第18話 バレた気配

「くっそ。全然見えねぇな」


 ギルド付近に到着した俺を待っていたのは、これまでにないほどのとてつもない人集りだった。

 人集りはおそらく中心にいるであろう調査隊として派遣される冒険者たちをグルリと取り囲んでいるため、俺のいる一番後ろの位置から見るのは中々難しい。


 どうしたものかと対策を考えていると、隣にいた見覚えのある二人組の男が話しているのが聞こえてきたので、俺はチラリと横目で確認してから耳を傾けた。


「——おいおい。まさかSランクパーティーの【氷雹ひょうひょう】のメンバーが招集されているとはなー。珍しいこともあるもんだぜ」


「ほんとだよ。そもそもSランクパーティーなんて殆どが国内にいないだろ? なんで参加してくれたんだろうな」


 大柄な男の言葉に小柄な男が腕を組みながら返していた。


 あ、やっぱりこいつらか。どこかで聞いたことある声だとは思っていたが、こんなに早く再会することになるとはな。もっともあっちは俺のことなど覚えていないだろうがな。


 にしても、【氷雹】なんていうパーティーは聞いたことがないな。

 俺がいないうちにSランクパーティーも大きく変わっていそうだな。


「見た感じ単独で調査するみたいだが、実力は申し分ないだろ? そもそも今ここにいる冒険者の実力じゃあSランクパーティーの一人には勝てないだろ?」


 確かにここに集まっている冒険者どころか、今アノールドにいる冒険者では到底敵わないだろうな。


 というか単独で調査するのか。てっきり既存のパーティーか即席の臨時パーティーかと思ったんだがな。


「だな。というか今更だが、何でSランクパーティーなのにSランク冒険者じゃないんだ?」


 小柄な男が唐突に疑問を投げかけた。


「Sランクパーティーってのはパーティーのランクであって個人のランクではないんだよ。そもそも世界にSランク冒険者は存在しないしな」


 そう。大柄な男の言う通り、Sランクパーティーとは単にパーティーのランクであって個人のランクではないのだ。

 そして世界にはSランク冒険者が存在しない。そもそもその括りがあるかもわからない。その辺りは四年前とあまり変わらないようだ。


 では、Sランクパーティーのメンバーのランクは何なのかというと、ごくごく普通のAランクだ。


 ちなみに四年前の時点で【月光】がAランクパーティーになりたてで、俺がAランク冒険者になりたてだったので、個人のランクとしては俺は最上位にいたことになる。

 今の【月光】がどうなっているかはわからないが、当時は中々凄かったということだ。


「そうなのか。よくわからんが、Sランクパーティーは凄いってことだな」


 今、世界にSランクパーティーがどのくらいあるのかを俺は知らないが、この騒ぎからして相当少ないのだろう。


「そういうこった。もう帰るか。ここにいても何も見れなさそうだしな」


「だな」


 大柄な男の言葉を皮切りに二人はするすると人集りを抜けて後方へ歩いて行ったので、俺もその流れに乗じて人集りを抜けていくことにした。

 途中であることを思いついたので実践するためだ。


「……上行くか」


 このままでは顔を拝むどころか声すら聞くことができなさそうなので、俺はフッと気配を消してギルドに程近い建物の屋根に飛び乗った。


「おお! ここなら見えるぞ……っと……【氷雹】とやらのメンバーはあれか?」


 誰にもバレないように気配を完全に消し、俺はジッと人集りの中心を見つめた。

 そこには何かを熱心に話す初老の男性と、冷たいオーラが滲み出る青白い髪色をした女性が一人いた。

 女性は淡白な態度で適当に話を流している。


 魔力量や装備品から察するに青白い髪色をした女性が【氷雹】のメンバーの一人だろう。


「何を話しているんだ……?」


 屋根の上ということもあって距離があり声が聞こえないため、口の動きから把握することしかできない。

 下にいる人集りも周りの話し声や雑踏の音のせいで何を話しているかは理解していないだろう。


「ふむ……一人がいい……ダメ……やだ……」


 大まかにしか理解することができないが、どうやら二人は揉めているらしい。

 初老の男性は最低でも二人、よければパーティーを組んで行ってほしいと言っているのに対して、女性は一人で行きたい様子だ。

 まあそうだろうな。Aランク冒険者でSランクパーティーの女性からすれば、足を引っ張るような格下とは一緒に行きたくないだろう。


 もっと集中しないと正確に読み取れないな。

 口の動きで言葉を理解する行為なんてこれまでやったことがないので、その一点に集中することにした。

 俺は口パクを解読するのに、初老の男性と女性の口の動きを交互に確認していく。


「条件がある……あの人……いい……強い……指を差しているな」


 すると突然ビクッと体を跳ねさせた女性がこちらに指を差してゆっくりと頷いた。

 どうやら何かに気がついたようだが、一体どうしたのだろう。

 そしてそれを見た初老の男性が口を開いて驚いたような表情を浮かべたが、それで妥協することにしたのかこちらを見上げてきた。


「……ん……? なんだこれ……?」


 指差されてるのって俺……? どういうことだ?


 俺は前後左右をパパッと確認したが、もちろんこの場には俺以外の姿は見当たらない。


 なんだ? なんで俺に指を差しているんだ……?


「……よろしく」


 するとダンジョンにいた時ほどではないが小さく狼狽えている俺の横に女性が飛び乗ってきた。

 着地の音さえ感じさせない軽やかな跳躍を見て、人集りはどっと声を上げる。

 同時に俺と女性の姿を食い入るように見つめ始める。


「……え? 俺のこと見えてます?」


 俺は自分を指差して女性に確認を取った。


「うん。さっきは驚いたけど、今は見えてるよ」


 ですよね。だってずっと目合ってるしね。

 俺は薄い青色をした透き通るような目を見ながら言った。


「……あ……!」


 あぁ……そういうことか。

 俺はここでようやく理解した。


 慣れない口パクの解読と気配を消すことを同時にやった挙句、口パクの解読に集中しすぎて気配を消すのが疎かになっていたことにたった今気がついたのだった。

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