第86話 イタチその2

「イタチは“埋葬狼”に攫われたですよね。どうやって助かったんですか。教えてくださいですよ」

それは。

それは教えられない。

相手が少女でも。

「そうですか。でイタチはどうしたんでしたっけ。運び人になってしまったけれど、徐々にLVを上げたんでしょう。今は戦士のリーダー格なんですよね。実力を上げて村の人達を見返したですか」

いや。

事件が起きたんだった。

何だったかな。

村の立場なんてどうでも良くなった。


何故なのか。

イタチは助けに来たはずだった。

ありがとう。

イタチが助けてくれると思ってた。

そう言われるはずだった。

なのに。

彼女の口から出た言葉は。

バケモノ。

マジュウ。

タスケテ。

何故なんだ。


イタチは村での役割を得つつあった。

ベオグレイドで『野獣の森』のドロップ品を売るのだ。

替わりに街でしか手に入らない物を買ってくる。

例えば、薬、嗜好品、武器も必要だ。

防具は手に入る毛皮から作る鎧でもいい。

しかし、武器はそうもいかない。

剣にしり槍にしろ、使えば傷んでくるのだ。

イタチは読み書きも出来るし、計算も出来る。

適任だ。


イタチは街にツテが有るらしい。

アイツが行くと有利に売買できる。

そんなウワサも立った。

ツテなど無かった。

イタチはドロップ品を隠して持ち込んだだけだ。

『収納』

袖のポケットに品物を隠す。

門番の兵士は気づかない。

持ち出す時も同じ事。

武器も、金も全て隠す。

何も持ってない亜人からは税金をむしり取れはしない。

替わりに兵士に小突き回されはしたもののそんな事には慣れている。


ツテなど無かった。

最初は。

徐々にイタチは街に慣れていく。

普通の店に亜人が物を持ち込んではいられない。

買い取り価格はおそろしく低くなる。

旅商人に声をかける。

闇市に出入りする。

布の服に着替える事にした。

革鎧や獣の革を着ていては亜人扱いされる。

布の紳士服に着替えてしまえばいいのだ。


イタチは街に馴染んでいった。

金は手に入った。

ドロップ品を商人に売るだけ。

村の連中にはイタチがどれだけのドロップ品を幾らで売っているのか、分かるヤツはいないのだ。

村の亜人が普通に街で売買した時手に入る必要品を少し上回る量を持っていけばいいだけ。

村に入れる品物の3倍以上の金をイタチが懐に入れているとは誰も気づかない。

村の連中はイタチに感謝すらした。

コイツラはアホウどもなのだ。

イタチに喰われるためだけにいる存在だ。

イタチが良心の呵責に苛まされる事は無い。

何故なら彼はすべき事をしているのだ。


服を上等の物に替える。

金は有るのだ。

上等な服に身を包んでしまえば彼の正体を疑う者はいなくなる。

誰も彼を亜人とは思わない。

そう、イタチは亜人では無いのだ。

それに気付く者はいない。

彼の正体は魔獣なのだ。

女の子がそう言ったではないか。


「イタチやったな」

キバトラが言う。

すでにコイツは戦士達のリーダー格になっている。

「戦士の職業がついたんだろ、聞いたぜ」

そう。

イタチはとっくにLV10を越えている。

職業も戦士を取得していた。

「いつの間にそんなにLVを上げたんだ」

「まぁいろいろな。オレなりに工夫したんだ」

キバトラは笑う。

何も考えてない笑い顔。

ムカツく笑いだ。

「あの事があってオマエ、魔獣と戦えなくなっていたろう。

 克服したんだな、イタチ」

あの事。

あの事ってなんだったかな?

「オマエの隣の家の女の子が“埋葬狼”に攫われただろう」


「イタチは女の子を助けに行ったんでしょう?」

少女が言う。

そうかもしれない。

でも今となってはどうでもいい。

もしかしたら俺が攫って行ったのかも。

だってオンナノコがそう言った。

俺は魔獣だと。

アタシを攫ってどうするつもりなのと

そうこの場所だった。

“埋葬狼”の巣。

目の前にいる少女は続ける。

「ああ。助けに行ったのに分かってくれなかったんですね。

 イタチ、それでアナタは…」

違う。

俺は元々魔獣だった。

人間を喰らうモノ。

それが俺の正体だった。 


イタチは徐々に怪しげな店に出入りする。

脛に傷持つ商人と酒の出る場所で話すのだ。

イタチは背が伸びていた。

横幅はキバトラにはかなわない。

しかし背の高さでは引けを取らない。

実際の年齢よりも高く見られた。


取引相手の男と女のいる店に行く。

イタチはまだ経験が無かった。

そんな事はおくびにも出さない。

連れの男がニヤつきながら女を連れて2階に上がっていく。

イタチも真似て行動する。

適当に女を選ぶ。


イタチは緊張していたが上手くやった。

初めてとは思われなかった筈だ。

期待したほど面白いモノでも無かった。

もっと何か夢中になれるものかと思っていたのだ。

女の身体なんてこんなものか。


女は既に寝ている。

イタチの隣で寝息を立てている。

何かが聞こえる気がする。

どこかで嬌声。

男と女の声。

媚の混じった声。

そんなモノには興味が無い。

イタチの耳が捉えたのは悲鳴。

泣き声。

少しばかり乱暴な男が荒っぽいプレイをした。

それだけでは無い気がする。


「攫われた女が店にいたですか。亜人だったんですか。帝国の法律で人間は売買できない。だけど亜人を売買してはいけないとは書かれていないですか。それはまた強引な解釈というモノですよ」


その店は地下が有った。

一部の人間にしか公開していない。

特殊な趣味を持ち通常より高い金額を払える客だけ。

女を奴隷扱いして好きなように嬲る。

金のためなら何でもやる娼婦でも嫌がる行為を強制的に出来るのだ。

本来なら手が出せない年齢の女を自由にする。

普通の女が雇われているのではない。

攫われてきた存在。


「俺は女を傷めつけ過ぎちまうんだ。

 そういうコトが許されるって聞いて来たぜ」

イタチは金とツテで地下に客として行った。


いたのは想像した通り亜人の女性。

猫のような耳、尻尾もある。

金色の瞳。

一目で亜人とバレる。

隠して街を歩くのは無理だろう。

鎖につながれている。


「亜人の女に地下で会ったんでしょう。イタチはその女性をどうしたですか。助けたんですか」

助ける?

何故俺が亜人の女を助けなきゃイケナイ。

そんなつもりは毛頭ない。

俺は亜人を、人間を喰らう存在。

魔獣なのに。


一緒に逃げ出そう。

亜人の女性は首を横に振った。

アンタは亜人かもしれない。

でもオトコだ。

オトコは信じない。

そら。

アンタもアタシをムチで打てばいい。

そのために来たんだろ。


鎖を外しても女性は逃げることが出来ない。

足の腱が切られている。

まともに立ち上がる事も出来なかった。


女性はおかしかった。

挑発的にイタチを詰ったかと思うと泣きだす。


イヤだぁ。

助けて。

許してください。

お願いします。

何でもします。


いきなり、イタチに許しを請い涙をこぼす。

かと思うとイタチにキスをして股間に手を伸ばす。


ああダンナサマ。

これでいいですか。

もっと強くしましょうか。

優しくですか。


あさましい姿だ。

いや。

そんな事を言うべきではない。

女性が今までどんな仕打ちを受けて来たのか。

それが分かる。

どうしたら彼女を救えるのか。

そうイタチは考える。

そう考えるけれど思考は進まない。

心はまとまらない。


何よりイタチの身体が反応している。

この女を犯せと。

今までどんな目に会って来たか知らないがもっとヒドイ目に遭わせてやれと。

俺は女に絶望を与える存在なのだと証明してやれ。


気が付いたら女は抜け殻のようになっていた。

ケダモノ。

イタチの事を何度もそう言っていた。

自分が本来の姿になったのだ。

本来の姿で女性を蹂躙し尽くした。

普通に女性を抱いたときには得る事が出来なかった悦びに夢中になった。

怯える女性を、痛がる女性を見て悦ぶ。

それがイタチの本来の姿だ。


そうだ。

あの時。

“埋葬狼”の巣に連れ去られた時。

自分は本来の姿を取り戻した。

四つ足のケダモノ。

魔獣。

それがイタチだ。


おいおい、痛めつけ過ぎだぜ。

あの女もう他の客に出せない。

どう責任を取ってくれるんだ。

そう言った店の男。

イタチは言った。

女を連れて来ればいいだろう。

女を攫ってきてやるよ。

若い亜人の娘を。



「イタチは四つ足の獣になったんですね。でも魔獣なんですか? それがイタチの正体? うーん」


なんだ。

何を言ってる。

俺は四つ足のケダモノになって『野獣の森』から逃げ出した。

自分以外の魔獣の気配が分かった。

それらを注意深く避けて村へと必死で逃げ帰ったのだ。

亜人の子供が『野獣の森』の奥から一人で生きて帰れるはずはない。

俺が魔獣だと言う証拠だ。


「………」


オンナノコもそう言った。

攫われたオンナノコ。

“埋葬狼”に攫われたのだ。

村の人間は全員諦めた。

『野獣の森』の奥に攫われたのだ。

助ける方法は無い。

もう死んでいる。

みんなそう言った。

イタチは知っている。

イタチだけが知っている。

生き延びたモノがいる事を。

自分なら助けられるかもしれない。

そう思った。

まだ分かっていなかったのだ。

自分の正体を。


オンナノコが教えてくれた。

イタチの姿を見て。

ケダモノ。

マジュウ。

そう呼んだ。

タスケテ、キバトラ。

何故なんだ。

何故その名を呼ぶ。


気が付いたらオンナノコは死んでいた。

魔獣が嬲り殺したのだ。


それでいい。

イタチは正しい行動をしたのだ。

イタチは魔獣なのだから。

人を嬲る。

喰らい殺す。

それが正しい行いなのだ。


そう気が付けば世界はイタチの前に正しくあった。

イタチがいるのは亜人の村。

イタチが本当は魔獣だと気が付かないアホウばかりの村。

若い娘を攫って売り飛ばす。

イタチが本来の姿になってオオカミの獣毛を残す。

みんな“埋葬狼”がやったのだと思うのだ。

『野獣の森』を通ってベオグレイドへの道に出る。

後は収納を使って街の店に運び込む。

イタチは魔獣なのだ。

人間達を欺き、亜人を売り飛ばし金を手に入れる。

これは正しい行動だ。


「うーん。やっぱりイタチは魔獣じゃないと思いますよ」

なんだと。

何を言ってる。

この女は。

俺に向かって。

四本足のケダモノに向かって。

今にもお前を、少女を食い殺すかもしれない、そんな俺に向かって何を言っているのだ。



【次回予告】

脱がさなくても回復魔法使えばいいじゃん。でももうほとんど脱がしてしまったし、傷がどうなってるのか良くわからない。とりあえず傷だけは確認しよう。なんだかやたらしつこくサラシが巻かれてる。ただでさえ小柄な体だけど、それもサラシが巻かれた上でなのだ。徐々に肌色が見えてくる。脱がしてみると見えていた以上に小柄で細い体。………?!胸がある。

「殺しちゃおうかな」

次回、ショウマは殺意を抱く。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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