第1章

第1章 出会い


例の事件が起きた後、数人の役人がその場所へと訪れた。事情聴取も含めて、何がその場で起きていたのかを聞いていた。大地主の貴族を始め、その護衛として一緒にいた陰陽師達も話をしていた。


「だ、だから!!お、俺の奴隷が逃げたから!!お、追いかけていただけなんだ!」


「いや、ですから……その時のお話を聞きたいと……」


繰り返し話される言葉に辟易している役人。どのような状況だったのか、と聞いているのにも関わらず、今のように何度も同じことを話しているのだ。近くにいる護衛は一から説明しているようだが、その話も可笑しな部分はいくつかある。


「要するに、追いかけていたら奴隷の子供によって攻撃され……気を失ったと?」


「そ、そうなんです!にわかには信じられないですが……ほ、本当なんです!」


必死に話している護衛を見て、怪訝な表情を見せる役人。疑うのも仕方ない。大の大人が子供で、しかも奴隷である者に攻撃されて気を失うなんて考えられない。


だが、彼らの表情を見ていると、それが嘘だとも思えないのだ。何も言えずにいる役人達は、この件をどのように上に通告するのかを悩んでいた。


「もし、そこの役人さん。ちょっと良いですか?」


「はい?何でしょ……く、九条様!?何故こんな所に!?」


後ろから話しかけられた役人は、振り向いた先にいた人物に驚いた。本来ならこんな辺鄙な場所にいるはずのない方であり、彼が簡単に会えるような人物ではないからだ。蒼は役人の彼よりも遥かに背の高いので、覗き込むようにして話を続ける。


「いえ、ちょっと野暮用でね。ここら辺を歩いていたのだが……あまりにも強い霊力を感じたので、こちらに来たのですよ。ところで、この事件は上層部に報告する予定で?」


「そう、ですね……ここだけの話、この一件を報告しても、“普通”では考えられないのでなくなるかと……」


「そうですか……」


言葉を濁す役人を見て、彼が想像していることは当たっているようだった。この時代には、世にも不思議な出来事が数え切れないほど存在している。


政府に報告されるのはほんの一握りであり、それすらも証明されない事柄なので世間には公表されることはまずない。今回の事件も同じようになるだろう。闇に葬られ、何事もなかったかのように日々が始まる。


「すみません、僕達は彼らを連れて行って話を聞かないといけないので、失礼します!」


「はい、ありがとうございます。ご苦労様です」


元気よく言った役人は護衛と大地主の貴族を連れて行った。大地主は何やら叫びながらも力の強い屈強な男達に肩を掴まれて引きずられて去って行った。残されたのは九条蒼ただ1人だけ。彼の周りには華麗に咲き誇る桜の木々。先程まで多くの人がいたとは思えない場所で、1人で考えていた。


あの大地主の話が本当ならば、恐らく二桁にも満たない年齢であの霊力の持ち主と言うことになる。陰陽師になるなら将来有望かもしれないが、その力の使い道を間違えるとこの国を滅ぼすことなんて容易になってしまう。


「何としてでも、彼を探し出さなければ……」


この国では珍しい容姿と聞いていたので、蒼は簡単に見つかるろう、と高をくくっていた。





高を括っていた九条蒼は、そのまま一年が経過していることに焦りを感じていた。簡単に見つかると思っていたのだが、案の定目撃情報が少なすぎたのだ。彼は、自分の使いを何度も走らせたのだが、持ち寄る情報は全て異なっている物であった。


つまり、辻褄が合わないのだ。


ある者は人通りの多い繁華街で見かけたと言っていたが、ある者は山中で見かけたと話している。どれが正しい情報なのかも分からないまま、煮え切らない気持ちのまま過ぎて行ったのだ。


「どうしたものかねぇ……」


「すみません、師匠」


「いや、良いんだよ。仕方ないことだからねぇ……でも、ここまで見つからないのも可笑しなことだね。もう一度調べ直す必要があるか……」


1人でぼやいた台詞に対して申し訳なさそうにする彼の使い、もとい、弟子達。十二神司である彼は多くの弟子を抱えているのだ。その彼らに走らせているのだが、やはり見つからない。手に持っている扇子を閉じたり開いたりと、気持ちが現れているようだった。ここまで来たら、手段を選んではいられないと思い考え直そうか、そう思っていた時。大きな足音を立てて1人の弟子が入って来た。


「師匠っ!つ、ついに見つかりました!」


「ほう!そうか!はて、その彼は何処に?」


「ここから2里先にある山です!つい先程目撃したとの情報が!」


「……ついに来たか。皆の者、今すぐ使いに行っている子達を連れ戻すのだ。私は今から1人で向かう。くれぐれも、あの山に人が近づかないようにしてくれ」


『はい!!』


いつもなら冷静に対応する蒼でも、今回は何が起こるのか全く予想がつかなかった。あの時、大の大人を1人で何人も倒したのだ。油断して良い訳が無い。


彼の指示を聞いた弟子達は彼らの着ている装束の袖に潜ませていた扇子を取り出した。各自自分の式神を取り出して宙に浮かして、呪文を唱える。薄く真っ白な式神は彼らの扇子に煽られてから、鳥の姿へと変わった。勢いよく飛んで行く鳥達は真っ直ぐに何処かへ向かって行ったのだ。


弟子達が他の子達へと連絡を取る間、軽い単を着たままだった蒼は陰陽師として正式な服装を着るために自室へと向かった。その間もあの彼をどうするのかを頭の中で考えていた。


「ふーむ……どうしたものかな」


彼の着替えを手伝っている弟子たちはその声に何も反応しなかった。独り言として呟いているだけなのを知っているのだ。一通り準備が終わった最後、綺麗な本紫の立烏帽子を被って綺麗な紺碧の扇子を手に持った。


「準備が完了致しました」


「はい、ありがとうございます。では、ここは任せましたよ」


「了解致しました。お気をつけて」


しっかりとお礼を言い、蒼はそのまま外に出るために歩き始めた。ここから2里先にある山へ歩いていくのはどう考えても時間がかかる。ここで普通の貴族なら牛車を使って移動させるのだろうが、彼ら陰陽師は違う。


『姿を見せぬ命ありき物達よ。ここに正体を現し給へ』


周りには聞こえない程の声で呟いて手慣れたように式神を扇子で煽った。軽快に

浮いた式神は、そのまま広大な庭へと飛ばされ、大きな鳥が現れた。甲高い声をあげながら、真っ赤な羽を大きく羽ばたかせ、庭の中心へと降り立った。一つ、羽を羽ばたかせれば突風が吹くそれに恐れ戦く者は多い。しかし、蒼は歩みを止めることなく向かい、庭へ降り立ち、巨大な鳥を撫でた。


「今日も、よろしく頼みますよ」


優しく撫でる姿は、まるで我が子を愛でているようだった。彼らの関係を知っている弟子達は微笑ましく見守っているだけだ。嬉しそうに撫でられている鳥は、親を求める雛のように甘えているのだ。


すると、蒼を背中に乗せるために頭を屈める。馬に乗るような感覚で跨った彼は「ここまでお願いしますね」と言った。すると、大きく羽を広げてゆっくりと動かした赤い鳥は、周囲に風を起こしながら浮いた。そこら辺の貴族よりも立派な寝殿の上まで飛び、羽をなんども動かして山へと向かったのだ。

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