第20.5話:四期生募集

 シロルーム本社。

 三期生担当である 湯切舞ゆきりまいは送られてくるたくさんの書類と睨めっこをしていた。



 シロルーム四期生募集。

 ユキくんたち三期生が想像以上に活躍してくれたこともあり、早期に四期生を募集することとなった。


 活動の開始は七月頃を予定。

 ユキくんたちが五月だったことを考えるとかなり急ピッチの募集になっている。


 更にその募集数を増やした要因は他にもある。


 カタッター上で少しバズっていた募集要項。




 シロルーム【公式】 @shiroroom 5月18日

【お知らせ】

シロルーム四期生、女性Vtuberを募集中。

募集要項:18歳以上。性別不問。

配信経験:歌、ゲーム等の配信がある方(なくても可)


 @1,425  ↺21.5万  ♡11.1万




――うん、我ながら馬鹿げていると思う。



 年齢が十八歳以上なら誰でも良いですよ、と言っている様な募集。

 これならたくさん来てもおかしくない。


 更にこの募集に油を注いでくれたライバーがいた。




 雪城ユキ@シロルーム三期生 @yuki_yukishiro 5月18日

僕の後輩さんを募集してた……。ぼ、僕、まだ先輩になる自信ないよ……。

でも、僕も頑張って先輩さんらしくなるから、どんどん応募してね


 @2,684  ↺15万  ♡31万




――あざとすぎるよ、ユキくん。これを天然でやってくるのだから恐ろしい……。



 ユキくんのこの呟きをきっかけに募集人数がかなり増加してしまった。

 主に犬好きたちから、ユキくんに会うために……。

 そして、募集に対する質問がユキくんに集まった様で、彼は慌てて連絡をしてきた。




ユキ :[た、担当さんー、なんか僕のところにどうやって応募したら良いのって質問がたくさん来てるんだけど……]


マネ :[公式の方で募集の仕方を呟きますので、それをRTしてもらっても良いですか?]


ユキ :[り、リツ……ですね。わ、わかりました]




 これでユキくんの騒動は終わったものの、ダブルでバズった効果は大きく、その結果がとんでもない応募数だった。


 そこから少しでも可能性のある子に分けていくのは中々大変な仕事。

 とりあえず最初は性別で分けていく。

 ユキくんみたいなタイプはまずいないので、よほど気になる人以外は弾いてしまう。



 あくまでも募集しているのは女性Vtuberなのだから――。



 そうなってくると、結局最後に残るのはいつもの数ほどだった。


 舞はため息を吐きながら、書類を全て確認していった。

 すると、珍しく気になるプロフィールの子を発見する。



 年齢は十八歳でようやく今年から応募できる様になった様だ。


 ただ、問題はその驚くべき経歴。


 既にMeeTubeでかなりの人気を博しているMeeTuberだ。


 お気に入り登録者数二十万人もいるのならそのまま続けて行くこともできるだろう。


 しかも、顔出しをしている。

 添付されている動画を確認するとそこに映っているのはとても小柄で可愛らしい少女だった。



 チャンネル名は『夏瀬なつせなな』。



 本名? と思ったが、どうやら少しもじってるだけで、別名の様だった。

 本名は七瀬奈々ななせなな



 どこか現実離れした可愛らしさと長い銀髪をしており、確かにMeeTuberミーチューバ―として人気が出るだろうと思わされた。

 更に透き通る様な綺麗な声をしており、少し棘のあるしゃべりも人気の一因だった。



 段々とシロルームのことが知れ渡ってきた様で、お気に入り登録者がそれなりにいる配信者は増えてきた。

 数万人のお気に入りがいる人はちらほらと見受けられ、当然ながらそういった人たちは一次面接を通過させている。


 ただ、彼女の場合は即決していいのでは……と思えるほどの実績だった。



――とにかく一度会うにしても、一応上の人と相談しておきましょうか。



 どうしてそんな人が来てくれたのかというと、理由はユキくんを見て……とのことだった。


 どうやら彼女は、隠れてユキくんの配信を欠かさず見ている上に上限いっぱいのスパチャを投げている、という強者だった。


 ここまでのファンは珍しいが、今のユキくん人気を考えたらそういう人間が出てもおかしくはない。

 ただ、それが人気配信者となるとありがたい限りだった。




「ユキくんと組み合わせると面白そうですね――」




 ニヤリと微笑んだ舞は彼女の書類を持って上へ掛け合いに行っていた。




◇◆◇




 とあるマンションの部屋の中。

 そこに置かれたパソコン画面には、どこか怯えながらも楽しそうに話す雪城ユキの姿が映っていた。


 同期の三人と楽しそうにしている姿。

 それを見たら自然と自分も励まされる。




「よし、今日も頑張ろう。ユキくんと会うために……」




 側に置いている姿見で自分の今の姿を確認する。



 さらさらで、腰あたりまで伸びた銀色の髪。

 五歳は若く見られるほどの童顔。

 146cmしかない小柄な体型。

 その姿を生かせる様に服装は白の袖無しワンピース。



 どこからどう見ても可愛らしい少女である七瀬奈々ななせなな



 七瀬はMeeTuberに憧れて配信を始めていた。

 いつも楽しそうに笑っている動画配信者たちのように、みんなに笑顔を届けられたら自分も楽しいだろうな。



 がむしゃらに……。とにかく必死にやってきた。



 その結果、収益化を果たしチャンネル登録者数もうなぎ登りに増えていき、人気配信者の道を駆け上がっていった。



 ただ、人気になればなるほど、その重圧が七瀬を襲う様になる。



 七瀬はリスナーの人に楽しんでもらうことを第一に考えていた。



 自分のことなど考えず、とにかくリスナーが楽しんでもらえる動画を……。

 人気配信者なのだから、それが当たり前だと――。



 それはもう孤独な戦いだった。

 何か一つが狂ってしまうと、築き上げた牙城が一気に崩れてしまう気がしていた。

 本当は好きで始めたはずの動画配信だけど、次第に配信すること自体が怖くなっていた。



 常にギュッと胃が締め付けられる様に苦しくなり、恐怖とストレスからまともに夜も寝られない。

 こんなに苦しいならいっその事辞めてしまおうかと思ったことも何度もあった。



 しかし、それをするにも別の悩みが出てくる。


 まずは金銭面の問題。

 MeeTuberで稼ぐことはできるが、まだ収益化が通って間もない。

 それほど生活に余裕があるわけでもなかった。


 それを辞めるとなると別の仕事が必要になってくる。

 しかし、顔出しして既に有名になりすぎている。

 結局雇ってもらえたとしても、そこで求められるのは配信者としての自分だろう、と。



 結局はどんなに悩み苦しもうが、動画配信を続けるしか道はなかった。

 この苦しみから解放してくれるものはないんだ、と諦めていた。



 そんな絶望の中で出会ったのがユキくんの放送だった。



 最初は新人Vtuberがあたふたと配信してる良くある光景にしか見えなかった。


 今一番伸びているシロルームにしてはらしくない初心者を選んだものだと不思議に思っていた。ただ、次第にその配信から目が離せなくなった。



 そもそも、ユキくんは一人で頑張っているわけではない。

 むしろ一人ではできないことを認め、助けてくれる仲間たちと楽しそうに配信をする。



 そんな姿に七瀬は心を打たれていた。



 本当に自分がやりたかったのは、ユキくんたちみたいに仲間と笑い合って、楽しそうに配信をすることだったんだ――。



 そして、収益化配信で七瀬と全く同じ『配信は自分一人でどうにかしないといけない』という悩みを涙ながらに語ったユキくん。

 それを仲間たちと乗り越えた姿を見て、七瀬は自然と目に涙が浮かんでいた。



 本当に自分がしたいものはそこにある。

 それなら、自分がすることは今までと同じでがむしゃらに前へと進み、それを勝ち取るまで!



 それを決意した七瀬の目には既に涙はなかった。



 ユキくんみたいな配信者に……。



――ううん、違う。本当に私が欲しているのはユキくんたちの様な絆の輪に入ること。



 それからユキくんの配信は全て欠かさずに見ている。

 ライブは絶対に見に行くし、そのあとアーカイブで見るのも忘れない。



 それだけで摩耗した精神が癒やされていた。

 次も頑張ろうと思えた。



 だからこそ、その感謝の意味も込めて、ユキくんに初スパチャを投げたのは良い思い出だった。



 流石にそのままの『夏瀬なな』のアカウントは使えないので、別アカウントとして『さすらいの犬好き』を作って――。

 少しでもユキくんの助けになるなら、と毎回スパチャを投げている。



 そして、待ちに待ったシロルーム四期生の募集が始まった。

 それを見た七瀬はすぐに応募を済ませていた。


 募集要項は簡単で、年齢さえクリアしていたら良い。


 ただ、配信経験が書かれている以上、動画もあった方がいいはずと思い、自分の中で一番再生回数の多い動画を添えて送る。



 今のシロルームの成長速度を考えるとライバルは同じ人気配信者になるはず。

 でも、自分は負けない。



 本当に自分がやりたいこと。

 自分も夢がそこにあるのだから。

 ダメなら何度でも挑戦する! 絶対に合格するために!



 そんな決意の下、応募したシロルーム四期生。

 そして、すぐに七瀬の下に三期生の担当が直接会いたいという返事を送ってくるのだった。




◇◆◇

『《♯犬拾いました》 後輩さん、募集中です《雪城ユキ/シロルーム三期生》』

2.1万人が視聴中 ライブ配信中

⤴1,154 ⤵0 ➦共有 ≡₊保存 …



 今日もいつもと同じ雑談配信。ただ、僕は少し緊張していた。


 その理由は配信の内容にあった。



【四期生募集】



 後輩ができることを喜んだだけだったのに、それを呟いた結果、なぜかバズってしまった。

 結果的に応募人数がかなり増えたみたいなので、僕はやはり緊張をしてしまう。



――まだ自分のことでいっぱいいっぱいなのに本当に後輩ができるなんて……。



 ただ、そこはそれ以上気にしても仕方ないので、配信の準備をする。


 開幕のミニアニメ後、随分と慣れた手つきで段ボールに入ったユキくんを表示させる。もちろん最初は段ボールの中に隠れた状態で。




『わふぅ……、み、みなさん、こんばんは。シロルーム三期生の雪城ユキです。きょ、今日も拾いに来てくださってありがとうございます』




 ちらっと顔を覗かせる。

 しかし、すぐに顔を引っ込めていた。




【コメント】

:わふー

:わふー

:わふー

《:¥500 わふー》

:わふー

:わふー

《:¥5,000 わふー》




『わわっ、いきなりきた!? す、スパチャありがとうございます。そ、その……、本当に無理をしないでくださいね。た、ただの挨拶だから……まだ』




 突然の挨拶と同時のスパチャに驚いた僕は、投げてくれた人にお礼を言いつつ、心配もしていた。


 ゆっくり顔を出して、不安げな表情を見せる。




【コメント】

《:¥1,000 投げると心配してもらえると聞いて》

:wwwww

《:¥500 わふー》

《:¥500 わふー》

《さすらいの犬好き:¥50,000 今日の犬好き費》




『わわわっ……、そ、その……、そんなにたくさん投げられると僕……その……。そ、それにさすらいの犬好きさん、その……犬好き費はいらないからね。そ、そんなにたくさん投げなくてもいいんだよ……』




【コメント】

:スパチャに怯えてダンボールに隠れてしまったw

《:¥1,000 怖がらなくていいんだよ》

:wwwww

:ここまで自己紹介のみw

:むしろ自己紹介が終わってるだけ成長してるw




『えとえと……、か、隠れたらスパチャで殴られるのなら、その……、顔を出すね……』




 恐る恐る顔を出す。

 本当ならすぐにでも顔を隠したくなるのだけど、そうするとまたスパチャで殴られそうなので、涙目ながら耐える。




【コメント】

:なんだろう、苛めたくなる

:www

:ユキくんかわいい

さすらいの犬好き:しまった、もう投げられない

:草




『な、投げすぎはダメだからね。そ、そろそろ本題に入るよ。そうじゃないと放送枠が終わりそうだから……』




 時間を確認しながら進行する。

 もうすでに十分が過ぎている。


 このままだとコメントに流されて何もできずに終わってしまうだろう。




『と、とりあえず今日は前に僕が呟いた後輩さんの募集について話したいと思います。とはいっても、僕も募集要項以上のことは知らないんだけどね』




 カタッターで書いた呟きを配信画面に表示させる。




『えとえと、まだまだ配信したばかりなのに、もう後輩ができるみたい。きっと、僕より配信経験がある人だよ……』




【コメント】

:間違いない

:ユキくん、配信経験ゼロだったもんな

:夏頃からだったか?

:その頃までにはユキくんもしっかり配信できるよ

:ユキくんも先輩か




『うぅぅ……、先輩になったら色々と教えていかないといけないんだよね? ぼ、僕にできるかな……』




 でも、よく考えてみると僕自身がまだ先輩から何かをしてもらった記憶はない。

 むしろコラボをするのはこれからになるので、それを受けてから考えるので良いかもしれない。

 そうなると少しだけ気が楽になる。




『そ、そうだ。犬好きさんたちの中に四期生の応募をした人はいるのかな? 今回は結構たくさんの人が募集してくれたみたいだから』




【コメント】

:俺も応募したぞ

:俺もだ

さすらいの犬好き:もちろん応募した

:もちろん

羊沢ユイ🔧:うみゅ




『って、ユイは違うよね!? それに意外と男の人も応募してるんだね。……ユージさんみたいになりたいのかな?』




 男性Vtuberでパッと名前が浮かんだのは、この前に会った野草ユージだった。


 アバターのキャラを演じるために自分とは遠いキャラを演じる、配信者の鑑の様な人だった。

 僕自身も性別を偽って配信していることもあり、尊敬しているし、直接会ってから一緒にコラボをするのが楽しみな人でもあった。




【コメント】

:しまった、シロルームにはユージ草がいた

:お、俺は燃えたくない

:これもユキくんと会うためだ

:ユキくんに面接で会えるのならどんな無茶でも引き受けてやる




『ふぇっ!? ぼ、僕は会いませんよ? 僕は面接とは無関係だから……』




 突然のコメントに僕は少し慌てていた。




『そ、それにオフもあまりしたくないから……。担当さんに言われたら仕方ないけど……、でもでも、男性の方だとどうなんだろう??』




 僕の性別を考えると男性とのコラボは何もおかしくない。

 現に真緒さんやユージさんとはすることになっている。


 でも、それも担当さんから言われたことなので、自分で決めたものではない。

 担当さんも他期生とのコラボは連絡して欲しいと言われているので、無理にする必要もないだろう。




【コメント】

羊沢ユイ🔧:うみゅ? ユキくん、もうオフコラボしてくれないの?

:くっ、敵はユキくんの性格だったか

:そもそも会えるかどうかは書類選考が通ってからだ

さすらいの犬好き:問題ない。通るまで送れば絶対通る

:↑本気すぎて草




『ゆ、ユイはまた今度温泉行くことになってるよね? と、とにかく、僕も早く後輩ができると良いなぁ。オフじゃなくて、ただのコラボとかなら、ちょっと不安だけど頑張るし……。それに困ったことがあったら、チャットとかでも答えたりできると良いな……。僕が教わる側かもしれないけど――』




 でも、先輩に話しかけるなんて早々にできないよね?

 だって、僕も一応シロルームみんなのチャットは知ってるけど、未だにやりとりをしたことがあるのはアカネ先輩だけだったりする。


 同期のチャットは毎日、ほぼ全ての時間で動いているけど。


 昼間はココネがいるし、夕方はカグラさん、夜はなぜか寝てるはずのユイがいる。

 僕は常にキャスコード画面を開いているので、寝ていない限り返答はしている。



――もしかするとそれがずっと動いてる理由かもしれないけど。



 あとはカタッター。

 通知数がとんでもないことになるのもずいぶんと慣れてきて、ようやくリプを返したりとかも出来る様になった。




【コメント】

さすらいの犬好き:その……、通ったら色々と教えて欲しい

:↑草

:流石に通る前からの約束は草




『そうだね。うん、わかったよ。もし、さすらいの犬好きさんが通ったら、僕になんでも聞いてね。頑張って答えるから』




 笑顔を浮かべながら返答をする。



――うん、そうだよね。困ってる後輩に頼られるのもいいよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る