第12話 知らぬがホトケ
「と、言うわけでこれが我がレオンハート家の誇る最新鋭魔導機器、お世話ロボットですわ」
「何がと、言うわけなのかさっぱり分かりませんが、頷いておいた方がいいのでしょうね」
いつもの如くなんの連絡もなしに突然来訪してくるトールに呆れた様な、諦めた様なため息を吐きつつセリオは額に手を当てて頷いていた。
「それでトール様、この人形は一体……」
見るからに子供サイズの球体関節人形が、商品と紹介されて椅子に腰掛けている。
どことなく背格好や髪色がトールとそっくりだ。
違うところを挙げるとすれば、何故かメイド服に身を包んでいる所くらいか。
「先ほど申し上げた通り、我がレオンハート家の技術の粋を集めて作り上げたお世話ロボットですわ」
「さっきも聞きましたが、そのお世話ロボットは何をする物なのですか?」
セリオの疑問も尤もだ。
なんの説明もなく商品を持ってきて、理解しろなど有能であると専らの噂である男爵家の跡取りと言えど首を傾げるものである。
何しろそんな類の魔道具は聞いたことすらない。
またおかしなものを作ってきたなと思いつつ、そんな理由づけでもあえて嬉しく思うセリオである。
ちなみになんの連絡もしてこないので、いつも出会う時にドギマギしてしまうのは仕方のない事だ。
「簡単に言えばセリオ様の身の回りの世話をしてくれるロボットですわね」
「それはメイドが居るので間に合ってます」
「まぁ、せっかくわたくしに容姿を似せたロボットでしてよ?」
「まずロボットってなんなのさ」
セリオの返しは親友にする様な気軽なものだ。
ビジネスパートナーとしてそうしてくれと頼まれたと言うのもあるが、トールはセリオに普段から訳のわからぬ無茶振りを言っていた。
そんな呆れからくる言動でもあるが、それを聞いてもトールは特に機嫌を悪くしない。むしろよくぞ聞いてくれましたと胸を張ってふんぞり返っていた。
「そうですわね、まずはそこから説明しましょう」
「よろしく」
トールはいつも自信満々で答える。
しかしセリオの耳に入ってきたのは聞くに堪えない荒唐無稽な物だった。
ロボットとはつまり、魔道具で制御した人の形をした人形であるらしい。
人形と言っても中に綿が入っているわけではなく、鉄や鋼を代用して置き換え、それなりに強度を高めているらしいが、どう見たってそこにいるのは何処かから誘拐してきた令嬢そのものだった。
セリオにとっては苦い記憶である。
改心したとは言っても、過去の記憶は残っているのだ。
話を終えたトールはお前のために用意したんだぞ、と言わんばかりだが、そんなものセリオは頼んだ覚えはない。
一度甘い顔をしたらどこまでもつけ込んでくる厄介さをトールは持っていた。
そんなところも魅力的だとセリオのフィルターは捉えてしまうのだが。
「仕方がありませんね。これはウチで引き取ります。取り扱いの説明を願えますか?」
「流石はセリオ様ですわ。まずは頭部の中央に手を置いてくださいまし」
「こうかな?」
言われた通りに手を置き、そこで気づく。
この格好は頭を撫でている様では無いかと。
ウブな男の子であるセリオへの効果は抜群だ!
ワタワタしているところへ何戸惑ってるんだよと叱咤するトール。男の気持ちを持つ少女は男友達に接する近さで少年に迫った。
「どうされました?」
「いや、なんでもないよ。続けて?」
「はい。では次に掌に魔力を練り上げて、その子の頭に流し込んであげてください」
「魔力で動く人形なんだ?」
「流した魔力で相手を認識する自動人形ですわ。そろそろ動き出しますわ。手を離してくださいまし」
「え、ああ」
手を離すのを惜しいと思ってしまったセリオだが、トールに嫌われるのを恐れるあまり従って行動に出る。
人形なのにやけに生暖かいのも手を離しづらい理由の一つだ。
手を離して数秒後、スゥ、呼吸音が聞こえた。
どう見てもメイド服を着ているトールが眠っている様にしか見えない。
本物のトールが人形に聞こえる様に手を叩いた。
すると呼吸音が止まり、瞼が開かれた。
本物と違って黄金色の瞳が周囲を見回す。
どうやらどちらが自分の仕える主人か迷っている様だ。
やがて自身の内側にある魔力を特定し、セリオの前へと歩いていく。そして傅き従う。
「おはようございます、ご主人様。心地よい魔力の充填をありがとうございます」
「え、あ、うん」
「驚くのは無理もないことですわ。今回の自動人形は本物の人間そっくりに思考パターンを持つ人形ですの。今回はプロトタイプとしてわたくしの思考パターンをいくつか載せてますのよ?」
「トール様の!? あ、そうなんですね。でもどうして僕なんかにこんな貴重品を?」
セリオがテンパりながら自動人形の様子を見守っていると、トールはとても良い顔で答えた。
「それはもちろんセリオ様がわたくしにとっての特別だからですわ!」
無論、トールにとっては鉄鉱石を安定供給してくれる人物として。だがそれだけでは特別足り得ない。
ただのビジネスパートナーだ。トールが特別と言い切る理由の一つがジャンクフードへの理解にあった。
貴族とかいう身分でありながら、ジャンクフードと呼ばれる庶民の味を共有できる間柄。
それはまさにトールにとっては友達から一歩進んだ親友とも言えるべきポジションだった。
ただ思考が男のトールにとっては仲のいい男友達的存在であるが、ウブな少年はそう捉えない。
ただでさえ片想い中の相手であり、圧倒的な魔力に、想像力。
神々しさすら感じさせた少女は平凡な少年である自らを特別と言い切った。それはつまりトールがセリオに想いを寄せていると捉えられてもおかしくはない。むしろ思わない方が失礼だろう。
なんせ自分を象った人形を側使えさせるなど好いていなければ行動すら起こさない。
セリオは自分の都合の良い方へ拡大解釈しつつ、そしてその願いを聞き届けるべく最終確認を行なった。
「僕が、トール様の特別……?」
「ええ、わたくしの分身。大事に扱ってくださいましね?」
「は、はは、ハイ!」
言うだけ言ってトールは
いつもながら身勝手な存在である。
しかしそんなことを考える余裕は今日のセリオには無かった。
「ご主人様、ご命令を」
「ああ、うん身の回りの世話をしてくれるんだっけ?」
「ええ、何なりとお申し付けください」
どう見ても人間だよな?
メイド服越しに触る感触も人間の触り心地に近い。
その上顔がトールそのものだった。
黄金の髪に黄金の瞳。
本人はエメラルドグリーンだが、黄金の瞳も神秘的で美しいと思う。そんなありふれた感想を述べつつも、セリオは浮かれた様な心地でいた。
初めてのプレゼントが等身大の自分そっくりの人形だなんて素直じゃないなぁとこの男は思っている。
「それじゃあ紅茶を淹れてくれるかな? 執務の後で喉が渇いてしまってね」
「今ご用意いたしますね?」
にこりと微笑む様は、トールがそこに居るのと錯覚するほどだった。
その日を境にセリオの生活は一変する。
朝目が覚めると目の前にトールの顔があったり、いつでもトールが自分の近くで世話をしてくれる。それはかつて、身勝手な思想で暴走していた自らの自分の本懐であった。
望んでも手に入らなかったものを、偽物とはいえ手元に置いておける。そんな浅はかな男の願いを完璧に叶えてくれる人形がお世話ロボットだった。
紅茶の淹れ方は熟練のメイドクラス。
疲れた時は肩を揉んでくれたり、屋敷に数名しかいない忙しすぎるメイド達と違ってそのお世話ロボットは文字通りセリオに付き従ってくれた。
その上屋敷内のマップを叩き込み敷地内に無断侵入した者を捕らえる番犬の様な働きを見せた。
その動きたるや縮小版トールの様で、右掌から放つ電撃と左掌から放たれる捕縛用ネットのコンボは完璧で、兵士を新たに雇い入れる資金もだいぶ減らすことができた。
そしてセリオにはもう一つ楽しみができていた。
それが魔力低下によるスリープモードである。
疲れすらずの人形なのに、これまた気持ちよさそうに眠るのだ。
起こす時は魔力を充填してやれば良い。
頭の上に手を置いて、魔力を流すと目を覚ます。
そしておはようございますとはにかむのだ。
セリオは厚かましくもそんな彼女を守ってやりたいと思っていた。自身の能力は大したことがないと分かっている。
けれどそれをいつまでも言い訳にして良いわけではない。
トールの魔道具は常に進歩し続けている。
ならばせめて自分はその横に並べる様、努力すれば良い。
そうしたら婚約を申し込もう。
それまでは人形の彼女と共に進もうとセリオは思っていた。
が、この人形。
プロトタイプであると言ったが、別に一機しか存在してないというわけではない。
アリシアが学園に入学時、同じようなドレスを身に纏ったトールの見た目をしたお世話ロボットの存在を確認してしまうセリオ。
それでも男に送られたのは僕だけ、という強い思い込みでついには帝王様に功績が認められて二つほど爵位を上げることになるが、それはまた別のお話。
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