第17話

 ベータシア星系第3惑星海上。地球で言えば海溝と呼ばれる場所の真上でありサンゴウが着水していても問題ない水深がある場所である。


 首都星伯爵邸にて、シルクの事情を知ったシンは、結局彼女を同乗させベータシア星系主星まで戻ってきていた。


 シルクの両親は自由民主同盟との戦闘地域の慰問時に、戦闘に巻き込まれ亡くなっている。そして、一人娘であった彼女は、女性であるがゆえに爵位の継承権が無かった。

 そのため、シルクの父の弟である叔父が継承することになり、通常であれば彼女は養子という形で叔父の養女になるはずであった。しかし、公爵令嬢の側近従者の1人が、自由民主同盟と内通し、両親の慰問の情報を流したという証拠が見つかり、叔父の手の者によりその従者は即座に処刑された。これを理由としてシルク自身を信用出来ないとし、「養女として受け入れない」と叔父が主張したのである。


 シルクは皇太子妃として幼少の頃より厳格に教育をされてきた淑女であり、もちろん皇太子との婚約も成立していた。

 なので、他の公爵家の養女となり、婚約者のままで居ることも可能であったはずだった。しかしながら、皇太子が「あのような従者を主として持った公爵令嬢との婚約を続ける事は出来ない。そして彼女の叔父の娘を妃としたい」という内容を公の場で宣言してしまったために、その道は閉ざされている。つまるところ、彼女は身分を失ったことで婚約破棄が決定付けられたのだった。


 シン達の前に現れた時のシルクは、叔父による身分剥奪の申請手続きが行われている最中の状態であり、叔父からは星系外追放を言い渡されていた。既に身分上は実質、公爵令嬢ではなくなっていたのである。そして、持っている財産は身に着けている物だけの状態であった。

 皇太子妃教育に携わっていたローラが健在であれば、このような事態にはなるハズも無かったのだが、現実には死病に侵された状態であり、皇帝の関心もそちらに向いていた。

 公爵家夫妻が亡くなった事後処理は、前例のある通常の処理がされると、思い込んでいた部分もあるのであろう。

 だが、結果として、間の悪い時に皇太子が暴走し、それを止められなかった。皇帝と皇妃が事態を把握した時にはもう手遅れの状態だったのである。


 こういった事情を聞かされたシンは、この娘自体は悪さしてないけど、悪役令嬢の断罪追放じゃん。コレ。としか思えなかった。日本人のラノベオタクであればきっとそう思うハズである。そして、シルクはギアルファ星系に身の置き場はないだろうとも理解できた。

 証拠はないが、この話はその叔父ってのが、裏で糸引いて彼女をハメたに違いない。とシンは思った。そしてそれは正しい。叔父が兄を暗殺して立場を乗っ取り、たまたま、皇太子がその状況に便乗してやらかしたのが事の真相であった。


 ぼっちで異世界で5年戦い続けた末に、ハメられて追放された経験を持つシンには、決して許せる話ではなかったのである。


「金なんて要らねぇ! 俺がこの星系から連れ出してやらぁ! 安心して暮らせる場所を探してやるぅ!」


 と、叫んでしまっていたシンであった。


 俺にはサンゴウが居てくれた。もしあの時、あのまま、あの超空間に閉じ込められたままだったなら? では、このシルクには誰が居る? 今、彼女はここに居る。そのこと自体が、彼女は孤独であり、孤立無援だということを証明しているようなものだ。そう一瞬で考えてしまったシンは、見捨てる事が出来なくなった。

 全ての人を救うなどという事は出来ないとシンは理解しているが、目の前の手が届くものくらいは自分の判断で救ったっていいじゃないか! 自己満足? 大いに結構! と、考えているのである。


 ロウジュは自身もシンに助けられた身であるので、仕方ないわねという表情でシンの言動を黙って受け入れていた。


「すまぬ。恩に着る。もう行く所が無い身だ。頼らせてもらう」


 こうしてシルクは翌朝シン達と共に帝都を発ったのだった。


 ベータシア星系に向かう航程は特に何事もなかった。


 お小遣いを3回程貰っただけの至極穏やかな航程だった。シンは挙式に向けてサンゴウに衣装の合成制作を頼んだ位しか変化らしい事はなかった。材料はもちろん収納空間から出された、勇者時代に入手した魔物由来の素材である。


 ロウジュはシルクの会話相手を務めていた。が、シルクは身分もなく客人でしかない立場であると、遠慮が多く自室で1人で過ごす事が基本となっていた。会話の中で挙式に参列はするが、それ以外はサンゴウ内で過ごしたいとの申し出までされ、少しばかり困惑してしまうロウジュであったりした。


 オレガは、もうじきこの生活が終わってしまう! 今を満喫しよう! と、絶賛引き籠り中であった。

 彼は、皇妃治療の一件に伴った監禁生活で、ちょっとヤバイ方向に目覚めてしまった感はある。だが、それはシンにもサンゴウにも責任がある話ではないのである。


 そうこうして、ベータシア星系主星に到着した後、宇宙港と地上のシャトル用空港に連絡を入れ、もう自重はしなくなっているサンゴウでの大気圏突入が行われた。周辺海域には島も主要航路も無いため、人目に触れることはない。


 そうして冒頭の着水状態となったのである。


 着水後シャトル用空港へ連絡を入れ、通信による入国手続きが行われた。検疫についても健康診断データの申告により許可が出され、新造された20m級大気圏内用子機での伯爵邸への乗り付けが敢行された。勿論、事前に連絡はしているが。


 一行は伯爵邸に着き、イヤリングの紛失で凹んだ表情の、リンジュとランジュに出迎えを受ける。

 ロウジュがサンゴウに連絡を入れ、イヤリングの仕様が発覚することで、シンは2人の機嫌をとる行動をする羽目になる。その時、チャッカリとレンジュは便乗しており、女性の宝飾品にかける情熱というか執念というかを、思い知らされてしまうシンなのだった。


 オレガはリンジュとランジュに、シンとの婚姻についての意思確認を取る。当主としての命令が出来る事ではあるが、オレガは今回の場合は命令での強制をしたくなかったのである。婚姻申請の許可は出ているが、今の段階なら2人の意思次第で撤回も可能だった。勿論、2人が撤回を望むことは無かったけれども。


 そうして、シンとロウジュ、リンジュ、ランジュの婚約が決まり、近々に結婚式が行われる事が領内全域に知らされた。宇宙獣の件と第13惑星での援助の件がアサダ子爵の英雄的行動であるとして広報される事のおまけ付きである。


 シンが結婚式の準備で追われる中、シルクは彼にお願いしてサンゴウ内で過ごしていた。客人として伯爵邸にずっと留まる訳にも行かず、かと言って、主星の都市内で、自身の力で生活して行く自信も無かったからだ。

 現状でもっとも頼りやすいシンとサンゴウに寄りかかってしまうのは、財力も権力もない彼女には仕方のない事だったのかもしれない。


 シルクは宛がわれたサンゴウの船室で、自身の今後をどうするかについて思い悩み、考え込んでいた。そして、頼りになるシンの顔を思い浮かべた時、サンゴウ内に居場所を求めるという術に思い至った。

 通常サンゴウは艦長1人で運用されているとは聞かされていたが、常駐員として滞在すれば、何か出来る仕事があるのでは? と考えたのである。


「サンゴウ。教えて欲しい事があるの。わたくしが、この艦に今後の滞在場所としての居場所を求める事。つまり、何らかのわたくしに出来る仕事をする”常駐員になる”という望みを叶える事は可能かしら?」


「はい。艦の常駐クルーになるという解釈で回答します。艦内への滞在の是非については艦長の権限であるため、サンゴウにはお答えしかねます。常駐クルーになる件に関しましてはオペレーターの仕事があります。現状ではサンゴウが全て行っておりますが、それは有人のオペレータが必要ないという事ではありません。具体的には通信士及び各種モニターの監視員を兼ねるという仕事になります。但し、1つ問題があります。この艦の全力戦闘機動時と全速航行時の負荷にシルク様が耐えられるのか? という問題です。その点も加味し、艦長が許可を出すかどうか次第になります。質問の回答としてはこれでよろしいでしょうか?」


「わかったわ。ありがとう。サンゴウ。後はシンと話し合えば良いって事ね。ところでサンゴウ。そのクルーの職責に耐えられるようになれる訓練というのは可能なのかしら? わたくし、暇なのよ」


「はい。ではお部屋に、疑似艦橋の設備と訓練用のメニュー用意致します」


「ありがとう。よろしくね」


 こうしてシルクはクルーに成るべく訓練を開始しつつ、シンと話し合いが出来る時間を待つ事となった。そしてシンと話し合いの結果、彼女はクルーに就任する事になったのである。


 シルクは傭兵ギルドで、シンの部下のオペレータークルーとしてサンゴウに乗り込むという登録を行う事となった。

 日給は7000エンでサンゴウ内の設備利用は無料、食事付き。が基本条件となる。

 そして、依頼報酬や賞金や鹵獲品の売却などが発生した場合は、総額から経費を引いた利益に対して1%の臨時手当が支給される事に決まった。

 但し、勤務時間は船内滞在時の全てが待機扱いという超ブラックである。もっとも実際の待遇は必要な時だけ仕事してね。後は呼び出すまでは待機という名の自由時間ね。となるので仕事としてはきつくはない。

 サンゴウ内の部屋は移る事になり、客室区画からシンの私室の近くへ移動となった。


 シンはシルクに就任祝いとして、主星都市部にジルファを伴っての買い出しに行って貰った。買い出し内容は生活に必要な細々とした物が主体。祝いなので勿論代金はシン持ちである。


 そうして彼女を送り出した後、シンは就任祝いの名目で、彼女が挙式に参列する時に着用するドレスの制作をサンゴウに頼んだ。材料は魔物由来素材でありデザインは丸投げ。そして、「主役を食わない程度で頼む」と念押しするのも、当然の配慮だった。


「艦長。シルクさんの負荷対応はどうされるおつもりなのですか?」


「ああ。それな。試してみないとわからないが、俺が収納空間に持ってる耐性UPの指輪とかでイケルんじゃないかと思ってる。在庫に限りがあるから使いたくはないが、魔法薬を飲ませるって選択もある。それと、俺用の7体の子機のアレな。シルク用で作って付けさせればそれだけでもイケルんじゃないかとも思ってる」


「了解です。ではシルクさん用に作っておきましょう」


「頼むな。俺はまだ色々準備があるから伯爵邸に戻るよ。20m級はシルクが戻った後、伯爵邸側に戻しておいてくれ」


 そうしてシンは転移で伯爵邸へ戻る。就任祝い名目でドレスを作らせながら、彼女に手渡しで贈る事をせずにサンゴウに投げてしまうところは、やはり残念勇者なのであろう。


 伯爵邸からさほど遠くない場所に新居の邸宅も決まった。


 グレタから着いてきたアルラ、ミルファ、キルファ、ジルファが所属をシンに移し、メイドとして仕事をする事も決まった。

 当面料理人、執事は雇う予定は無しとし、慎ましく行く予定である。必要時には伯爵邸から派遣してもらって手を借りる事とした。


 シンは元が日本人であるから、倫理観の根底は一夫一妻制となっている。3人娶る事になったが、上手くやって行ける自信が全くなかった。なので、ロウジュ、リンジュ、ランジュ3人とのお話し合いを持つ事となり、正直にその事を伝えたのである。

 リンジュとランジュは、「自身らが第2夫人第3夫人という立場で守られる事が最も重要であり、その点が守られる限り、そちらの面のお話は急がない。シンがその気になるまで待つ」と、なんともシンには都合が良い意思を示してくれた。

 「但し、子供は欲しいからそのうちにはお願いね! 後、姉さんとのイチャイチャを目の前で見せつけるのは控えてね!」とも可愛く言われてしまうが。

 ここら辺の寛容さは、一夫多妻制が常識である世界での女性の意識の違いという物であろうか。


 そんなこんなでいい感じに話が纏まった後、シンはシルクをサンゴウにクルーとして常駐させる事を3人に伝えた。そして「絶対に手を出したらダメなんだからね!」と詰め寄られる事となる。

 決まり切らない残念勇者だからこうなるのは仕方がない。異世界だったら、でも、それでOKにはならないのである。


 結婚式は盛大に行われ、無事に終了した。


 デザインは華美でもなんでもなく、かなり地味であるのだが、明らかに素材が違うとわかってしまう参列したシルクのドレスを見て、「アレは何だ?」と式の後に嫁3人に詰め寄られる事が有ったとしても、無事に終わったのである。


 こうして、シンは持ち家を持つ身分となり、オレガの部下の武官として働く事となった。


 まだ子供が居ないのに、俺もついにマイホームパパかぁなどと、ズレたことを考えてしまうシンなのであった。


 

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