第64話 ドワーフ族の悩み

「いいんですか? 俺たちのような完全な部外者を中にまで入れてしまって……」


 俺とアルファは壁にかけられた炎のランタンが照らす洞穴の中を歩いていた。

 三人の足音が洞穴内に静かに響き渡る。

 さらに洞穴内は湿度が高いことから、天井からは硬い石の地面に向かって水が滴り落ちてきていた。


「ご心配なさるな。わざわざドワーフに会いに来る人間などそうはおりませぬ。貴殿のような方々は大抵何か話を持ちかけてくるのじゃ。故に族長からは危険人物以外は奥に通すように伝えられているのじゃよ」


 最年少のドワーフことワイナルドゥエムさんは天を仰ぐようにして豪快に笑っていた。

 この様子と発言からして、俺たちへの警戒の念はかなり薄いようだ。

 

「なあ、アルファ。どう思う? 話はうまく進むと思うか?」


 俺はここまで一切口を開かずに静かに背後を歩いていたアルファに声をかけた。


「……うるさイ。それより、どうして私が連れてこられたんダ。用があるのは貴様だけだというのニ……!」


 アルファは両の拳に強く力を入れながら、仮面の向こうから俺のことを睨んできた。

 薄暗い洞穴の中だと、より一層その真紅の瞳の輝きがよくわかる。


「まあまあ落ち着け。そんなにカッカしてもいいことはないぞ? 確かに無理やり連れてきたのは申し訳ないと思っているが、それもこれも互いのメンツを守るためだ。今は平和的に我慢をする時じゃないか?」


「……」


 俺がそれらしい言葉で説得を試みると、アルファは視線を斜め下に移して黙り込んだ。

 ここまでの言動を見るからに、アルファは男のくせに男が嫌いらしい。実に珍しいタイプだ。クララ女王を介さないと仲良くなることは難しそうだ。


「お二人さん、お話の最中で申し訳ありませぬが、もうすぐ到着ですぞ。目の前に灯りが見えるじゃろう? そこがワシらドワーフ族の住処となっておる」


 小股で早歩きをしていたワイナルドゥエムさんについていくこと、約三分

 終わりの見えなかった洞穴の先からは、火を焚いているような人工的な灯りが見えてきた。


「かなりの規模ですが、ドワーフ族は何年ほどこちらで生活を?」


 気配の数や火の灯りの数、最奥の洞穴の大きさや高さは相当なものだった。

 一本道の通路が途端にぐわっと円形に膨れ上がっており、その先はドーム状の造りになっていた。繊細な造りだが、ところどころ手作業であろう跡も散見されるので、ドワーフ族が自らの手で造りあげた住処なのだろう。


「うむ。ワシらがここに暮らし始めてもう十年以上はたったかのぅ。全盛期の頃は各国から雇われて数多くの仕事をこなしたものじゃが、酒の消費が尋常じゃないという理由ですぐに切り捨てられてしまうんじゃ。それ以上の仕事をワシらはしていたつもりだったんじゃがな……。現実というのは厳しいものじゃ」


 ワイナルドゥエムさんはため息混じりの口調でそう言うと、呆れを孕んだ哀愁の漂う表情を浮かべていた。


 現実的に考えて、どこの国でも一日に何十、何百リットルもの酒を継続的に提供することは不可能に近いだろう。

 短期的な契約で雇われたドワーフは、雇い主である各国の中心となる建物の基盤を迅速に作り終えたと思ったら、その後すぐに国から追い出されてしまったのだろう。

 なんとも可哀想な話だが、国をゼロから築いた人間からすれば、時には残酷な取捨選択も必要だろう。


「そんなことがあったんですね」


 詳しい話は他のドワーフを交えて行いたいので、俺は適当な相槌を打った。

 目の前には腐りかけた木の看板が設置されていることから、どうやらここが入り口らしい。壁も柵も塀も何もないので入り口と呼んでいいかは疑問だが、腐りかけた木の看板には『ドワーフの洞穴』と書かれているので間違い無いのだろう。


「到着じゃ。ワシについてきてくれ、早速じゃが族長と話をしてもらおうかのぅ。ワシは貴殿が話したいことは既に大方理解しておるが、それに族長が頷くかどうかはまた別の話じゃ」

 

 ワイナルドゥエムさんは数歩進んだ先で立ち止まってこちらに振り向くと、どこか考えを見透かしたような目で俺のことを見てきた。


「それなら話が早いですね。アルファ、ぼーっとしてないで行くぞ」


「……うるさイ」


 あまり見慣れない光景なのか、アルファはしきりに首を動かして辺りを見回していたので、俺は適当に声をかけてから歩き始めた。

 こちらは大量の酒を提供できるので、おそらく問題はないだろう。早いうちに勧誘を済ませて、イグワイアに戻るとしよう。


 

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