ニート候補生の僕がパパになって、銀髪美少女が僕の娘になる
原作は↓になります。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884480873
――――西暦二〇三〇年、世界ではとある競技が人々を大きく賑わせていた。
Chess Ranking System《チェスランキングシステム》
通称:CRS《クラス》と呼ばれるその競技は、弦をハンマーで叩くことで発音する鍵盤楽器、ピアノを用いた音の競い合いだった。
譜面通りに弾くことで評価されるコンクールと何が違うのか──そう疑問に思う人もいるかも知れない。 しかし、このCRSはとあるルールにより通常のコンクールとは一線を画する、より音楽の原点へと近付くことを要求されるものとなっていた。
原曲を忠実に、正確に再現することを要求される、ある意味で機械的な能力を採点する従来のコンクールとは別の視点により設けられたそのルール──表現、個性、アレンジ力を審査対象に加え、いかに「感動」を与えられたかを競い合う競技。
それに付随して感動を求める観客と、音楽の才に選ばれた審査員が点数をつけるという、ある意味人間の感性だけを頼りにした本能的な採点方式だった。
明確であるからこそ残酷な数字よりも遥かに曖昧な基準。 しかし、それは時により明確に、より残酷に、音楽家としての違いを突き付ける。
優劣の違いではない。
紛い物の烙印を捺された者の悲哀など、観客には関係ない。 ただただ
……そして。
この世界を賑わせていたCRS──その熱く残酷な競技の世界で一人の少年が注目を集めていた。
♯♯♯
「CRSランク:騎士ナイト。ナンバーⅣの早見優人さん、お願いします」
僕を呼ぶアナウンスの声が、演奏の終わった会場中に響き渡る。
会場は伝統的なシューボックス型だ。 演奏者の表情や緊張感が観客に伝わるほどの距離になっている。 前の演奏者が何度かミスしていたのはそれが原因だろう。 文字通りに彼の演奏は終わった。
ざわつく会場。 僕の前に演奏していたCRSピアニストは優勝候補の一人と前評では言われていた強豪だ。 それがあんなミスを犯してしまった。 その悔しそうな表情は自分の不甲斐なさだけが理由ではないだろう。
「よしっ、あいつは落ちたな」
どこからか聞こえる容赦ない言葉。
かばうわけではないが、非常に鬱陶しい。
「――――この空気……いつ来ても嫌いだ」
スーッと。
軽く深呼吸をして、モノトーンを強調したグランドピアノに向かって歩き出す。
「ベーゼンドルファーか、丁度いい」
ベーゼンドルファーのピアノは、ドイツのロマン派として知られる高名な音楽家、フランツ・リスト──「ピアノの魔術師」と謳われ、指が六本あるとまで言われた彼の激しい演奏に耐え抜いたことで、多くのピアニストや作曲家の支持を得たとされる僕がもっとも弾きやすいと感じるピアノだ。
観客にお辞儀をして、首元につけていたネクタイを少し緩める。
ピアノ椅子に座り、鍵盤にゆっくり撫でるように指を乗せる。
天井から照らし出される光は少しだけ埃っぽくて。
いつ来ても変わらない観客席から感じる期待感と悪意が入り混じった視線。
……ああ、全く。
「……本当に、嫌いだ」
――――消してやる。 彼らの音を僕が殺そう。
「――――――――♪」
リスト/死の舞踏。
カミーユ・サン=サーンスの作曲した交響詩。
穏やかな死のワルツをイメージして、アレンジを加えながら僕は音を鳴らす。
――――さぁ……踊り狂え!
何度も音を鳴らすうちに、次第に観客の感情を何度もナイフで突き刺すようにイメージしながら演奏する。 後半にかけて激しさが増すのに合わせて、会場中の黒い感情の全てが僕に引き寄せられるのを感じる。 僕がそうさせている。
恨み、嫉妬、憤怒、絶望……。
心の中に存在する全ての黒い感情をこの音で消し去る。
――――殺せ、全ての音をっ!
「……これで」
――――音のない世界の完成だ。
演奏を終え、僕はそっと音の消え去った世界へと目を向ける。 会場中の全ての人間の視線が僕に集まり、その目はただ一人の例外もなく見開かれていた。
先程まで自身のことさえも忘れてしまう程、音の世界に埋没していたのか。
顔を伏せて肩を震わせる男。
立ち上がっている自分を不思議そうに、戸惑ったように見る女性。
僕の演奏を聞き、次を見据えている者。
少しずつ自我を取り戻すかのように、会場の感情が再び揺れ動く。
同時に湧き始めた小さな拍手はどんどん大きくなり、いつの間にか会場中が音で揺れ動いたのだった。
お辞儀をしながらも思わずため息が漏れる。
この世界は本当に非情で、無慈悲で、残酷だ。
いい演奏をすれば、こうした歓喜や喜びの声、激しい喝采に包まれる。
この瞬間の為だけにピアニストは、時間を費やしている。 命を燃やしたと言っても、過言ではないだろう。
しかし、どれだけ努力しても本番でいい演奏ができなければ嘲笑うかのように周囲からは見放され、非難され、そしてどん底に落ちるのだ。
どんなに、願っても……。
どんなに、いい演奏をしても……。
どんなに、努力をしても……。
届けたい人がいなければ果たして弾く意味はあるのだろうか?
考えるまでもなく、答えは決まっている。
僕は自虐的に笑みを浮かべながら、誰にも聞こえない声で呟く。
「――――僕はもう、ピアノを弾かない」
未だ鳴り止まぬ万雷の拍手の中、一人の男が呟いていた。
「さぁ……物語の始まりだ」
割れんばかりの拍手と歓声に掻き消され、その男の声には誰も気付かない。 聴覚に優れる早見優人であってもそれは当然のことだ。
過去歴代二位の九十八点という得点を早見優人は叩きだし、優勝という形で幕を閉じた。
――――数年後。
時が流れた今でも、早見優人の歴代二位の点数は破られていない。
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