第8話 見た目が見せる弊害<下>

「んで、街の女性たちが急にキラキラし出したわけか」

「そうなんだけどね。僕としては色々複雑なんだよ」


今日も朝からアルバイト、と言う名のタダ飯を食いに来ている。

最近は制服と称して可愛らしいブルーのワンピースを着させられ、すっかり看板娘として板についてきてしまった。


ただ食事しているだけならどんなに楽か。

アルバイト業なのでそれだけというわけにもいかず、軽い運動もしている。

それが、


「はい、お待たせしました。こちらがレッドチキンサンド、こちらがイエローチキンサンドになります」


スマイル込み込みの受け渡しだ。

受け取りにくるのは大概男で、紙袋を手渡しする際に手を触られたりする。

凄まじく身の毛がよだつ思いをさせられるが、まぁこの容姿だからこそ群がるわけだ。


流石に年齢が低く見られてるのでナンパ目的で声をかけてくる事はないが、それでもこうも群がられるとやはりいい気はしない。


「悪いなぁ、客足が伸びたのは良いんだが、手が足りなくなっちまってよ」

「まぁ僕としては良い運動になってるしありがたい事だよ。それで、あのクリームはどう?」

「おう、あれな。自分の赤切れが瞬く間に直ったのを知った同業の連中が、それを訝しんで貸したら返ってこない」

「ありゃりゃ」


それって使いまわされてるやつじゃないの?

まぁそのうち誰に借りたか割れて辿り着くか。

取り敢えずは様子見かな?


「それよか嬢ちゃん、領主様のお墨付きをもらったんだろう? こんなとこでアルバイトしてて良いのかよ?」


店主のヘイワードさんは顎髭をまとめて引っ張りながら、こちらを見やる。

どうやら僕がいつまでもこの店でアルバイトしている事に少し罪悪感があるらしい。


「良いの良いの。僕の商売は貴族に向けたものじゃないし、こうやって表に出る事で色んな人と顔をつなげることができるじゃない」

「打算ありって事か」

「そういう事。それに賄い付きでお給料もいい。最高のアルバイト先だよ」

「へ、嬢ちゃんならどこ行っても引く手数多だろうに」

「謙遜しなくていいよ。僕の汚れた見た目でも商品を売ってくれた。その心情を買ってるだけだから。見た目で追い払った所とは今後も関わり合いたくはないからね」

「確かにあの見た目じゃ門前払いする店は多いだろうな。汁物なんて扱ってる店は軒先で提供するだろう? だがウチは手渡して終わりだ。味に自信があるからこそ、来るもの拒まずってな?」


言うだけ言ってガハハと笑う。

全く、それだけじゃないだろうに。

門前払いする以前に会話だって交わしてくれた。

店として客を選ばない。そんな人物だからこそ、僕は気に入ったんだ。


「だね。運が良かった事を誇っていいよ」


ヘイワードさんは僕にとってはまさに拾う神だった。

僕の乞食の様な見た目で商品を売ってくれる人はぼったくりか、腕に自信のある人くらい。


前者は嫌悪感を露わにし、門前払い前提の高額で吹っかけてくる。


けれど後者は来るもの拒まずで気前がいい。もし自分の商品を買ってもらうならこういう人が好ましい。

何せ出来が異常だ。


プライドの高い貴族が見たら自信を失うほどに。

だから転売されたくない。

出来れば使って効果を見てクチコミして欲しかった。


僕は客を選ばない人を好むけど、僕は客を選びたい。

矛盾してるけど、僕は自分の力を良く知っているからこそ目立たずに生活したいと思っている。


強い力は混乱を招く。

それを使役してる人がより強い勘違いを生むと知っているからこそ僕は身分を冒険者から商人に鞍替えしたのだ。


ああ、どうして過去の僕は分不相応の力を求めてしまったのか。


前世で一度死んだ僕は、神と名乗る存在に小説の様なチーレム無双を願い、強すぎる力を持って平民に転生した。


与えられた肉体はハーレム要因として欲しがった女で、周囲の男に異様に好かれた。

違う、そうじゃないと何度願った事か。


しかし何年経とうとそれが覆されることはなかった。

男友達と思えば気のいい奴らだったし、見た目が幼いから色恋の関係には発展しなかった。


それに気を良くした僕はいっそ冒険者としてトップに立ってやろうと思った。


しかし魔法を扱えば扱うほど、髪は黄金に輝き、瞳には風の精霊と氷の精霊を宿すエメラルドグリーンが落とし込まれた。ポーションで変えているというのは真っ赤な嘘である。


それこそが歴代魔法使いを誇る貴族の象徴とされると知ったのはランクがAになった頃だったか。


暴れすぎたのが問題か、はたまたその容姿が問題か。

ランクSに昇格した際、貴族の子飼いにされた。


そして婚約を勝手に結ばれた。

向こうが勝手に勘違いしただけなのだが、僕の事を身分を偽った貴族令嬢だと思っているらしい。


僕の仲間は男だけだったが、貴族出身の者もいたので祝福された。けどそれは僕のことを思ってのことじゃなく、自分の家がその貴族との太い繋がりを持つためのものとして。

仲間だと思ってたやつに売られたことを実感して。


僕は逃げた。

遠い、誰も僕を知らないところに行って静かに暮らそうって。そう思った。


僕は力の使い方を間違えたんだ。

二度と同じ徹を踏まないぞと今は特に人付き合いを慎重にしている。


生憎と僕の顔は整っている。

男に好かれる呪いは、今のところ順調に回っている。

今までは見えない好意として現れていたけど、今は商売の客として僕の懐を潤わせてくれている。

職が変われば見え方も変わる物だ。


もっと早くこの呪いの扱い方を知れていれば。

いや、よそう。

今更過去には戻れない。そして王国にも、二度と帰るつもりはなかった。

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