君影草と受難な龍騎士 Ⅲ

 途端にフォンゼルは、きっ、と鋭い切れ長の視線をリュディガーへと向ける。


「ナハトリンデン。お前、勲章を授与されることになった」


 眉をひそめたリュディガーは、シュタウフェンベルクを見、彼が肯定したのを受けて、我に返るように弾かれて踵を鳴らして姿勢を正す。


「はっ。ありがとう存じます」


「勲三等だそうだ」


「……は……?」


 シュタウフェンベルクの言葉に、あまりにも間の抜けた声を上げるリュディガー。


「一頭龍大綬章」


 __一頭龍大綬章……?


「__勲三等の一頭龍大綬章は、特殊任務での功績を認められて授与されるものです。武で与えられる上から三番目の」


 内心で反芻していれば、いつの間にか近くに歩み寄っていたフルゴルが耳打ちするように教えてくれた。それに、小さく礼を言い、マイャリスは静かにやり取りの邪魔をしないように視線を戻した。


「それは、存じておりますが……自分が、ですか?」


「ああ。特殊任務での今回の功労は計り知れない。__だが、しばらく先だ」


「どういうことです?」


「冬至前後になるだろう、ということだ」


「冬至前後ですか……」


「何だ、お前でも、意外にそういうものに拘るのだな」


「いえ、なんと申しますか……それが欲しくてやった任務ではないのですから、別段拘りはありません。ただ、だいぶ時間があくな、と思っただけでして……」


 リュディガーが怪訝にしていれば、はぁ、と大仰なため息をビルネンベルクが零すので、自然と彼に視線が向く。


 見ればビルネンベルクはわざとらしい仕草で、頭を抱えていて、それを見たリュディガーは渋い顔になった。


「まさか、龍騎士で勲三等を授与される者が、弓射で落第するとは……」


「……え」


 場の空気__とりわけ、リュディガーの周囲がぴん、と緊張したものになったように思う。


 __落第……と言った……? 弓射で……?


 そんなはずはない。


 必修で苦手だった弓射も、自分が指南して修了したのは間違いない。


 __だって目の前で修了したのを見届けてているもの。


「私は、とうとう必修を落とした伝説の学生の担当教官になってしまったらしいよ、キルシェ」


 嘆きを向けられるマイャリスも、何がどういうことかわからず、ビルネンベルクとリュディガーとを見比べた。


「待ってください。どういうことです?」


「まんまの意味だよ」


「まんま__」


「マイャリス殿が大学への復帰になった場合、お前を護衛として大学へ潜り込ませるための体裁だ。学生になってしまえば、何もおかしなところはない。教官の補佐という立場でもよかったが、それでは一人の学生に肩入れしすぎとなってしまうからな。で、マイャリス殿は大学復帰をご希望だ。それに伴い、つい今しがた、私が決めた」


「え……」


 これにはマイャリスも思わず声を漏らしてしまった。


 自分の選択で、彼の卒業した経歴がなかったことになってしまった、ということに申し訳無さがないはずがない。


「ですが……よりにもよって必修を落とした体にするって……」


 ぽん、とビルネンベルクがリュディガーの肩に手を置く。


「よかったね、これで伝説の学生だ。__しかも、龍騎士で。それも、一頭龍大綬章を叙される龍騎士なのに」


 先程の嘆きは嘘のように、くつくつ、と喉の奥で笑うビルネンベルク。


「言っていたじゃないか、あんな修了は少しばかり不本意だ、と」


 救いを求めるように彼は、フォンゼルへと顔を向ける。


「閣下……」


「私は大学を出てないし、そのあたりよくは知らん。別に弊害があるわけじゃないのなら、いいんじゃないのか? だから、それでいいのならそれで、とビルネンベルク殿の提案を受け入れた」


「閣下、下手をすれば、私は龍帝従騎士団の面汚しですよ」


「それがどうした? 馬鹿にしたい奴には、させておけば良い。龍帝従騎士団はそんな謂れを気にするような組織ではない。実際、当事者の今のお前は、実力はあるわけだから」


 フォンゼル団長は叩き上げの団長だ。


 無位であった彼は、実力だけでのし上がって今の地位にある。そんな彼だからこそ、外聞はそこまで気にしないようになったのかもしれない。


「それから、今度の冬至の矢馳せ馬、リュディガーに出てもらうからね。それに出て、恥ずかしくないものを奉納できたら、弓射は修了とする__デリング師がそう仰せだった」


途端に、まだあまり表情の変化に乏しいリュディガーの顔が引き攣った。


「また……出るんですか」


「ああ。いいだろう? 君、ほかのは十二分に修めているんだから。必修を落としてるだけ」


「必修は、落としておりません。__彼女のお陰で」


 急に話題の中に取り込まれ、マイャリスは、身体を弾ませて背筋を正す。それを見たビルネンベルクは柔和な笑みを向けるものの、すぐに真紅の瞳はリュディガーへと移された。


「そんなこともあったねぇ……。懐かしいことだ。でも、聞くところによれば、弓射の修了の仕方が不本意で、師であるキルシェとともに朝の鍛錬は続けていたそうじゃないか」


「あれは……癖と申しますか、日課でしたので……やらないほうが違和感が__」


「その向上心やよし。君は、全力で弓射と矢馳せ馬にとりかかっても、いまからでも十分修練できるさ。正直に言ってしまえば、弓射は合格水準に達し、矢馳せ馬は経験者だしね」


「いや、だからって……」


「だから言っただろう。ビルネンベルク殿に気に入られるのは、考えものだ、と」


「シュタウフェンベルク大隊長……」


「私には、何もできんよ。団長が決定なさったのだからな」


 腰に手を当てて、からり、と笑うリュディガーの上官。


 打ちひしがれているリュディガーを気の毒に思って、なんとか助け舟を出せないだろうか、と思案していれば、シュタウフェンベルクが苦笑を向けた。


「君も、ビルネンベルク殿の気に入りということだが、だからこそ気をつけたほうがいい。マイャリス・コンバラリア殿」


「そう! マイャリス・コンバラリア! いい名前だねぇ……。君影草なんて名前だったなんてねぇ……」


 君影草とは鈴蘭のこと__言語学の権威であるビルネンベルクも、さすがにその名前の意味を気づいたらしい。


 本来の姓であるコンバラリアは『谷』を意味し、名前であるマイャリスは『5月に咲く』という意味がある。


 __お前の名前は、5月に谷に咲く花、鈴蘭を意味する名前だよ。


 父が生前、教えてくれた名前の意味。


 大学に鈴蘭の群生地があると知って、毎年欠かさず鑑賞に行っていたのは、それもあったから。


 足元一面、同じ草丈で大きな葉の影からちらほらとみられる白い鈴なりの花の群生は、それはそれは見事なものだった。


 __生けていた水でも飲んではいけない。鈴蘭には見かけ以上に強力な毒があって、それが水にも溶け出してしまうから……。まるで、獬豸の血胤のように。


 当時は知る由もなかった、自分の血が特異で、その血でのみ影身を壊せるということを知ってからは、密かに皮肉にも名前の通り、まさしくな性質を持つのだ、思っていた。


「__それから、マイャリス殿、戸籍の名前だが、どうする?」


 フォンゼルの言葉に、マイャリスは目をパチクリさせてしまった。


「どう……?」


「マイャリス・コンバラリアでもよいし、キルシェ・ラウペンでもよい。……というのも、どちらの戸籍も、死亡にあるからね」


 __あぁ……それは、そうよね……。


 ビルネンベルクの添えた言葉に驚きながらも、それはそうだ、と納得してしまった。

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