第97話 ショウマのいない迷宮都市その4

「王子様の順番はまだなのかい」

「午前中のクライマックスですから、

 多分昼前くらいになると思いますよ」


女冒険者カトレアと組合の受付アヤメだ。

収穫祭の三日間、冒険者組合は休む訳じゃない。

でも冒険者達はほとんどお祭りに参加。

本来の組合の用事は少ない。

キキョウ主任なんかは収穫祭の裏方としての用事に駆り出されてるが、アヤメ達一般の職員はヒマだ。

最低限の人員が当番で交替出勤。

他の人はお休みで祭りを楽しんでる。

アヤメは昨日当番をこなした。

今日、明日は収穫祭を楽しめる。


収穫祭二日目、目玉はパレードだ。

特に午前中は冒険者が呼ばれて盛り上がる。

午後になるとお偉いさんや貴族連中、組合の役員とか。

そんなの誰が見たがるんだろう。


アヤメは普段から冒険者組合の受付だ。

冒険者とは間近で会ってるので冒険者のパレードもそんなに興味ない。

けど今回は西方神聖王国のレオン王子がいると言う。

ミーハー心がうずく。


後はジョウマ大司教。

“迷う霊魂”を倒したと噂の冒険者。

アヤメから見ると明らかに胡散臭い。

それが本当なら組合に言ってきてるだろう。

あくまで酒場のウワサ。

本人が言ってるだけなのだ。



「おっ、誰か来たみたいだ」


カトレアさんが言う。

確かに大通りに群がった人たちが騒いでる。

足を踏み鳴らして、指笛を鳴らしてる。


「あれは『誇り高き熊』のリーダー?!」

「ああ、そうだ。

 クラス:ハンドレッドベアー、ビャクランだな。

 あいつ、あんなに人気あったのか」


お立ち台のある馬車が通り過ぎていく。

馬は白馬、台車は飾り付けられ旗も立っている。

旗には『誇り高き熊』の文字。

中央に立つのは重そうな鉄鎧に身を包んだ戦士達。

『誇り高き熊』は重戦士を中心としたチームなのだ。


「うわー、全員重そうですね」


チームの主だった人間が来ているのだろう。

4人程度だが、それでも暑苦しそうな鉄鎧を皆着こんでいる。

他の馬車よりぎゅうぎゅう詰め感がスゴイ。

アヤメだったら着て歩く事もつらそうな鉄鎧。

歩くどころか立ち上がる事も出来ないかも。


「暑苦しい連中だよ」


カトレアはちょっぴり面白くない。

『誇り高き熊』の連中が持て囃されるんならウチだって。

実力だって、知名度だって『花鳥風月』が負けてるとは思わないのだ。


「チェッ。

 パレードの話はなんでウチらには来ないんだろうね」

「エエッ、カトレアさん。

 『花鳥風月』にパレード参加して欲しくないワケ無いじゃ無いですか。

 毎年、要請してますよ」


「そうなのか?

 でもウチ聞いたコトないよ」

「毎年、キョウゲツさんが即座に断ってるって聞きますよ…

 アッ。ゴメンナサイ」


アヤメは話に夢中で人にぶつかってしまったのだ。


「いいえ、

 こちらこそ失礼しました」


そう言って女性は去って行く。

なんだかお洒落な雰囲気の女性。

黒いドレスに白いレースのタイツ。

胸元には赤い蝶ネクタイ。

あれは最近流行ってるメイドスタイルの改造版?

最近迷宮都市の食堂、酒場ではメイドスタイルが流行っている。

メイドスタイルの女性が働いてる店に客が押し寄せるというので、どの店も真似しだしてるのだ。

黒いシックなドレスと白い可愛いエプロンの組み合わせ。

確かにステキ。

ミッシェルガンヒポポタマスというお店が売りだしたらしい。

アヤメもそのお店に行ってみた。

普通の服がカラフルに染められて、どれもカワイイ。

値段もリーズナブル。

お気に入りの店になってしまいそう。


「今の人…」

「どうしました、カトレアさん」


「うん、今アヤメがぶつかった人。

 誰かに似てる気がしたんだ」

「知り合いですか?」


「ううん、それが思い出せなくて。

 おかしいな、ウチ美人の顔はけっこう覚えてるんだけど。

 あの背の高さと体形。

 キビキビした歩き方。

 つい最近見た気がするんだけどな」


アヤメにぶつかった黒いドレスの女性は早足で歩いていく。

急がないと。

まとまった空き時間が取れるのは今日の午前だけ。

他の連中はパレードに参加。

バレずに行動できるチャンスなのだ。


パレードはまた騒がしい声が上がってる。


「アレかー。

 ジョウマとか言うの」

「大地の神は父さんだよ教団の…」


「あの人知ってますよ。

 アタシがチーム名登録しましたもの」

「フーン。

 そうなのか」


「あの人が“迷う霊魂”を倒したって、

 ホントウなんですか」

「いやー、多分フカシだよ。

 フカシ」


「フカシ?…

 って何ですか」

「良く居るんだよ。

 酒場でウェイトレスさんにいいとこ見せようと思って。

 オレあの魔獣何匹も倒してるぜ。

 一階に魔獣が出なくなったのは俺達が倒しすぎたからなんだぜ。

 みたいな適当な事を吹かすヤツ。

 酒の上のイキオイってヤツだな」


「なるほど。

 男ってバカですね」


寝言言ってんじゃねぇよ。

普通ならそのヒトコトで済む話だ。

今回そのヒトコトで済まないのは相手がお偉いさんだからだ。

ジョウマ大司教。

大地の神は父さんだよ教団の大司教なのだ。

誰もが胡散臭いと思っても、気軽に寝言は寝てから言えとは言えない。


そう思って見ると群衆の反応も先程とは少し違う。

指笛や歓声の中にブーイングも混じってるのだ。

腕を上げて、親指を下に向けてる人もいる。


「大司教ってのが良く分かんないんだよな。

 どのくらい偉いんだ?

 聖女様より偉いのか?」


カトレアさんが聞いてくるけど、アヤメだってそんなの知らない。


「うーん。

 響きだけ聞くと偉そうですけど。

 聖女様はそういった役職とか階位とはまた違ったモノだと思いますよ」


馬車がアヤメ達に近付いてきてよく見える。

上半身ハダカの男達。

筋肉を誇示するポージングをしてるのだ。

大司教に至っては、下半身まで股間に白い布を巻いただけ。

足の筋肉を見せつけ、胸の筋肉をヒクヒクさせてる。


アヤメは目をそらす。

わいせつ物陳列罪に当たらないのか。

パレードは女の子だって見に来てる。

少なくとも危険物が通りますよ。

そのくらいの案内は出すべきじゃ無いの。


「適当にフカシたあげく、

 ウワサが大きくなりすぎたんじゃねーの

 今頃、本人たちも困惑してたりしてなー」


カトレアさんはそういうけど、あの気持ち悪い男どもにそんな細やかな精神有りそうに無い。

絶対アイツら何も考えてない。



そうでもない。

大司教の御付きの二人。

腕の筋肉を観客にアピールしてる男。

背中の筋肉を動かして見せる男。

その二人は実は困惑していた。


指令だったのだ。

大地の神は父さんだよ教団本部からの。

教徒を増やせ。

迷宮都市は自由都市。

母なる海の女神教団の影響も少ない。

何の教徒でも無い人間が大勢いる穴場だ。

そう言われて来てみたモノの何の成果も無い。

そこで聞きつけたのがチーム『天翔ける馬』

“迷う霊魂”を倒したと言う冒険者。

どちらも正体不明だと言う。


チーム名を『天駆ける馬』にしてみよう。

“迷う霊魂”を倒したのは我々です。

そんなウワサを流してみよう。

もしも本物が出てきたら。

すいません、カンチガイでした。

謝ればいい。

注目を浴びれば入団する者もいるだろう。

その位のつもりだったのだ。

ところがアレヨアレヨとウワサは広まってしまった。

しかもである。

何を勘違いしたのか。

パレード参加要請を大司教は受けてしまった。


男の一人が上腕二頭筋と前腕屈筋を浮かび上がらせる。

筋肉が言っている。

「「おい、話が大きくなりすぎてしまった。マズくないか」」

もう一人の最長筋が凹み、そして浮き上がる。

その筋肉の言葉を男は読み取る。

「「マズい。大司教様がまさかパレード参加を受けてしまうとは」」


筋肉会話である。

男達は筋肉を動かし、お互いの意思を伝達しているのだ

日々、筋肉と向き合って来た者だけが可能な芸当であった。


「「大司教様なんだが、おかしくないか」」

「「自分もそう思う。酒場で作り話をしてるウチに自分自身も“迷う霊魂”を倒したような気になってるのでは」」


男が腹直筋を凹ませ、盛り上げる。

外腹斜筋も反応する。

もう一人は僧坊筋と広背筋が反応する。


「「オマエもそう感じたか。実はオレもそう思っていた」」

「「ウム。造り話はドンドン エスカレートしていくしな」」


男達の努力はそれとして細かく聞きたくは無い者も多いだろう。

これ以上は詳しく書くのを止めておこう。


「「そうなのだ。この間は入団希望者に十数体の“迷う霊魂”を千切っては投げして全員一人で倒したと言っておられた」」

「「ムゥ、大司教もお年だ。少し脳の働きが鈍くなっておられるのでは」」


「「これはバレた場合、犯罪になってしまうのでは」」


入団希望者が既に来ているのだ。

入団料こそ無いが、大地の神への供物は貰っている。

そして、教徒には訓練参加が必須なのだ。

訓練に参加した者からは指導料を取っているのである。


「「ううーん。どうしたものか…」」


男達はポージングをしながら悩んでいる。



「カトレアさん!

 大丈夫ですか?」


アヤメの隣で舌打ちしながら教団の男達を見ていたカトレア。

そのカトレアがいきなりフラッとしたのだ。


「ウウッ。

 筋肉が、筋肉が会話してる…

 大司教様が…」


カトレアさんは筋肉がどうとか言いながら目を回してる。

アレを見すぎたんだ。

おかしくなっても何の不思議もない。

アヤメは早いうちから目を逸らしておいて良かった。



【次回予告】

西方神聖王国迷宮冒険者部隊。

リーダーは聖戦士レオン。王国の第一王子。

他にも有名な者は居る。王子の懐刀、ブルーヴァイオレット。長い刀身のエストックを使うと言われてる。貴族にして王子の忠臣、重戦士のクレイトス。素性は知られていないが若手の軽戦士メナンデロス。小刀を持ち、弓も使う。斥候としての能力も有ると言う。

「うわっ、クレイトスさん。急に動かないでくださいよ。ジャマっすよ」

「うるさい。パレードに参加してるのだ。ワシとて、民草にアピールをせねば…」

次回、クレイトス立つ。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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