八、対峙 (5)

「あ、あなた方は…体系?」


 リサコは自分を見下ろしている大きな人間。

 おかっぱ頭の双子に恐る恐る聞いた。


「そうだよ。」


 男の方が言った。


「来る? どうする?」


 女の方が大きな手を差し伸べながら言った。

 心なしかオブシウスに似ている気がしてきた。


「私、でも…みんなが…」


 リサコはキョロキョロと周りを見渡した。

 そこはヤギの部屋であったはずだが、真っ白の何もない部屋に変わっていた。

 目の前には階段があり、双子の ≪体系≫ がその上で待っている。


 いつのまにか、彼らは通常の人間の大きさになっていた。


「ここまで出てきたなら、もう行くしかないよ、リサコ。」


 女が言った。


「中のみんなは大丈夫なはず。たぶん修復されるから。」


 男の方が言った。


 なんだかもう後戻りできない気がしてきた。


 リサコは目の前の階段を上り、≪体系たち≫ の元へ進んだ。


 ≪体系たち≫ は優しく微笑むと、階段の上に続く扉に手をかけ、そして、それを開けた。


 扉の中は喫茶店のようだった。

 誰もいない、からっぽの喫茶店だ。


 どこかで見たことがある。

 思い出せない。


「まあ、座りなよ。」


 いつの間にかカウンターの中に入っていた双子が前の席を指さしながら言った。

 言われるがままにリサコは座った。


「さてと。ずいぶん長いこと潜伏してたよね。」


「見つけ出すのに、本当に苦労したよ。」


「ある意味、八木澤博士には感謝だよね。」


「結果的にリサコがそこに居たからね。」


 双子は交互に一方的に話はじめた。


「で、リサコはあそこで何してたの?」


 リサコはポカンと口を開けて二人を見返した。

 脳の処理が現実に追いつけない…そういった感じだった。


「あ、ごめんごめん。急にあそこから出て来てびっくりだよね。」


「私たち体系は、この世界、リサコの世界の全てを総括する、いわば管理人だよ。」


「リサコはね、訳あって、あそこ、深層心理の最下層に逃げ込んでしまったんだ。10年前のことだよ。」


「深層心理の最下層は、我々 ≪体系≫ であっても覗き見ることは許されていない。」


「だから、リサコが中で何してたのか知らなくてさ。知りたいんだよ。」


「話したくなければ、話さなくてもいいよ。」


「これはただの好奇心で聞いてるだけだから。」


 リサコはちょっと考えてから話始めた。


「私はあそこでヤギと戦っていた。」


「ほう…ヤギと。」


「ヤギはリサコの世界を攻撃していたの?」


 リサコは頷いた。


「やっぱり。ムネーモシュネーは危険だな。これ以上使わせることは許可できない。」


 体系たちは二人だけで納得してしまい、またもやリサコだけ置き去りになった。


「ムネー…? 何?」


「リサコの言う、ヤギのことだよ。あれは人工的に記憶をほじくり起こす道具? みたいなものだ。八木澤博士という人が作って使っている。ああ!だからヤギなのかな!?」


 双子は顔を見合わせて、クスクスと笑った。


「とりあえず、ムネーモシュネー…つまり、ヤギを使うことをやめさせたから、しばらくは来ないよ。」


 それを聞いてリサコはほっとしたが、いやまて、それはそうとて、余計に訳が解らなくっているぞ…と思い直した。


「…あっちに居るときに、AIたちが体系がどうのこうの言っていたんだけども、それはあなたたちのこと?」


 それを聞いて、二人が少し驚いた顔をした。


「AIたちって何? 中にAIがいるの?」


 リサコは頷いた。


「ええぇ…ちょっと、最下層って謎すぎる…。その ≪体系≫ はたぶん、私たちのことではないよ。だって、私たちはそっちに干渉できないもん。」


 リサコは、もうこの二人に何か質問するのはやめようと思った。

 聞けば聞くほど頭が混乱してくる。


「あ、そうそう、本題に入るのを忘れていたよ!」


 女の方がポンと手を叩き言った。


「リサコ。うすうす感づいているとは思うけど、君が今までいたところも、ここも、現実の世界ではない。心のずっと奥の方だよ。」


「今、現実の世界では君は、緊急事態になっている。それで、我々は、全員一致の強い意向により、君を現実へと覚醒させようと思っている。」


「現実へ?」


「そうだよ。」


「私が?」


「そうだよ。」


「本体じゃなくて私が?」


「え? 何? 本体て? リサコは君しかいないでしょう?」


「ああ、選択の余地はない。もう始まちゃった。」


 二人の ≪体系≫ が同時に言った。


「まって! まだ私、何も理解してないんだけど!!」


 リサコは慌てて席を立とうとした。

 その肩を誰かが優しく抑えてリサコを椅子に座らせた。


「リサコ、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だよ。」


 聞きなれた声がした。

 振り向くと、見覚えのある人物がリサコの肩を押さえていた。


 良介…?


 確かに良介だが、リサコの知る良介よりもずっと大人になっているようだった。

 あのもっさりした金髪はもう少し落ち着いた色になり、少しすっきりしていた。


 それでも良介だとリサコには判った。


 リサコの中に新しい記憶が流れ込んできた。

 これまで体験したどの人生とも異なっている記憶。


 それは、母が自死し、その後父親に虐待されていた第一の人生とも異なっていた。


 それは、茂雄という祖父と、その弟子・良介の3人で暮していた第二の人生とも異なっていた。


 それは、ヤギの夢に取り込まれて繰り返し見た母親としての第三の人生とも異なっていた。


 それは、AIたちの中に放り込まれ、自分は山本 理沙子のコピーデータだとAIの良介に告げられた第四の人生とも異なっていた。


 今、リサコの脳に流れ込んできているのは、そのどれとも違う、第五の人生だった。

 これが…おそらく、リサコの本当の、現実のリサコの人生なのだ。

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