第35話  五日目転章

ブルーヴァイオレット。

彼女は貴族の一員だ。

西方神聖王国の辺境貴族、その三女。

辺境貴族、それも三女となると生活は保障されてない。

父親は彼女を政略結婚に使うつもりだ。

それを知ってブルーヴァイオレットはとっとと進路を決めた。

兵士になったのだ。

軍学校に入学、トップクラスの成績を叩き出した。

軍学校卒業の貴族とくれば、三士もニ士も一士もパス。

いきなり士長になれる。

そのまま辺境の小隊長になる。

そういう予定だった。

現在国同士の戦争が起きる可能性は低い。

平和に辺境の砦で過ごせる。

そのまま退役して年金をもらって暮らす。

そういう人生設計だったのだ。

なのになぜ今自分はこんなところにいるのだろう。

西方神聖王国の首都スクーピジェ。

その第一王城。

王国親衛隊隊長室。

そこに彼女は居る。

はぁーっ

タメ息をもらす。


「ダメだよ。ブルー。

 タメ息をつくたび幸せが逃げていくっていうよ」


ブルーヴァイオレットはびくんと背筋を跳ね上げる。

ここは親衛隊隊長室。

ついさっきまで自分一人しか部屋には居なかった。

こんなマネが出来るのは…


「聞いたかい聞いたかい聞いたかい。

 ブルー、さっきの緊急連絡を。

 聞いたよね、もちろん聞いたよね」

「レオン様、何処から入ったんですか?

 扉には鍵がかかってた筈です」


「新しいダンジョン新しいダンジョン新しいダンジョン。

 どんなところなんだろう。どんな敵がいるのかな。

 強いの?弱いの?」

「今日こそはお答えください。

 レオン様と言えども自分の部屋の鍵をお持ちなのなら返却していただきたい」


「『竜の塔』と言ってた。『竜の塔』『竜の塔』『竜の塔』

 って事は当然竜が住んでるのかな?

 どう思う。ブルー」

「…分かりません。

 その件は地下迷宮の冒険者組合に問い合わせました。

 知る限りの情報をよこすように伝えてあります」


目の前の金髪の青年はブルーヴァイオレットの言う事をまったく聞いていない。

いつもの事だ。

諦めるしかない。

宮使えの悲哀である。


「地下迷宮、地下迷宮地下迷宮の冒険者。

 その中には地下迷宮6階の特定ボス魔獣を倒したモノがいるんだよね」

「はい。

 まだ誰かは分かっていません。

 それも調べさせています」


「気になるな、気になるな気になるなぁ。

 という訳で僕は地下迷宮に行くことにするよ」

「はい?」


「『地下迷宮』が『地底大迷宮』になったんだろう。

 そこの探索もしてくる。

 という事でブルーついてきて。

 今日にも出かけるよ」

「レオン様!私は今日は行けません!

 アナタもです」


もしもブルーヴァイオレットが諦めるしかない、などと心の中で呟いてると目の前の青年が知ったなら言ったであろう。

良く言えるね、良く言えるね良く言えるね。

彼に言わせれば、自分の言う事を聞かないただ一人の人間なのだ。

さらに自分に言う事を聞かせるただ一人の人間でもある。



「どうしても、どうしてもどうしても?」

「はい。ダメです」


「僕がこんなに頼んでもダメ?」

「二日後に弟君の誕生パーティーが有ります。

 そしてパレードも。

 これだけは外せません」


「おとうと…5男か。

 別に向こうは僕に出て欲しいとは思ってないんじゃない」


「出席しなければ口さがない貴族たちに何を言われるか」

「出席しても貴族たちは何か言うさ」


「5男のアリスト様は賢明な方です。

 仲間に取り込みましょう」

「仲間ね」


ブルーヴァイオレットは続ける。


「王族にも二種類のタイプがいます。

 太陽とその周りをまわる衛星です」


「レオン様。

 アナタと一緒に行動すれば、

 誰が太陽で、誰が衛星か。

 アリスト様はきっとお分かりになるでしょう」


西方神聖王国王族親衛隊隊長ブルーヴァイオレット。

彼女は西方神聖王国第一王子にそう言った。

第一王子の名はレオン。

太陽の王子、そう呼ばれている。






ショウマ一行は帰路に着いた。

ショウマ、ケロ子、みみっくちゃん、ハチ子、ハチ美の5人。

『大樹』の根元に行く。

そこには下へ向かう階段が出来ていた。


『大樹』のウロの正面辺り、石造りの場所が出来ている。

そこに階段が有るのだ。


「いつの間に。

 突貫工事?」


少し下層が気になるショウマ。

でも今日は働いた。

働き過ぎた。

残業はよろしくない。

ほっとけば誰か調べてくれるよ。

もう帰ろう。


『大樹』の中の空間は以前より通りやすくなってる気がする。

少し前通った時はメチャクチャだったのだ。

一人通るにもせまい場所、飛び降りなければいけない場所。

今は普通に通路になっている。

それでもショウマが昇っていくにはキツイ。

ハチ美に抱えられて宙を飛んでいく。


来た時に通った道がある。

4階の広間に出る道、商人さんの案内で通ったのだ。

その道をを通り過ぎる。

さらに上に登っていけそうなのだ。



暗がりだ。

迷宮の暗闇。

『明かり』

光の玉が照らしてる。

先頭はハチ子。

そしてハチ美、抱えられたショウマ。

大樹から出るハチ子。

これ以上は上に行けそうもない。

先端に近付いたのだろう。

通路が細くなっている。

外はボロ布が吊ってある。

生活臭のある空間。

見たことがある気がする場所。


「ここ、こないだのサンバカーニバル会場?」


2階の“屍食鬼”の隠れ家だ。

その中へショウマ達は出たのだ。


「グッグッ!グッグッ」

「グッグッ」


隠れ家の奥から光の玉が現れた。

隠れ家にいた“屍食鬼”は大慌てだ。

暗闇がいきなり光の玉で照らされたのだ。

しかも冒険者らしきニンゲンが数人出てくる。

逃げようとする者。

棍棒を持ち攻撃する者。


「ハチ子、ハチ美。

 経験値ゲット」


「はい。王よ。必ず仕留めてみせる」

「仕留めて見せます」


ショウマはハチ子、ハチ美にまかせようとする。

結局“迷う霊魂”戦では二人に経験値は入らなかった。

ショウマ、ケロ子、みみっくちゃんはLVアップしている。


槍を構えたハチ子。

“屍食鬼”は3体いた。

棍棒を持ちハチ子に向かってくる1体。

ハチ子は慌てない。

槍の方がリーチが長いのだ。

魔獣に向かって突き出すだけでいい。

槍の剣先が“屍食鬼”の胸元を貫く。

ハチ子を襲おうとする別の“屍食鬼”。

ハチ美の矢が刺さる。

“屍食鬼”の後頭部まで矢が通る。

一瞬で絶命しただろう。

“屍食鬼”の胴体から槍を抜くハチ子。

もう1体は逃げようとしている。

逃げようとした方向へ矢が飛ぶ。

ハチ美の牽制だ。

動きを止めた“屍食鬼”

その身体にハチ子の槍が刺さる。


『LVが上がった』

『ハチコは冒険者LVがLV4からLV5になった』

『ハチミは冒険者LVがLV4からLV5になった』


やっぱり強いな

ショウマは思う。

あっという間に3体倒してる。

4階で“石巨人”に苦戦していた。

あれは“石巨人”が強敵だったのだ。

4階まで降りたのだ。

徐々に魔獣が強くなっていたのだろう。


「やったねっ。ハチ子ちゃんっハチ美ちゃんっ」


「うむ、ケロ子殿」

「はい、ケロ子殿」



壁をケロ子が壊して破る。

前に壁を壊したのは一昨日だったか。

“屍食鬼”が直したのか。

石で出来ていたら、簡単に壊せなかっただろう。

石と砂、木片、木クズそんな材料がニカワのような物で張り合わせてある。

通路側からは壊れた跡が分からない様になってた。

暗い迷宮だ。

普通の石壁のように見える。

それを今また破壊したのだ。


「この辺の壁もっと壊しちゃってよ」




『舞い踊る業火』

 


ショウマは“屍食鬼”の隠れ家内を燃やし尽くす。

吊ってあった腐った肉だのボロ布が燃え尽きる。

後に残ったのは『大樹』への入り口だ。


「しつこい“屍食鬼”は元から絶たなきゃダメ、

 みたいな」


「ついでだね。

 みみっくちゃん、

 『6階への近道』

 って立て札でもしておいて」


「ご主人様、抜け道バラしちゃっていいんですか。ご主人様の事です。隠匿しておいて自分だけ使う気かと思ったですよ」


うーん

バラシて何か損が有ったっけ

特に思い当たらないや


「いーよ」


2階に降りてきたら一本道だ。

その途中に元“屍食鬼”の隠れ家がある。

降りてきてすぐそこの場所である。

冒険者が降りてきたら、誰でも分かるだろう。


別にショウマは他の冒険者の事を思いやってるワケじゃない。

自分が面倒くさいのだ。

“屍食鬼”がまた湧いたり、壁が出来たらメンドイじゃん。

こうしておけば、

誰か“屍食鬼”退治してくれるんじゃね、みたいな

というワケだ。


2階の通路に出たショウマ一行。

ここまで来ればもう1階の湖まですぐそこだ。



「おお、さすが王の土地、風光明媚なところだ」

「風光明媚なところです」


「うん?」

「明るいですっ」


ショウマは一階の湖で首をかしげる。

何かおかしいな。

ケロ子の言う通り明るい。


湖の周りはもっと暗かったと思う。

暗闇に湖が広がり、恐ろしくも幻想的な風景だった。

今2階から上がってきてみると明るいのだ。

何処かから日光が入ってきている?

湖が明るく煌めいている。


まぁいいか

暗くなったんなら不便だけど、明るくなる分には文句はない。

そうだ

明るくなったんなら、アレ見つけられないかな


「ハチ子、ハチ美。敵の気配しない?」


「王よ。近くに魔獣はいません」

「王よ。気配はしないのです」


「大きい黒い鳥いない?

 アレならお金になるし、

 ハチ子とハチ美の経験値にもピッタリだと思ったんだけどな」


「大きい魔獣…王よ。大きい魔獣どころかこの近辺には一切魔獣の気配がありません」

「魔獣の気配が無いのです」


あれ

黒い鳥はともかく、“毒蛙”すらいないって事?

あれれ


ショウマは不審な物を感じつつも家に帰る。

今日は働き過ぎだよね

働き方改革に違反しちゃうよ

都合よい時だけ、法律を持ち出すショウマだ。




【次回予告】

母なる海の女神教団。大陸最大の教団だ。西方から東方広く大きな街には必ずと言っていいほどその神殿がある。

必要なのだ。母なる海の女神教団は癒しと回復の力を持つ。

誰でも怪我はする。いつかは病気になる。教団を無視する事は出来ない。

「失礼します。三級神官カリン、入ります」

次回、聖女エンジュにご期待ください。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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