第72話 解体と苦痛と発見
「——ッッ!? はぁはぁ……っっ……! 気を失っていたのか……」
俺は全身で深い穴に吸い込まれてしまうような感覚によってハッと目が覚めた。
「……痛ぇなぁ。こうも体が言う事を聞かないと勝った実感が全く湧かないな」
未だに満身創痍の俺の肉体は血と汗で滲んでいたが、俺は痛みに堪えながらも立ち上がって辺りを見回した。
目の前には俺の刀によって綺麗に断たれたドラゴンの長い首があり、背後には長い首と斬り離された巨大な胴体があった。
「やることは一つだな」
俺は二つに斬り離されたうちの一つであるドラゴンの胴体の断面を刀で突いた。
ぐにゃりとした柔らかい感触の赤々しい生肉は、血によってぬらぬらと輝いていた。
俺の予測が正しければ、モンスターの肉はその実力を増すごとに旨味が増し再生能力も高くなるだろう。だがしかし、それと同時に激しい苦痛を伴うことになるのが懸念点でもある。
「あの時は気が動転していたから何の躊躇もなく喰えたが、流石に冷静さを取り戻してからだとなぁ……」
俺は拳ほどの大きさに斬った小さな肉塊を見ながら言った。
傷の回復はするが前回と同等またはそれ以上の激痛が全身に走ることを考えると、どうしても口に運ぶ手が止まってしまう。もちろん、モンスター自体が嫌いなことも理由の一つだ。
「まあ、生還するにはこれを喰らうしか方法がないしな。なるべく痛みは少なめで頼むぞ……?」
俺は震える右手を使って口の中に肉塊を放り込んだ。
ゆっくりと咀嚼して生肉独特の柔らかな食感を味わいつつも、そのうち訪れるであろう痛みに身を構えるが、その時は数十秒間待っても訪れなかった。
このままだと、ただの美味しい肉を食べただけになる。
「今回は無事なのか——ァァァァァッッッッ! ぐ! 熱い! 熱い! 寒い! 体が……ッ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬッッッッ!」
俺がフッと息を吐いて安堵した瞬間だった。
途端に全身が燃えるように熱くなったかと思いきや、その僅か数秒後に全身が氷漬けにでもされたかのように凍えていった。そして、全身の血管という血管に、熱さの限度を超えることで冷え切った血液が、ドクドクと音を立てて勢いよく全身を巡り始めた。
完全に死を覚悟した。俺にはまだこの肉塊を喰らうのは早かったのかもしれない。
「ハァハァハァ……ァァァ……ッッ……ハァハァハァ……。死ぬかと思った……」
そんな酷く激しい全身の痛みは数分後にスッと収まった。
頭を抱えながら叫び声を上げ続けていた俺は、ドラゴンの尻尾を背もたれの代わりにして脱力し、ごく普通の呼吸すらままならない状態で天井を見上げた。
まさか死を覚悟した時に自分の口から素直に”死ぬ”という言葉が出てくるとは思いもしなかった。心では強がっていても体は正直なのだろう。
「はぁ……ふぅ……。だが、これで全ての怪我が治ったな」
数回の深呼吸を置くことで我を取り戻した俺は、完治したことを確かめるように左手で刀を振るって上空に斬撃を放った。
「にしても疑心暗鬼のままここにきたが、まさか本当に古傷が治るとはな」
ドラゴンとの戦闘によってできた怪我以外にも、数年前にモンスターにつけられた古傷もすっかり消えていた。
予想以上の効力だ。一歩間違えばあの世行きになっていたが、肉を喰らう分量さえ守れば大丈夫だろう。完全に保証はできないが、一気に喰らうよりは幾分かマシになるはずだ。
しかし、モンスターを胃の中に収めることに対しての抵抗感は拭えないので、治療に使用する際は適当な嘘で誤魔化さなければならない。
罪悪感を感じるが、人助けのためだと考えるのなら割り切るしかない。
「よし! 後はドラゴンを解体するだけだな。面倒な作業だがやるしかないか」
俺は刀一丁でここに参上したため、今はバックパックすら持っていない。
なので、俺はこの冒険の成果を証明するためには、目の前に転がるドラゴンの全ての部位を最大限活用するしかないのだ。
「……バックパックは頑丈そうな胃袋で代用して、そこに肉と内臓を詰められるだけ詰めるか。グロテスクだが眼球と舌なんかも頂いておこう。何かに使えるかもしれないからな」
俺は明らかに力を増した一撃によってドラゴンをバラバラに斬ることで、鱗と牙と棘、肉と内臓と言った形で大きく二種類に分別した。
そして、肉と内臓は不快な悪臭が漂う胃袋の中に詰めてから、片方の肩で担げるように一つだけ口を作ってギュッと玉結びをした。歪な形だがこれでバックパックは完成だ。
バックパックに収まりきらなかった鱗と牙と棘は、ドラゴンの強靭な筋繊維と上手く結びつけることで全てが上手い具合に連結し、完全な裸体を露わにしていた俺の鎧の代わりを担ってくれた。
結果、俺はドラゴンの鱗と牙と棘で造られた鎧を全身に纏い、ドラゴンの悪臭が漂う胃袋を左肩で背負った不審な男になったわけだ。
ちなみに、肩口でボサボサのしていた髪の毛は、ドラゴンのブレスによってチリチリになると同時にかなり短くなっていた。
「これで終わりか……ん? なんだあれ……?」
全ての作業を終えて辺りを散策していると、俺はフロアのちょうど中央でキラリと光る何かを発見した。
「コイン? なんの刻印もないが、少しだけ魔力を感じるな」
俺は手のひらの上に軽く収まりきるほどの大きさしかない金色のコインを拾った。
どこか懐かしいような魔力を纏っているが、それが何かまではわからなかった。
「まあ、いい。とっとと帰るか」
コインを適当にバックパックの中に放り込んだ俺は、上を目掛けて跳躍し、ダンジョンの特性によって直りかけの天井に突っ込んでいく。
周囲がブレるほどのスピードで上昇を続けているので、地上に出るまではそれほどかからないだろう。
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