第10話 経済をまわそう!
最近わがままを許してるのだから、そろそろ本腰を入れても良いのではなくて?
そんな風に母さんから申し出が入る。
もしや勝手に男爵家との取引してたのがバレたか?
いや、伯爵家に魔道具として還元されてるし、怒られる事はないと思うが。
そんな風に考える僕に痺れを切らした母さんが腰に手を当てて前のめりになって断言する。
「トールちゃん、いい加減生産工場を作りませんこと?」
「……なんのお話でしょうか?」
目をぱちくりとさせて僕は聞き返した。
母さんはニコニコとしながらも圧を強めに訴えかけてくる。
「お茶会に参加しても御婦人たちからの圧が凄いのよ! 錬金術の総本家なのに最近弛んでいるんではなくて? と言葉少なめに叱咤されてしまったのよぉ~~」
おいおいと泣き崩れながら僕に縋る母。
うーん、確かにここ数年はポーションを二の次にしてアリシアと魔道具ばかり作っていた気がする。
ちなみに錬金術の総本家だなんて噂、いつ出てきた?
確かにレシピ本は飛ぶ様に売れてるが2年も前のことだぞ?
すっかり記憶から抜け落ちてたし、母さん達からも特にお咎めなかったので放置していたわけだが……それが今になって皺寄せが来たか。
目を瞑ってくれてたわがままに身に覚えがありすぎて、確かにここいらで精算しておきたいところだった。
仕方ない、丁度いい罪滅ぼしとしてここは頼みを聞いておこう。
「分かりました。わたくしの全力を持って母様の願いを叶えましょう。日にどれ程生産が出来れば良いかの指標をお教えください」
「え、やってくれるの?」
嘘泣きだったのか、母さんの目元は乾いていた。
おい、目薬使ったってもう少し潤うぞ?
泣き真似が真に迫るほど上手いのも令嬢の教育にあるものなのか、それとも母さんの本質か。
ともあれ引き受けてしまった以上、やり遂げるつもりでいる。
いくつか魔道具を作ってるうちに丁度面白い工程と魔法陣を開発していたのだ。今回はそれを使おう。
母さん曰く、我がレオンハート印のポーション類は帝国貴族の中でも特に奥方様に人気で、予約も数年待ち。
中には金貨を積むから優先的に購入したいという上位貴族の方もいらっしゃるらしい。
最たる需要はダイエットポーション。ついで保水パックの順で予約が殺到していた。
設定金額はダイエットポーションの方がお高いが、金に糸目をつけない貴族には安くつく美容品。
せっかく売れるのだからもっと大量に作ってみてはとせっつかれていたというのが本音で、嫌味を言われたのは妄想で補完したと自白した。
僕のやる気を出させるためのエッセンスだとか。
「だってぇ~トールちゃん、お母さんの言うこと全然聞いてくれないじゃない」
これが推定年齢30歳の女性の取る態度か?
泣き腫らした様な目元にブスッとした態度はマリーを彷彿させる。
あの子は出会った時から全然変わらないからな。
今では僕とアリシアの手のかかる妹的ポジションだ。
「母様、そんな畏まらなくとも普通にお申し付けください。レオンハート家の事業としてならこちらも出し惜しみしませんわ」
「そうなのね。でもお母さんはあの日から母としてトールちゃんを守るって決めたから。だから言い出しにくかったのよ。ごめんなさいね?」
なんだかんだ僕のことを思って言ってくれたといわれて悪い気はしない。
早速錬金術で魔道具を駆使したオートダイエットポーション製造機を作成する。
ただし設置する場所は領内ではなく敷地内。なんだったら屋敷の中に置いた。
もちろんその部屋には仕掛けがしてある。
貴族が専用の鍵を使わずに扉を開ければ転位のトラップが発動するおまけ付き。
頭を冷やせという意味で敷地内にある庭の池の中に転送する仕掛けがされている。
落とすよりもさっさと沈めた方がいい。
屋敷付きの兵士は庭を重点的に徘徊させているが、一度恐怖体験した父からの強い言葉で今のところバカな真似をする使用人達は居なかった。今はまだ、ね。
事業をひろめて行くとどうしたって馬鹿な奴が現れるから準備はしとかないとさ。某国みたいにコソ泥されても面白くないしね?
そんで例の魔道具には定期的に材料を投下すれば瓶に詰められたポーションがゴロゴロ出来上がり、転がり落ちた先の魔法陣でお屋敷の宝物庫に勝手に転送される仕組み。
あくまでもレオンハート製とする必要がある。
平民に作らせたところで理解できない反応のオンパレードだからな。アリシアにも作らせたが10回やって3回成功する難易度だ。まだまだ表に出すのは早い技術だと思う。
数は10台。
1台で日に10個は作るので、100個出来上がる仕組みだ。
ただしエコ式の魔道具といえど限界があり、魔石を媒介にさせてもらう。
個人使いなら特に問題ないが、貴族の事業とするならそれぐらいの投資は必要だと納得させ、週に一度の魔石の交換と点検を義務づけた。
材料を用意する場所は敷地内に置いた。
転送の魔法陣を活用しているので不備はない。
ここ数年、仕事を奪われ続けたメイドたちはようやくやりがいのある仕事ができて張り切っている。
素材はリビアの街の商人と連絡をつけて色をつけて買い取る事にした。
少しでも安定して入手できればいいし、商人に少しでもいい思いをさせてリビアの街に来る事のお得感を出してもらえればいいと思った。
現状の生産数はダイエットポーションが多めだ。
材料さえ揃えば数を増やすと申し付けてあるので、母さんも最近ご機嫌である。
痩せて綺麗になれば次に気になるのは肌年齢だ。
年々衰えて行く肌に鏡を見てはため息ばかりついている夫人に保水パックの魔力は恐ろしいほど心を掴んだらしい。
もはやその二つを持っていることこそがステータスとされ、今や美の最先端とされるのがレオンハート家の錬金術という位置付けだ。
そして上得意様に限り、詰め替え用のボトルサイズを用意した。
値段は張るが、なんの効果もない健康飲料を買い足すよりいくらかマシだ。特に上位貴族の金の使い道を迷ってる様な夫人は目の色を変えて飛びついた。
この手の人たちは加減が利かない。貧乏性の僕とは違ってドバッと入れたがる。効果を知れば10滴で抑えるが、なんでも豪快に使ってしまうらしい。
じゃあだったらお得パック作っちゃえばいいかと瓶を10倍にしたサイズを作った。流石にこれを普段使いには出来ないので使用人にでも詰め替えさせればいい、そう考えると瓶より落としても割れないプラスチックの方がいいのかも知れないが、未だそれに変わる材料が見つかってないので瓶で販売した。以上。
「凄いわトールちゃん! お母さんの想像以上よ!」
「母様はいつもそればかりですね」
少しだけムスッとしながら返す。
何せあれからというものの、毎日のように社交界で持ち上がる話題は僕の作ったポーションが持て囃されているというものばかりなのだ。
こちとら耳にタコができるほどに聞き飽きている。
「だって、嬉しいんですもの。娘の錬金術が認められて、今や錬金術師への風評被害も緩和されてきているのよ。全部トールちゃんのおかげだわ!」
ムギュッと抱きつかれた。
苦しいのでやめてほしい。
死因が胸による圧死とか勘弁してほしいものだ。
女であると自覚してからはこう、自分より大きい相手を見ると嫉妬しかしないんだ。
今はまだ同じくらいのアリシアやマリーがいるので平常心を保って居られるが、母さんのは目に毒なほど豊満だ。
「やめてくださいまし、危うく窒息するところでしたわ」
「あらごめんなさい。悪気はないのよ?」
本当に悪気がないから困る。
でも母さんはこういう人で、僕なんかを娘として引き取って守ってくれるありがたい存在だった。
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