エピローグ

「いってきます! 星崎さん」

 翌朝。

 小学生に戻ってランドセルを背負ったわたしは、元気よく星崎さんに手をふった。

 今日は一緒に家を出るんだ。

 ちらとふしぎな体験をした昨日のことがよみがえる。

 わたしってばいつの間にか気を失っちゃって、気が付いた時には朝、マンションのベッドで子どもに戻っていた。

「はい、今日も元気にね」

 今日は取引先とお話があるとかでスーツ姿の星崎さん。

 わたしを見つめるまなざしはやっぱり保護者さんのもの。

 すでに歩み出してしまった背中に、呼びかける。

「星崎さん」

 立ち止まる彼がふりかえる、その前に、一気に言ってしまおう。

「わたしが、大人になっても。わたしは、星崎さんの、妹や、娘ですか」

 肩越しに斜めにかしいで、彼の片方の目だけが、見える。

 冬の足音が聞こえる季節の朝の空気はしんと澄みきっていて。

 耳が少しだけ痛くて。

 ぎゅっと目を閉じて、答えをひたすら待つ。

「奥さんになってくれるのは、嬉しいけど」

 ――え?

 完全にふりむいた笑顔で、彼は言った。

「今は子どもらしく元気に、毎日幸せでいなさい。――本野さん」

 あたたかくて甘酸っぱくて、それでいて穏やかな波が、どっと心に押し寄せてくる。

「はい、星崎社長」

 思わず元気よくお返事をして、いっぱい手をふって通学路のほうへ歩き出したところで。

 ん? と足をとめた。

 星崎さん、今わたしのこと、なんて?

 わたしもついつられて、彼のこと――。

 思わず振り返ったら。

「いってらっしゃい」

 彼はまだいつもの笑顔でわたしのほうを優しく見つめていた。

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