第3話 人影の無い周囲


「防人消防です! 通報を受けて参りました! 誰かいますか?」


 明かりの無い周囲からは、何の返事もない。すぐ傍まで迫っている林から何かの鳴き声がしてくる位で、他には波と風の音しか聞こえない。


「誰かいませんか?」


 何度か問いかけてみたものの、返事は無い。


「中、入りますよ!」


 そう宣言してから、星がガチャリ、と薄っぺらいドアを開ける。近づいてみれば分かる事だが、小屋と言ってもプレハブ小屋を風で飛ばされない様にガッチリ固定しただけの簡素なもので、こんな所に長く住もうとは思えないようなものである。使われなくなって久しいからだろう、あちこちが錆びていて壁面に穴が開いているほどである。


「え、ドア空くんですか? カギとかって……」

 溝上が驚いたように星に聞く。


「うん、ここの下ってちょっと港みたいになっててさ、何かあった時に船が停めれるようになってんの。で、連絡とか取れるように、ってことでこの小屋はカギかけてないんだよ。じゃなきゃ、そもそも電話をここに置いてる意味が無いだろ?」

「なるほど……」


 当然のことながら、わざわざ電話線をお金をかけて維持しているということは使う人がいる(かもしれない)ということである。灯台が使われなくなってからも何かあった時の為に、と地元の漁協がここの管理を続けているのだとか。


「誰かいますかー?」


 真っ暗な小屋の中に、星の声が響き渡る。返事は無い。


「誰かいますかー? 入りますよー?」


 もう一度声を張るが、中からは何の反応も無い。


「星さん、中入って探しましょう。万が一、声も出せなくなっていたとしたら……」

「おう、そうだな。」


 懐中電灯で足元を照らす。自分たちと同じ足跡以外に、誰かがこの小屋に入った形跡はない。ここ1週間ほどは隊員の誰かが通報を受けて毎日ここに来ているから隊員が履くことになっている安全靴の足跡が残っているのだけれど、その上に何の跡も残っていないということはこの真夜中の緊急通報が始まってから誰もここに出入りしていないということだろう。


「星さん、電話ってどこにあるんですか?」

「えっとね、部屋の左奥。そこら辺にテーブルあるだろ? その奥に何かよく分からん棚みたいなやつの上にあるはず。」

「あー……、これですかね、ありました」


 そこには受話器が外れたままになっている、埃を被ったままの固定電話が。


「これ、受話器ってわざと外したままにしてあるんですか?」

「え? 受話器外れてんの? 俺、昨日外れてたから戻した覚えがあるんだけど……」


 それはつまり、誰かが受話器を外したという事である。


「ってことはここに誰かが……?」

「でも、入口の所に足跡なんて無かったじゃないですか」

「じゃあ受話器がひとりでに外れたとでも?」

「それはそうですけど……」

 くるり溝上が懐中電灯で部屋の中を照らしてみるが、特に人影も無ければここに誰かがいた形跡も見当たらない。


「とりあえずまあ、もうここには人はいないみたいだし戻ろうか」

「は、はい……」


 小屋を出るときに周囲をぐるっと見回してみたけれど、特に誰かが来た形跡は見当たらない。おかしいなぁ、とは思いつつ、獣の鳴き声が響く未舗装の細道を引き返すことしか出来なかった。

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