第6話 貴族来訪
「えーと、流石に
僕の引きつった笑みに、伯爵さまは優雅に微笑む。
ほんと何をやっても様になる人だ。
「狭い場所ですがどうぞごゆっくりしてください」
女将さんが水を差し出した。
ちなみにこの水、ただの井戸水ではない。疲労回復ポーションを薄めて提供しているのだ。それをキンキンに冷やして提供している。こんな工夫も客寄せの一つとして行なっている。
「うん、おいしいね。それに馬車移動の疲れが見違えたよ。これもトール嬢のアイディアかな?」
「そうでございます」
女将さんが恭しく頭を下げる。
普段こんな態度僕にとったことないのにね。
「それとトール嬢、この前贈ったドレスはどうした?」
「流石に普段着とするには高級すぎます。汚れ仕事もこなすので、普段はこちらですね」
「ふむ、残念だ。メリアがまた君を我が家に招待したそうにしていたのだがね」
伯爵様からいただいたドレスは普段着で身につけるには派手すぎるので、マジックバックに保管してある。
売ってもよかったんだが、街の中は誘拐事件でやたらとピリピリしており、そんな時にドレスを売ろうものなら良からぬ噂を立てられる。
そんな理由でドレスはしまっていた。それよりもだ。
「ところで伯爵様」
「なんだい」
「お嬢様の行方は見つかったのですか?」
「あー……うん、あの子はね。どうも家出しているらしい。妻の構いすぎに嫌気が差したみたいでね。私とは腹違いの弟の所で匿っているらしく、近日中に帰すと手紙を受け取っているから心配しなくて良いよ」
やはり家出か。もしも自分の親がメリアさんみたいだったら僕も家出する自信あるな。
圧迫感がすごいのと、まな板の上の鯉のような脱力感がすごいもん。
「……だから僕なんかに構う暇が出来たわけですね?」
「そういう事。あとトール嬢、自分をあまり卑下するものではないよ。私もウチのメイド達も君の仕事には十分満足している」
「はい、申し訳ありません。なにぶん家族が多いもので、お前は役に立たないから出ていけと言われたのもありますし」
ここで少し泣く演技を入れておく。
こう言う時は目薬って最高のアイテムだよな。
伯爵様はこちらに聞こえるように歯軋りをしていた。
効果は抜群だ。
「その親御さんにはきっと近い将来バチが当たるだろう、こんな優秀な令嬢を廃嫡したりして。私には到底考えられない」
伯爵様はまるで自分の事のように僕の捏造した話を鵜呑みにしている。チョロいと言うか、ちょっと心配。
こんなに騙されやすい人が街の領主様で良いんだろうか?
「あの、大丈夫ですから」
ギュッと抱きしめられた手の拘束を振り解き、笑顔で振り向く。
「今ポーションを持って来てしまいますね?」
「ああ、任せるよ」
なんか自分の部屋に戻るまで、ずっと心臓が痛かった。
なんだろう、これ。
不幸には慣れっこのはずなのに。
「お待たせしました。こちらが疲労回復ポーションが一週間分。それを薄めた新商品を試供品として差し上げます」
「ふむ、どうして薄めたものを試供品としてくれるのかね?」
「それは僕のポーションは日常使いするには効きすぎるからです。ヒントは常連さんになってくれた宿泊客さんからですけど、本来のポーションだと効果が強すぎて、気軽に飲むならもっと薄くていいと言う声を頂きました」
「それがこれか」
伯爵様はその説明だけで先ほど手渡された水の中身を見抜いていた。
「はい。ただの水でも、数滴垂らすだけで気分を爽快にしてくれます。家を守る彼女達の仕事は僕なんかには想像もつきませんが、こんな事でお役に立てるならばと試作を作った次第です」
すると伯爵様は目頭を熱くさせながら僕の手をガシッと握って来た。
「トール嬢!」
「はひゃい!?」
痛い、痛い、痛いって。
なんつー力で握り締めてるんだよ。
変な声が出たし、きっと顔も赤くなってる。
主に怒りで。
「君の様な機微に聡い錬金術師は初めて見る。使う人の気持ちにまで目を行き届かせて、私は今とても感動している」
「そんな、大袈裟ですよ」
「大袈裟なものか。試供品などではなく全て買い付けておくよ。あとで家令を送って寄越す。生憎と持ち合わせはなくてね。支払いは後からになってしまうが構わないかな?」
「はい、はい。それは勿論のことです。僕の方もある程度数を作り出すのに時間を頂きたいので、それでよろしいですか?」
「そう言えば全てトール嬢の手作りか」
「はい。普段売りの分は寝る前にちょちょいと作れるんですが、注文料が多い時は前もって大量に作っておくんです。そして今回の発注量ですと、10~30は明日にでも納品できますが、100となると素材の兼ね合いもありますし、数日こもって漸くといった所です。もっと一度にたくさん作れたら良いんですけど、まだまだ駆け出しなので」
あくまで数は作れないと言い訳をしておく。
実は大量に作れるけど、ここで二つ返事で了解しようものなら忙殺される未来が見える。
僕はポーションで食べていけたら良いなと思っているけど、広く浅く売れたらそれで満足なのだ。伯爵様御用達とかは要らないのだ。
ビバ、平民ライフ。
「分かった。確かにあれほどの品だ。こちらも無理強いするようで悪かったね。少し打ち合わせをしてくるよ。それとこの試供品は持って帰っても?」
「はい、現液を作って薄めるだけなので数だけはたくさんできますので、どうぞお持ち帰りください。それと夫人にいくつか新商品のご案内がございます」
「ふむ、妻にもか。至れり尽くせりで頭が上がらないな」
「女は生まれてすぐに女でございます。そんな女が求めるものは何か? 同じ女であれば手に取るように分かるものです」
「それは心強い。無事に届けて見せよう」
「ご贔屓にしていただければ幸いです」
パンフレットを封入した手紙を預け、伯爵様はホクホク顔で屋敷に帰った。
そのあとはやっぱり騒ぎがあって。
どうしてこんな寂れた宿屋に伯爵様が来たんだと言うことになり、そこでようやく宿泊客の僕が鳴り物入りの商人だと判明。
取り扱ってるのはポーションだけど、飲むだけで疲れが吹っ飛ぶんだよと毎日飲み続けてる女将さんが笑顔で殺到する住人に対応していた。
薄めたポーションドリンクそのものは宿泊客に振る舞うサービスなので、直接販売して無いことを言うと、あっという間に宿は満室になった。
飲んでみた人は普通の水とこぼす。けれど飲んだあとは気分がスッキリする。冒険者も筋肉痛が和らいで出がけに一杯なんかが通例になりつつある。
元々サービスの良さが売りだった店は、新しいサービスを経て新しく羽ばたこうとしていた。
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