43. 二人だけのランチ

「メアリーさん、今度一緒にお昼食べませんか」

 

 実験が終わり小屋に帰る道すがら、ユアンが切り出した。

 合宿の話以降、前期もあっという間に終わることに気が付いたユアンは、早くアクションを起こさなければと少し焦っていた。


(よし、至極自然な感じで誘えたぞ)


 跡が付くほど強く握りしめられた手で額の汗をぬぐう。


「いいですよ」


 あっさりと承諾が下りる。だから逆に


「二人でですよ?」


 思わず確認してしまった。


「はい。喜んで」


 クスリと笑いながらメアリーが答える。



──天気も良い。気温も外でランチをするには絶好日和


 騎士学部塔と管理棟の間、魔具研とはちょうど剣術大会などが行われる会場をはさんで反対側が、この学園のデートスポットとも呼べる憩いの場があった。


「きれいですね」

「本当に、同じ敷地内とは思えないですね」


 魔具研の周りはうっそうと生い茂って手入れがあまりなされてないのは言うまでもないが、、魔法学部塔の近くは花というより薬草としての植物が重視されていて、きれいな花も中にはあるが、食虫植物やら怪しい香りを放つ毒々しい花やらが大半を占めていた。


「ここらへんにしましょうか」


 きれいに手入れのされた花畑、その中に結構な広さの芝生が広がっていて同じように、外でランチを楽しむ学生たちが何組もシートを敷いて思い思いに食事を楽しんでいる。


 ユアンもそんな芝生の木漏れ日が落ちる木陰に、持ってきたシートを敷いた。


「いい天気でよかったです」


 前回の人生では何度もやったことがあるピクニック、しかし、ユアンはあまりに久々のせいか、それとも子供の姿に戻ってしまったせいか、まるで人生初めてのデートの時のように緊張していた。


「はい、本当に外で食べるには気持ちいい日ですね」


 そういうと、メアリーが籠の中からサンドイッチを取り出す。


「あの、ユアン様、良かったら、どうぞ」

「メアリーさんが作ってくれたんですか」


 風でそよそよとなびく栗色の髪を片手で抑えながら、メアリーが「はい」とほほ笑む。


(あぁ、何十年ぶりだろう、こうやって二人で食事をとるのは、時間が巻き戻ってからいままで、二人でご飯を食べる。ただそれだけのことにたどり着くまで、どんなに大変だったか)


 ユアンが幸せをかみしめなるように、サンドイッチを味わう。


「ユアンさんは本当に幸せそうに食事しますよね」

「そ、そうですか」


 感動で胸がいっぱいだったユアンは、そういわれて、すごく恥ずかしくなった。


(そんなに顔にでていたのだろうか)


「はい、クッキーもいつもすごく幸せそうに食べてくれるから、私もつい嬉しくてたくさん作ってしまいます」


 髪をかきあげながらニコリと笑むと、サンドイッチを口にする。

 

 メアリーは昔から作るのも食べるのもユアンと同じぐらい好きな子だった。前の人生で一人の時期は街に出て色んな店を回りながら料理の研究を趣味にしていたほどだ。


「メアリーさんのクッキーも料理も本当に美味しいから」

「ありがとうございます」


 コロコロと鈴を転がすような声でお礼の言葉を発する。


「本当においしいです」


 今日はいつにもましてメアリーが天使に見える。先ほどからこのドキドキが聞こえるんじゃないかと思うほど、ユアンの心臓は鼓動を打っている。

 ニコニコと自分を見つめるメアリーを真っすぐ見つめ返すことができずに、ひたすらにサンドイッチに手を伸ばす。


「あら?」


 しかし、突然発せられた疑問府につられて顔を上げる。


「あれって、アスタ先輩?」


 メアリーの視線の先。ぴょこぴょこと奇妙な動きをしている後姿の男子生徒が見える。

 魔法学部の黒い制服に銀髪の髪。後姿だが、たぶんそうだろう。


「何をしているのかしら?」


「どうせ、アンリ先輩に関わることに違いないし、ほっときましょう」そう言いかけた視線の先に、ユアンはそれを見て口をつぐむ。そしてどうしようかと額を抑えた。


「本当になにをやっているんだ、あの人は」


 距離があるので顔は見えないが間違いない、あの良く見慣れた佇まいは。


(キールだ、そしてその隣にいるのは多分……)



「アスタ先輩、覗き見なんてよくありませんよ」


 ユアンもメアリーとローズマリーに同じことをしたことなどすっかり忘れて、木陰からキールとアンリの様子を覗き見しているアスタに声をかける。


「っ!なんだユアンか、びっくりさせるなよ」


 驚きの眼で振り返りそこにユアンの姿を見て取ると、急に不機嫌そうにそう言った。


「あのやろう、僕の許可もなく、アンリと一緒にお昼を食べているんだぞ、それもアンリの手作り弁当だ!」


 今にも乗り込んでいきそうな形相でギギギと隠れている木に爪を立てる。


「最近、テレパシーで連絡しても遮断してる時があると思ったら」

「もう、いい加減妹離れしろということじゃないんですか?」


 呆れながらユアンが口にする、後ろでメアリーも困ったような笑みを浮かべている。


「僕は妹に変な虫が付かないよう監視してるだけだ」

「変な虫って……」


 呆れ顔でアスタを見ながらこめかみを抑える。

 視線の先では、このさわやかな日差しのように、仲睦まじく談笑しながら食事をしている二人の姿が見える。


「いっときますけど、キール以上の優良物件、なかなかないですよ」


 真面目で努力家で剣の腕も素晴らしく将来有望。見た目も男らしいのに暑苦しくなくどんな激しい運動の後も爽やかという言葉が似あう男。それに、きっと一途だ。


 グッとアスタが唇を噛みしめながら振り返る。そんなこと言われなくてもアスタほどの人物ならちゃんと理解できているのだろう、しかし感情がそれを上回っている。


「ほら、わざわざテレパシー遮断までされているのに、こんなところ見つかったら、嫌われちゃいますよ」


 嫌われる。という単語にピクリと反応する。そして、血の涙でも流すんじゃないかと思えるほど、木の陰からキールを睨みつけると、その場を離れるために歩き出す。


 ユアンとメアリーが困ったように見詰めあう、それから二人小さく頷くとアスタの後を追った。

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