身の危険を感じてね……」




 普通は逆なんだろうけど、今回ばかりは仕方ない。

 一番僕の身を守れそうなのが瑠璃香さんだというだけだった。




「わかったわ。そういう並びにしましょうか。でも、それも祐季が寝落ちたらできないからね?」

「うっ……、も、もちろんわかってるよ……」

「それなら早速温泉に行きませんか? ここの大浴場、美容健康に効くって有名なんですよ」




 こよりさんが手を当てて、にっこりと微笑む。

 ようやく一人の時間がきてくれるようだった。




「それもそうだね。いつまでもこの姿のままにはいかないもんね」




 普通のパジャマを取り出し、温泉へ行く準備をする。




「あっ、祐季くん。せっかくだから浴衣にしない?」




 そういえば女将さんが出て行く前に人数分置いていった気がする。




「そうだね。その方が雰囲気が出るかも……」

「よーし、それじゃあ、しゅっぱーつ!!」




 結坂が僕の手を掴んで、勝手にどこかへ連れて行く。




「あっ、祐季くんと行くのは私です!!」

「ぼ、僕は一人で行けるから……」

「ちょっと待って。ここの大浴場って――。はぁ……、まぁ、今更気にするメンバーじゃないわね」




 ため息交じりに瑠璃香さんが一番後ろで付いてきていた。




◇◇◇




 脱衣場へとやってくる。

 ここは暖簾によって、男女が分けられている。

 当然ながら僕は男の方へ、他のみんなは女の方へと行くのだが――。




「祐季くん、そっちは男の人の方だよ。祐季くんはこっち」

「こよりさん……、僕の性別を勘違いしてない?」

「祐季くんの性別?」




 こよりさんは首を傾げていた。

 なんでそこで迷うの!?

 思わず口に出したくなるのをグッと堪える。




「祐季くんの性別は祐季くんだよ!」




 結坂が迷うことなく言い切ってくる。




「それだね! だからこっちだよ!」




 なぜか僕を女性の脱衣場へと連れ込もうとするこよりさん。




「そっちも違うよね? というか僕は普通に男だからね!?」

「まぁ、ふざけるのも程ほどにしておきなさい。私たちだけなら良いけど、ここには他のお客さんもいるのだからね」




 確かに周りにいる人たちが僕らの方を見ていた。

 目立ちすぎたかも知れない。




「それにほらっ、見てみなさい。祐季くん用の脱衣室も準備してあるわよ」




 瑠璃香さんが指さした先にはなぜか、第三の暖簾が掛けられていた。

 そして、そこには『ダンボール』と書かれていた。




「し、資材置き場のことじゃないかな?」

「祐季くん専用の脱衣室があるんだね。それなら仕方ないかな」

「これはもう、お風呂上がりに拾って帰るしかないの」




 うん、結坂に捕まらないように気をつけないとね。

 きっとホラーゲーム24時間耐久とかさせてくるだろうし。




「えっと、本当にここは僕のところなの? ほらっ、僕は普通に男の脱衣室へ……」

「そんな、他の男の人に迷惑をかけること、したらだめだよ!」

「迷惑なんてかけないよ!? 普通の行動だからね!?」




 ため息交じりに……、そこが資材置き場であることを期待しながら僕は、『ダンボール』の暖簾をくぐっていく。


 中は至って普通の脱衣場だった。

 そして、部屋の片隅にはユキくん段ボールが置かれている。

 それを見た瞬間に、ここは僕のための部屋であることを理解してしまった。




「全く……、マネさんだね。こんなことをするのは」




 こよりさん達と一緒に着替えるような羽目にならなかったので、その点だけは感謝していた。


 今まで来ていた浴衣ドレスを脱ぐと、それを畳んでから、浴場へと向かう。







「うわっ、やっぱり本格的だね。こんなに広いんだ……」




 一人で使うのはもったいないくらい、目の前に広々とした温泉が広がっていた。回りの風景も楽しめて、風情ある空間がそこには広がっていた。


 そして、客は僕の他に誰もいなかった。


 まぁ、ダンボールの浴場へ入る人はいないよね?


 苦笑を浮かべながら温泉へ入ると思いっきり手足を伸ばしていた。




「ふわぁぁぁ……、やっぱり気持ちいいなぁ……。温泉へ連れてきてくれたマネさんには感謝だな。色々とトラブルはあったけど……」




 ぼんやりと景色を眺めながら温泉を楽しんでいたら、別の声が聞こえてくる。




「見て見て。凄く広い温泉だよ!」

「本当だね。やっぱり温泉で有名なところだけありますね」




 近くからこよりさんと結坂の声が聞こえてくる。

 その瞬間に僕は体をタオルで隠し、温泉を囲っている岩陰に身を隠していた。




「もう、ここは混浴って言ったでしょ? せめて体を隠しなさい」

「大丈夫だよ。今の時間は貸し切りにしてもらってますから」

「うんうん、それなら安心だよね」

「全然安心じゃないわよ!? それだと祐季には見られるってことになるわよ!」

「祐季くんなら問題ないよね?」

「今更じゃないかな?」

「お風呂は違うでしょ!?」

「大丈夫、これでルルちゃんに追いつけるから」




 瑠璃香が頭を抱えていた。

 ただ、この場合だと瑠璃香の方が正しいと僕は思えてくる。


 これは僕がおかしいのかな?


 女性の過半が僕がいても問題ないと言っているので、それが普通のように思えてくる。


 と、とにかく、僕の姿は見られないように――。




「あっ、祐季くん、先に入っていたんだね」




 結坂が僕の方へと駆け寄ってくる。

 当然ながら僕とは違って、タオルで体を隠していないので、色々と見えてはいけないところが見えている。

 いや、湯気さんが頑張ってくれているので、僕からは見えていないけど、それは少し距離があるからだった。




「えとえと、そ、その……、ま、前を隠して……」

「えーっ、今更いらないよね? 面倒だもん」

「いるよ!? いるから、お願い」

「それじゃあ、私のお願いを一つ、聞いてくれる?」

「聞く! 聞くから早くお願い!」

「わかったよ。そこまで言われたら仕方ないね」




 結坂がようやく自分の体にタオルを巻いてくれる。

 そして、いくらでも場所がある広い温泉なのに、わざわざ僕の隣にくる。




「うみゅぅ……、なかなか気持ちいいね……」

「う、うん、本当だね」




 どうしても、隣にかわいらしい女の子がいると思うと僕は緊張してしまって、顔が引きつっていた。




「あっ、彩芽あやめちゃんだけずるいよ! 私も祐季くんの隣で入る!」




 場所はいくらでもあるのに、わざわざ僕の隣に浸かってくるこよりさん。




「こ、こよりさんもタオルを巻いて!? こ、混浴だと普通だよね!?」

「それなら私も一つ、お願いを聞いてくれますか?」

「聞く! 聞くから!!」

「はぁ……、全く、何をやっているのよ……」




 ため息を吐く瑠璃香さん。

 それをよそに、僕はただ頷くしかできなかった。

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