名探偵、明智琴音はあきらめない! ~神楽坂さんと消えた教科書の謎~

友理 潤

第1話

 クラスメイトである塩屋しおやさんの教科書が忽然こつぜんと消えた。

 放課後にホームルームが開かれ、真相を突き止めることになったのだが、あろうことか、被害者の塩屋さんが「自分で失くしました」と告白したのである。


異議いぎあり!! 歴史の教科書は大きいんです! 絶対に誰かが故意に隠したとしか思えません!」


 私、明智琴音あけちことねは声を張り上げた。


「っつーか、本人が『失くした』って認めてるんだし、この話題もう終わりっしょ。早く家に帰って宿題したいんですけどぉ」


 ねちっこい声をあげたのは神楽坂凛香かぐらざかりんか

 キツネのような鋭い目つきの彼女に目をつけられて、ひどい目にあった人は何人もいる。

 でも彼女の父親は市議会議員で、町の有力者だ。だから何かされても、泣き寝入りする人があとたない。

 今回の件だって、私の親友のモエッチこと中島萌美なかじまもえみにちょっかいを出そうとした彼女のことを、教育指導の先生にしらせた塩屋さんへの報復に違いない。


「そもそもぉ。誰かがったっていう証拠はあるのぉ?」


「今はない!」


「はぁ? もしかして『直感』で言ってるのぉ」


 彼女の言う通り。直感だ。でも私はそれを信じてる。

 何を隠そう、私は名探偵の末裔まつえい。おじいちゃんも、ひいおじいちゃんも、数々の難事件を解決してきた。パパは普通のサラリーマン、ママは専業主婦で、事件とは無縁の生活を送っているけど、私は違う!

三中さんちゅう坂戸第三さかどだいさん中学校の略)の暴走機関車』とあだ名されるほどの行動力で、クラスメイトたちの困りごとを解決してきた。

 だから直感には自信がある。

 それに今にも泣きだしそうな顔でうつむいてる塩屋さんを見れば、その直感は正しいと言っているようなものだもの!

 次に歴史の授業があるのは3日後。それまでに事件を解決して、教科書を塩屋さんの手元へ返してみせる!!


「ははは! 黙ってるってことは、マジ直感なんだぁ! マジウケル! 明智さんってマジ頑固だよねぇ」


 やたら「マジ」を連発しながら大笑いする神楽坂さん。彼女の取り巻きである、斎藤さいとうさんと小久保こくぼさんの二人ふたりもケラケラ笑っている。

 一方の私は黙ったまま、彼女をにらみつけることしかできない。

 そんな私たちの間に入ったのは、担任の大森おおもり先生だった。


「もういい。やめなさい」


 柔らかだけど、有無を言わさぬ芯の通った声。教室がシンと静まる。

 よく日に焼けた精悍せいかんな顔立ちの先生は、落ち着いた口調で続けた。


「本人が『失くした』と言ってるからには、それを信じるのが筋だろう」

 

「でもっ……!」


 食ってかかろうとする私を先生が片手をあげて制する。


「ただ、もし塩屋の教科書を盗んだ者がいるとすれば、断じて許されないことだ」


 先生の雰囲気がガラリと変わり、まるで凍りつくように冷たい声色だ。

 神楽坂さんは顔を青くしてゴクリと唾を飲みこんだが、すぐに余裕の笑みを浮かべた。


「もしそんな卑怯なヤツがいるなら、今のうちに名乗りでた方がいいわよ! さあ、どうなの!?」


 その呼び掛けに答える人などいるはずもなく、神楽坂さんは「ほらぁ」と勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべている。

 なんて白々しいのかしら!

 ぎりりと歯ぎしりをしながら彼女を睨み付ける私の背中に、大森先生の低い声が突き刺さった。


「明智」


「ひゃいっ!」


 不意をつかれて声が裏返ってしまった私に、先生は穏やかな口調で告げたのだった。


「もし塩屋の教科書が誰かに盗られたと考えているなら、明後日あさってのホームルームまでに証拠を出しなさい。いいね」


  

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