96. 不安

「本当に僕は……」


 寮に着くなりユアンはベッドに倒れ込む。

 メアリーと付き合いだしてもうすぐ一年。本当に夢のような毎日をすごしていた。

 学科は違ってしまったが、お昼は二人で時間を合わせメアリーの手作り弁当を食べ、放課後は街でデートをしたりした。研究ラボでは二人っきりにはならないが、いつも一緒の時間を過ごした。

 メアリーの修業先である”ピローネ”が決まるまで、二人で色んな店を回り、メアリーの理想に近い店と味を二人で研究したりした。

 沢山話して笑って食べて。

 しかし、この一年間でユアンは結局メアリーに婚約を申し込むことはしなかった。


「前は、付き合えるようになった喜びと勢いで、卒業後即両親に挨拶をして婚約の約束をして、二年後には結婚したというのに」


 逆に色々なことを知ってしまっているからこそ、プロポーズどころか婚約の約束さえできないでいるのだ。

 メアリーと手放す気なんてない、でも心のどこかで、このままメアリーを自分に縛り付けていいのだろうかという思いがこの一年でユアンの中に芽生えていた。


「メアリーは僕なんていなくても、もうまわりからも認められて、自分のやりたい夢も見つけてそれに向けてがんばっている」


 ギュッと目をつぶる。しばらく見ていなかったあの悪夢が、最近また夢に出て来るようになった。

 どこか暗い陰りを落としながら、それでも優しく微笑もうとするメアリーの姿。


「同じにはならないはずだ。でももし結婚したら……」


 前回二人の間に子供はいなかった。いや正確には二度妊娠はしたのだ。でも二回とも生まれてくることはなかった。

 一度はよくあることだと周りや家族も言ってくれた、でも二回も続くとどうしても不安になる。


「僕はメアリーと一緒にいるだけで幸せだけど」


 ユアンがどんなにそう思っていても、結婚したら周りが色々騒ぎ出す。

 長男でもないのだし、気にすることはない。そう思っていたのはユアンだけで、メアリーは責任を感じ自分を責めていた。

 次第に弱っていくメアリーの姿を見ているのが辛かった。


 だからあの震災のあった収穫祭祭りに日教会で演説をするというクリスを


 「クリス様の晴れ舞台に私一人で子供たちを連れていくのは無理」と実家で愚痴をこぼしていたルナに、自分が子供たちについていてあげるよとメアリーを屋敷に一人残し、出かけてしまったのだ。

 そしてその結果、彼女を一人ぼっちで死なせてしまった。


 ズキンと心臓が痛んだ。


(今回は大丈夫、もう一人にはしない、今の研究がうまくいけば街もあんな大火事にはならないはずだ)


 でも子供ばかりはどうしようもならない。

 結婚して子供は作らないと宣言するのはあまりにひどい話だ。でもその理由は言えるわけがない。

 でも結婚したら言葉にしなくてもそのプレシャーは感じるだろうし、何も知らないメアリーも子供を欲しがるはずである。


 その時なんて言い訳をしていいか。ユアンにはわからなかった。でもメアリーを手放すなんて考えられない。結婚を切り出すことも、手放すこともできず、悪あがきのように婚約を先延ばしにしてしまっている。

 本当にずるいと思う。


「いくら痩せて見た目が変わったって、結局僕は意気地なしの我儘な自分のままだ」


 しかし変わったのはユアンだけではなかった、ユアンを取り巻く様々なことが変わっていた、それはユアンのそんな自分勝手な考えなど、待ってくれないほどに時間は無常に流れていくのだ。

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