ピッカリ・新一年生

 私が所属しているタクシー会社は、サポート業務に関心があり、まあ力を入れている方だと思う。事前に契約&登録が必要だが、妊婦さんの送迎だとか、お子さんだけを送迎するサービスなどだ。

 何故『まあ~思う』なのかというと、この十六年で私が知っている中でも、スタートしてみたが立ち消えてしまった試みも幾つかあるからだ。


 それら幾つもの試みの中で数年に渡って生き残っているのが、前述の二つのサービスだが、これらもまた試行錯誤を繰り返している。

 一つの問題は、タクシードライバーの給料が月間の売り上げに大きく左右されるという点だ。自宅←→産院・自宅(or 学校)←→塾(習い事教室)がそう遠い距離ではなく、正直にいえば売上的にあまりオイシクないということである。特にお子さんの送迎の場合、急な送迎担当の変更がかない上、指定された時間の前にはスタンバイをしなくてはならない為、予約前一時間弱は、全く仕事が出来ない潜伏待機時間になりがちなのだ。夕方のラッシュが始まる頃に被さる、時間的ロスの多い・単価の低い仕事は、ドライバー側からするとオイシクないしウレシクない。

 しかし、それらはすべてドライバー側の事情で、お客さまの需要にマッチしているという点では企業戦略的に正しい。問題は、会社の方針に従った仕事に協力している社員が、給料的な打撃をこうむるという矛盾にある。まさに試行錯誤しているのはこの点で、会社側は今後も是非知恵を絞っていただきたいところだ。


 それら、お客さま側には関係のない何だかんだを除けば、個人的にはお子さんの送迎は嫌いではない。動植物と同等に子供が好きな私としては、自分の子供がいない分、子供達との交流は楽しいのだ。

 そして四月───これまでお会いしたことのない、新規の子供達が増えた。言わずと知れた新一年生の登場である。四月の新一年生といえば、ランドセルに背負われているサイズの子供達で、ランドセルと黄色いひよこ色の帽子がなければ、幼稚園生との見分けが難しいお年頃だ。その現場に私が送り込まれる確率が高いのは、子供を掌で転がすのはお手のものなのだと会社側にバレていることと、介護タクシーで鍛えられた細かい問題点の洗い出しが可能だという二点に尽きるだろう。

 どうしても、会社にいいように使われている感は否めないが、信用されているという点は光栄ではあるし、何よりもチビ太(私が小さきもの達に使う総称)達は無条件で可愛い。


 それら、公私の思惑があって、この四月はやたらと新顔の新一年生達の送迎を担当した。そして、少々面食らった。

 以前、別の項目で『どうやら私からは、「いつでもドンと来ていいよ」的な何かが放たれているらしい』という話は書いたが、それを差し引いても、今年の新一年生は激しく突撃して来る。

 顔を合わせて自己紹介も済まないうちから、突然マシンガン・トークが始まるのだ。

 「はいはい、車に乗ってからちゃんと話を聞くからね」───と受けはするものの、『初対面の相手にそんなに懐っこくていいのか?』という疑問は残る。

 車内で展開するのは、流行の『鬼◎の刃』から『ポケ◎ン』、小学校に入ってから習得した得意技まで、実に様々。女の子は、習い事の話や新しい友達の話、学校の先生の話が多い。実に楽しく拝聴してはいるが、今年に限ってどうしてこんなにも懐っこいお子さんが多いのか?

 その疑問に答えて下さったのは、普通の流し業務でお乗せした、小さいお子さんが居てもおかしくない女性のお客さまだった。

「多分、人との交流が足りていないんじゃないですか?」

 そのお客さま曰く、コロナ禍で昨年は休校期間も長く、外出も少なく、祖父母を含む親族と会う機会もなかった筈。閉じられた家族の中ばかりで過ごしていて、外界との接触を求めるお年頃の筈なので、淋しかったのではないかと。

 確かに、指摘されてみればそうかもしれない。大人は、或る程度は理屈で我慢出来るし、いざとなればリモートという手段もある。だが、気持ちや好奇心が日々外界に向かって行く子供達にとっては、とても閉塞感へいそくかんのある淋しい一年だったのかもしれないのだ。その淋しさが、私の『ドンと来いオーラ』に反応したとしても、何の不思議もないだろう。


 そうやって理由さえ分かってしまえば、このオバサンに迷いはない。

 『鬼◎の刃』でも『ポケ◎ン』でも、チビ太達が好きそうな乗り物の話から、昆虫や爬虫類や恐竜、犬猫を含む小動物の話でも、それこそ『ドンと来い』の態勢はいつでも出来ている。

 もはや、新一年生にとってはオババの年齢ではあるが、チビ太達に後れを取るような年輪は重ねていない。必要とあらば、幼稚園児の弟妹からお母さままで、まとめてこのふくよかなお腹にかかって来なさい───と、決意を新たにする、およそ¥700~¥1500前後の同行時のお話。

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