第60話 謝罪と出発

「本当にすまなかった。一刻も早く、ニーフェに会って聞きたいことがあったんだ」


 これで謝るのは三回目だ。一回目に土下座をし、二回目も土下座をした。そして、今は顔を上げて誠心誠意を伝えていた。


「もう謝罪は十分です。あそこは皆が利用する大浴場として創られたものですから、説明を怠った私とユルメルさんの責任です。それより聞きたいことというのはなんでしょうか? 告白ならもう少し待ってもらえませんか? ゲイルさんのことはいいなと思っていますが、やはりそういうのはまだ少し早い気がしますので……」


 ニーフェは一人で妄想し、一人で勝手に顔を赤くして照れていた。

 どうやら純情で手順を踏むタイプのヤンデレらしい。

 過去の偉人が書いた創作ものには、人を簡単に殺めてしまうような女の子も多数見かけたことがあったので、そこは一安心だ。


「……わかった。それじゃあ質問だが、ニーフェは酒を造れるっていうのは本当か? 仮に本当だとして、一日でどの程度の量を造ることができるんだ?」


 俺はユルメルが魔法で創った椅子に座るニーフェに尋ねた。

 ちなみに、ユルメルはいつ住民が来てもいいようにと、外で整地作業を行なってくれているので、今はこの場にはいない。


「……告白ではなかったのですね……。まあ、試したことありませんが、魔力が底をつくまで……でしょうかね?」


 ニーフェはジッと目を細めて俺のことを見つめたが、すぐに本題に軌道を修正していた。


「魔力の大体半分を使用すれば、何リットルくらいの酒を造りだせる計算だ?」


「そうですね……お酒であれば千は越えられるかと。お水であれば私の体力と精神力が続く限り……つまり半永久的に可能です。ただし、お酒は私の魔力のクセによって、かなり度数が高いものになりますので、ゲイルさんやユルメルさんが飲めば、数回口に含んだだけでもすぐにダウンしますね。ちなみに、お酒は何にお使いになるのですか?」


 ニーフェはなんでもないように言ったが、千リットルとなるとドワーフの一日の消費量の半分か。

 一先ず、これでドワーフを誘うことがこれで可能になったわけだ。


「実はこの領地の初の住民……いや、ニーフェが初の住民だから、第二の住民としてドワーフを呼ぼうと思ってな」


 俺は家の内部の壁や床を見ながら言った。 

 確かに今の家でも十分満足できるものだが、やはり魔法で創られた家よりも、ドワーフの手作りの家に住みたいものだ。

 機能性やデザイン性、建築のスピードや質、どれをとっても目を見張るものがある。


「ドワーフですか。それは名案ですね。彼らのモノづくりの技術は、あらゆる種族の中でもおそらくトップクラスでしょうしね。もうご出発なさるんですか?」


 ニーフェの年齢は不明だが、幻の種族というだけあって長生きしているのだろう。

 特に躊躇することなく、ドワーフを住民にすることに対して頷いていた。


「そうだな。他国が一時的に契約を結ぶ可能性も、僅かだが捨てきれない。二人が許可してくれるなら今すぐにでも向かいたいな」


 イグワイアまで俺が全力で走って数時間。

 その先にあるドワーフが住む洞穴まで向かう時間を加味すると、早めに出るに越したことはないだろう。


「わかりました。裏手で作業をしているユルメルさんには私から伝えておきますので、ゲイルさんは気楽に出発してください」


「悪いな。なるべく早く戻るよ。その間は各々で必要だと思う作業を適当にしていてくれ」


 俺は部屋に置いていた刀を腰に差してから、外へと続く扉から外へ出た。

 天気は快晴。雲ひとつない綺麗な空だ。

 ニーフェがその場で普通に過ごしているだけで潤った大地は、これからもっと進化を遂げていくのだろう。

 帰還するのが楽しみでならない。


「では、いってらっしゃいませ」


 ニーフェはゆったりと流れる心地よい風に長い髪を靡かせると、ニコニコとした様子で小さく片手を振っていた。


「ああ、いってくる」


 俺がニーフェの見送りで走り出そうとしたその時だった。


「——どっかいくのー?」


 背後から疲労困憊といった様子で、ユルメルが歩いてきた。

 ニーフェが言っていた通り、裏手で一人で作業をしてくれていたのだろう。


「ああ。今からドワーフのところに行ってくるんだ。そこでユルメルに頼みたいことがあるんだが、百人くらいのドワーフが生活できる大きめの人工的な洞穴を一つ創っておいてくれないか?」


 ドワーフは暗くて湿度の高いところを好む傾向があるため、密集して同じところに暮らすことが多い。

 この情報は過去に読んだ文献譲りのものだが、それは伝統的な暮らしのカタチだと記憶しているので、おそらく正しい情報だろう。


「んー……百人となると相当な大きさになるけど、それでも大丈夫?」


「ああ。場所さえ考えてくれれば大丈夫だ」


 名も無き領地のど真ん中に創られてしまったら景観を損なってしまうが、そこ以外であれば、まあどこでもいい。


「わかった! けど、今日はもう疲れたから寝るねー。おやすみ。それと気をつけてねー」


 ユルメルは話のおおよそを理解したのか、眠たそうな眼をこすりながら、そそくさと家の中に入っていった。

 魔力を消費し日光に晒され疲れてしまったのだろう。


「おう」


「私も少しお休みさせていただきますね。私のような水精族にはここは適応しにくい環境ですので……。では」


 ニーフェもユルメルに続くようにして家の中に入っていった。

 新しく増築したニーフェの部屋には、ユルメルが創ってくれた水槽があるので、ニーフェはそこに戻るのだろう。

 なんでも、通常の人間よりも水精族は直射日光に弱いため、全身を乾燥させないように保つ必要があるらしい。


「……一時間以内に到着するぞ」


 バタンと完全に扉が閉められて、二人の気配がスッと小さくなったことを確認してから、俺はイグワイアを目指して走り出した。

 二人の様子を見ている限り、あまり心配はなさそうなので、安心して単独行動ができそうだ。

 

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