32. 閃きは突然に

「おいしかったわ」

「また今度一緒にこようね、マリー、それにアンリ先輩も」

「友達とこんなところに来たのは初めてでボクも楽しかったよ」


 和気あいあいと女子たちが話題に花を咲かせる中、


「ケーキを食べるアンリはまた一段と可愛いな」

「甘いのばかりよく食えるな……、次は俺がおすすめの店につれててやろう」

「今度ここのシェフを王宮に呼び寄せるか」


 男どももそれなりに楽しんでいただいたようで、


(これはこれで良いのかもしれないが……)


 小さくカットされたケーキを一口でパクリと口の中に放り込みながら、ユアンは心の中で涙した。


(僕の初デートが……)


「さあ、もうそろそろ時間かな」


 最後にジュースをズズズと飲み干す。ふとコップの下にひかれていたコースターが目に入る。

 コップの底に合わせて丸く切り取られた厚紙に、店のマークと宣伝文句が円に沿って描かれている。


(なんか最近どこかで見たような……)


「魔法陣みたいだな」


 ユアンが記憶を思い出しぼそりと呟いた。


 刹那、端に座っているはずのローズマリーがギュンと音がしそうな勢いでユアンを見た。

 いやユアンというより、ユアンが何気なく手に持ち眺めているコースターを。


「それですわ!」


 立ち上がるやいなや、コースターを指さすと興奮したように叫ぶ。

 まわりの全員があっけにとられローズマリーを見ている中、アスタだけがハッとしたようにやはりバンと机を叩いて勢いよく立ち上がると、ローズマリーと目と目で会話する。そして、


「アレク頼む!」


 アレクは心得たとばかりに、立ち上がる。


「レイ、そしてローズマリー嬢失礼します」


 言うが早いか、ローズマリーをお姫様抱っこで抱き上げる。そしてそのまま、店をアスタと3人で出ていった。


「──!」


 あっけにとられてただ阿呆のように三人が出ていった扉を見ている三人に、アンリが、


「すみません。どうやら、新しい魔法石の実験方法が思いついたみたいで、三人は部室に行きました」


「アレクとアスタは風魔法”疾走”が使えるので、ご無礼だとは思いましたが、ローズマリー様をあのように運ばせていただきました。すみません」


 深々とローズマリーの婚約者に頭を下げる。


「嫁入り前の娘をあのように抱きかかえて、婚約者の前から去れっていくとは、不敬に値するが」


 一瞬、その場が水を打ったように静まりかえったが、


「まぁ、あの様子だと彼女も望んでの行動のようだ。それに今ここにいるのは単なる”レイ”だから、なにも言うまい」


 そう言って笑顔を見せる。三人がほっと胸を撫でおろす。


「じゃあ、ボクたちも帰ろうか」


 店を出ると、アンリは「もう今日はこのまま、家に帰るよ」と、ユアンたちと別れた。

 レイモンドは、(王宮までの)帰り道だから馬車で学園まで送ると申し出てくれたが、メアリーは「街で少し買い物をしてから帰りたいので、大丈夫です」と、丁寧に断わった。

 もちろんユアンも王太子と二人なんてありえないので、自分が彼女を無事に送り届けるのでと言ってレイモンドには先にお帰りいただいた。


 まぁ、本当はメアリーと二人になるまたとないチャンスを逃すわけにはいかないという思惑もあったが。


「ユアン様、買い物に付き合わせてすみません」

「いえ、僕もちょうどキールにお土産を買っていこうと思っていたので」


 街で買い物をして二人、学園までの道を歩いて帰る。

 活気あふれる港町から家路に急ぐ人々のいる街を抜け、刈り入れの終わった田畑の間の緩やかな坂道を学園へと登っていく。


「今日はすみません。なんだか気が付いたら、あんな大勢になっていて」


 メアリーが申し訳なさそうな顔を向ける。


「大丈夫です、あれはあれで楽しかったです」

「私も楽しかったです」


 そう言って、思い出したかのようにウフフと笑う。


「レイ様も優しそうな人でよかったわ」


 今でこそ恋愛結婚が増えてきたが、まだある程度地位のある貴族同士の婚約などほとんど親同士が勝手に決めた家のための結婚である。でもローズマリーもレイモンドもお互い幼いことからの許嫁だったためある程度の交流はあったようで、恋人というにはまだ甘い雰囲気はまるでなかったが、兄弟のような親しい空気が二人の間には確かにあった。


(メアリーには、彼はこの国の第一王子ですよと後で教えとこう)


 言った時の彼女の驚く顔を想像してクスリと笑う。


「私、本当はあの学園に入学なんてしたくなかったんです」


 唐突に彼女がそんなことを話しだした。


(まぁ、僕は前の人生で聞いているから驚くことではないのだが)


「故郷からも遠いし、知ってる人は誰もいないし、魔力も少ない私が通ったところで、魔法使いになれるわけでもないのに、魔力があるというだけで、あの学園に入学しなくてはならないことが本当に嫌でした。そのうえ、入学前に怪我をして、学園に通えるようになるころにはみなグループもできあがってて、あの頃は毎日一人で本当に寂しかったです」


 前を歩くメアリーにユアンは黙って付いていく。


「そんな私にユアン様が声をかけてくれて、初めはびっくりしたけど、一緒に猫の里親探しも手伝ってくれて、マリーやキール様にも引き合わせてくれて……気が付けば、クラスメートとも仲良くなっていて」


 夕日がメアリーのふわふわの栗色の髪を赤く染める。


「ありがとうございます。私、子猫の怪我を見た時本当はもう駄目だとあきらめかけてたんです。でもユアン様が一緒にいてくれたから、隣で応援してくれたから」


 その時を再現するように自分の手をじっと見つめる。


「こんなわずかな魔力でも、助けられた命がある。私にもできることがあるなら、魔法を頑張ろうって思えたんです」


 若草色の瞳が振り返る。そしてユアンを真っすぐに見つめ、


「ユアン様。私を見つけてくれてありがとうございます」


 満面の笑みを浮かべた。


(メアリー……)

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