プロット・演出 解体全書〜異世界転生やループはなぜ面白いのか。他ジャンルで対抗するには何が必要か〜
我道瑞大
「ページをめくる手が止まらない」の正体
ページをめくる手が止まらない!
それは、エンタメ系の小説書きにとっては最上級の褒め言葉でしょう。
では、先を読みたくなる小説、とはどんなものでしょうか?
キャラクター、世界観、驚き、共感、さまざまな解答があり得るように思いますが、私自身は明確に答えのあるものだと考えています。
その答えを話す前に、紹介したい作品があります。
ビル・コッター作 『ぜったいにおしちゃダメ?』です。
https://pictbook.info/ehon-list/isbn-9784801400436/
これは、非常にシンプルな設定の絵本です。
絵本の真ん中には、真っ赤なボタンが光沢のある材質で描かれており、
絵本のルールとして、絶対にこのボタンを押してはダメだと説明されますが、絵本に登場するモンスターのラリーは、「押しちゃいなよ、押しちゃえ」と読者に語りかけてきます。
押した場合に実際にどうなってしまうのかは作品に任せるとして、
この絵本は、非常に強力な「先を知りたい」と思わせる力を持っています。
それは、絵本に描かれたボタンを見て、それを押すことが禁止されていることを知った時、
「自分がボタンを押している未来」を想像してしまうからです。
これは、つまり、つい「先を予測してまうもの」です。
そして、先を予測してしまったならば、その予測の先を確かめずにはいられない。
唐突ですが、
豊◯秀吉
という文字が書いてあったら、問題ともなんとも言われなくても、「臣」の字を入れてしまうものではないでしょうか。
そして、たとえ答えが分かりきっていても、解答を見ずにはいられなくなります。
これこそが、先を読みたくなる作品の正体です。
(とはいえこれは私のオリジナルというわけではなく、魅力的なゲームのデザインについて解説している『ついやってしまう体験の作り方』という書籍を大いに参考にしています)
重要なのは、「つい作品に関わって先を予測してしまう構造」です。
では、実際の物語では、どのようにこの要素が発揮されるのかを考えてみましょう。
例1)ループもの
ループでは、非常に強力な形で予測が行われます。何せ、読者は先に起こることを一度見ているのです。その見てしまった未来が再び起こるのか、それとも回避ができるのか。先を見ずに物語を閉じるのは非常に難しいことです。『Re:ゼロからはじめる異世界生活』や『東京リベンジャーズ』などは、非常にうまく未来予測を起こさせ、つい先を見ずにはいられない物語を作り上げています。
例2)現実スキルの異世界無双
現実のスキルを駆使して異世界で無双できる、という設定の物語は、既知である現実スキルを未知の世界である異世界に適応するという点で、強力な未来予想が働きやすい設定です。しかも、最初に「無双モノ」だと断っておくのも非常に有効なテクニックだと言えます。既知のスキルと無双の間には、豊○秀吉の空欄以上の隔たりがあり、穴があったら埋めずにいられないのが人間の性でしょう。
例3)強敵との初遭遇でコテンパンにやられるバトル、スポーツもの
多くのバトルものでは、強敵との初遭遇ではコテンパンにやられるものです。『鬼滅の刃』では、無限列車編がまさにこれに相当します。
また、最近再アニメ化を果たした『ダイの大冒険』は、クロコダイン、ヒュンケル、フレイザード、バラン、ハドラー、バーンなど、ほとんどの敵となんらかの理由で再戦をする構造をとっています。
また、『HUNTER×HUNTER』を読んだことがある人は、キメラアント編で、ピトーが現れたシーンの絶望感を決して忘れないでしょう。それでも、読者はピトーが倒され、カイトが復活する未来を予測せずにはいられません。
これらの構造を簡易的に作り上げる方法として、冲方丁先生がエンタメ作品の参考事例として勧めているものとして、クイズ番組があります。出題があり、ヒントがあり、答えを予測させ、解答を示す。
これはつまり、物語を無数の「出題」と「解答」の集まりとして構成するということです。ただし、クイズ番組のように行儀よく、律儀に毎回出題と解答を提示する必要はありません。
『ワンピース』であれば、「ルフィが海賊王になるかどうか」「ワンピースは何か」「空白の100年とは何か」という大きな出題を持った上で「目の前の敵をどう倒すか」「誰が仲間になるか」という小さな出題と解答が繰り返され、先の読めない物語を構成しています。
ここで重要なのは、人間が「つい先を予測してしまう出題」は、人間に対する深い理解がなければ作れないという点です。
豊○秀吉、は、日本人であればつい入れてしまう文字ですが、外国人ではそうではないでしょうし、異世界に現実スキルを適用してみたくなる人とそうではない人はもちろんいます。
子どもは嬉々としてボタンを押しますが、大人はさすがにそれは稀でしょう。
クレーンゲームが「取れそうで取れない」からこそ射倖心を煽られてしまうように、最初から全く想像のつかない物語を書き連ねたとしても、効果は薄いものになります。
米澤穂信先生の『氷菓』は、日常ミステリーの部類ですが、解けそうで解けたり,解けなかったり、という絶妙の難易度設定が、ページをめくる手を止めません。
そう考えると、ミステリーの常套句「冒頭に死体を転がせ」は意外とミスリードであるように思います。この言葉を聞いた人間の一定数が「驚かせること」が何よりも大切だと感じると思いますが、実際には、「死体という謎」によって、読者が先を想像するような構成になっていなければ、効果は薄いことになります。
読者の持っている知識と興味関心に対する深い理解を持つか、あるいは「自分が先を読みたくなる物語」を作って自分と似た人に読んでもらうか、スタイルは様々ですが、読者の予測を喚起し、答え合わせへと誘引する。
それこそが「ページをめくる手が止まらない」の正体なのでしょう。
参考文献
玉樹真一郎『ついやってしまう体験の作り方』
冲方丁『冲方式ストーリー創作塾』
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