第6話 失敗を糧にしよう!

翌日、ぐっすり眠って宿屋の人に起こされて朝食を頂く。

そこでボクの席に気の強そうな女の子がやって来た。


相席するにしたってボクの周りに席はいっぱいある。なのにボクの横に来る理由はなんだろうか?


「失礼、隣いいかしら?」

「どうぞ。ボクはちょうど食べ終わりましたので」

「え。って早! さっき食べ始めたばかりじゃなかった?」

「ボクの実家は弱肉強食でして。早く食べないと無くなっちゃうんです。ではボクはこれで!」


一応礼をしてから席を立つ。

厨房にトレーを返してから冒険者ギルドに寄った。

昨日はお金は手に入ったけど、別段ランクは上がらなかったな。


どうやれば上がるんだろう。そう思ってルビーさんの姿を探したけど見当たらなかった。

仕方がないので、他の受付さんに尋ねてみた。


「え、ルビーさん? そういえば今日見ないわね」

「お具合が悪いのでしょうか?」

「昨日見た限りではそんなことなかったけれど、そうね。後で確認してみるわ。それでここに来たって事はクエストよね?」

「はい。これ冒険者カードです」

「Fね。確認しました。クエストは討伐と採取があるけどどちらにする?」

「そうですね、昨日は討伐で失敗しちゃったので今日は採取の方をします」

「あら、そうなのね。でも失敗くらい最初は誰にだってあることよ」

「あ、そうなんですか。あんまりにも大きな声を出すから、ボクだけなのかと思ってました」

「一体どんなミスをしたのか気になるけど、冒険者のプライベートを検索するのはルール違反よね。それで、採取でいいのかしら?」

「はい」

「では南門から出て道沿いにまっすぐ歩いてった森にこういった雰囲気の森があるから。そうね、息吹の森と住民に聞けばわかるわ」


すごい、ルビーさんよりわかりやすい。それに森の名前まで教えてくれるなんて。

なんて親切な人なんだろう!


「ありがとうございます」

「せっかちさんね、まだ森の名前を教えただけよ」

「そうでした」


受付のお姉さんはルビーさんとは違って包み込むような暖かさを持つお母さんのような人だった。

うっかりお母さんと言ってしまわぬように気をつけなければ。


「それではポイゾナの花と根、ヒール草の葉。これは茎ごと束で持って来ていいわ。でも取りすぎはダメよ? 他の子達の分がなくなってしまうもの」

「ポイゾナの花は良いんですか?」

「これは用途が限られてるからね。それに、ポーションの材料になるヒール草は日常的に使うもの。だから常駐クエストなの。ポイゾナの花はランクF専用といったところね」

「詳しくありがとうございます」

「花は茎を土の上から3センチ残した状態で切り取って頂戴。採取用の鋏はあるかしら?」

「はい」

「根はこれくらいの長さね。大体必要とされてるのは5㎝もあれば十分よ。ただ息吹の森にはポイゾナの花にそっくりなマンドラゴラもいるから注意なさい」

「はい、それを見極めるのもFランクに課せられる責任なわけですね?」

「分かってるじゃない。数は最低でも5セット。ヒール草は5束で良いわ。ポイゾナの花の方はグラス君の判断に任せるわ」


冒険者カードを差し出しながら、受付のお姉さんはにっこりと微笑んだ。

返事をする時にうっかりお母さんと言いそうになったのは内緒だ。


「見つけたわよ! 金づる!」


ギルドから出たところで、さっきの女の子がボクのことを指さしながら肩で息をしていた。


「金づるって何?」

「なんでもないわ。あんたルーキーなんでしょ?」

「ええ、まあ」

「だったらあたしと組まない? あたし解体持ってるから」

「でもボクは今日採取のクエスト受けたので解体必要ないですよ?」

「え?」


なんでそんなことする必要あるのかと言いたげな瞳で見てくる。そんなにおかしいかな?

流石に昨日失敗して落ち込んでるとは言いたくない。

言ったら負けた気がするから。


「じゃあね、ボクは息吹の森に行くから」

「ちょっと、待ちなさいよ。って早! 足早っ! こら、待てってば!」


女の子が騒ぎながら追いかけてくる。

しかしボクの足より遅いのでどんどんと声が遠のく。

っと、危うく目的地を通りすぎるところだった。

急ブレーキをかけながらボクはお目当ての森に入っていった。



 ◇



一方その頃冒険者ギルドでは。


「おはよう~」

「ちょっとルビー、遅刻よ」

「うるさいわねシュクレの癖に。あんたいつからあたしのお母さんになったのよ」


口元からはアルコールの匂い。

そして乱れた髪はしっかりとした休眠をとってないと物語っている。

確実に酔い潰れて路上で寝たか、宿まで帰ってもベッドまでたどり着けなかったのかのどっちかだ。


同僚のシュクレは「お酒くさいわよ」と苦悶の表情を浮かべ、何があったのか事情を聞いた。


無論、シュクレには上司に報告する義務があるからだ。

ルビーの無断欠勤や遅刻は日常茶飯事だった。

今までは人気受付嬢だったからと目を瞑っていたが、もはや我慢の限界だったのである。


「そんなに潰れるまで飲むなんてルビーらしくないじゃない。何があったのか話しなさいよ。言うだけでも楽になるから。ね?」

「実は……」


酔って思考が定まらない相手に口を割らせるのはすごく簡単だった。

しかしルビーの口からは冒険者ギルドの受付嬢としての怠慢と欲望が増大し、話を進めるほど聞くに堪えない言葉が出てきたのである。

そして一通り内容を把握した後、ルビーを帰すように促した。


「あんたその顔で受付なんてできるの?」

「無理かも」

「今日は私がやっとくから寝ときなさい。上には私から言っとくから」

「ありがと。あんた実はいい奴?」

「あんたがあんまりにも見てらんないからよ」


無論、シュクレに優しさなんてものは微塵もない。

あるのは同僚に対しての怒りだけである。


人気受付嬢だからと新人に自分の仕事を押し付けては贅沢三昧。

家に先に帰したのは、支部長に取り合わせない為であった。

ルビーは支部長のお気に入りだ。

肉体関係まではいってないだろうが、よく小物をせびってはそれを売って小銭を稼いでいた。


その事を支部長は知らず、他にも騙されていた冒険者や住人も多数証言が上がっている。

それをまとめて報告した。


「それは本当か? 俄には信じ難いが」

「本人自らの証言です。午前11時に出勤し、とても人前に出られないほど化粧崩れした顔で周囲にアルコールの匂いを撒き散らしながらですが」

「そんなに酔っ払うのも珍しいな。あの子は自分の外見を何よりも優先するだろう?」

「だからこその信憑性です。優先度の順位が逆転したとも考えられませんか?」

「分かった。そこまで証拠を揃えられたら私も動かぬ訳にはいいかぬか」

「お願いします。我々ベルムント支部をあの魔女の手からお救いください。もし支部長がこの件で動かないのであれば、我々従業員一同は揃って辞職します。それぐらいの覚悟で私はこの場にいます」

「被害はそこまで甚大なのか? 金貨50枚なのだろう?」

「今はそれだけで済んでいる、だけですね」

「つまり今後増え続けると言うことか」


シュクレは重く頷いた。

支部長は頭を抱えている。


「早急に手を回す。だがこれだけの証拠じゃあの子は素直に受け入れないだろう。他の支部長との関係もある。時間が必要だ。それまでは謹慎処分を言い渡す。手を貸してくれるか?」

「あの魔女が居なくなるのならば従業員一同、喜んで手を貸しましょう」

「頼むぞ。これは我がベルムント支部始まって以来の大仕事だ」


支部長は夢から覚めた様な鋭い目つきをシュクレに見せていた。

就任した頃の勇ましい支部長の存在にシュクレやその他従業員が本当に同一人物かと目を見張る中、ルビー追い出し作戦は静かに開始を告げていた。


ひとまずルビーには二ヶ月の謹慎処分が言い渡された。

それまでに付き合いのある人脈全てを洗い出して見せると支部長は意気込んでいた。

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