② カレたちの恋バナ

 赤い四角の椅子の上。

 マーティンがスマホを抱え込んでるのを後ろから神谷先生が覗き込んでる。

「なにを熱心にいじってるんだ。流行のゲームか」

 マーティンは顔を上げた。

「友人からメールなんです。早く返さないと。僕の住んでたところにはこういう文化はなかったので」

「友人? はん。これだろ」

 神谷先生はにっと笑って小指を立てた。

 でもマーティンは目を丸めてきょとん。

「それは、日本のジェスチャーですか。どういう意味ですか?」

お茶を飲んでいた星崎さんが代わりに言う。

「マーティン、知らなくていいよ」

 まずますわからないって顔してるマーティンのスマホを、神谷先生が取り上げた。

「貸してみ」

「あっ」

「いいか、こういうのは早く返信すりゃいいってもんじゃないんだよ。なるべく間を開けて気を持たせる。その方が、好きなその子はより長くお前のこと考えるだろうが」

「なるほど。……って! ほうっておいてください!」

 マーティンはスマホを奪い返そうとするけど、交わされちゃう。

「待たせるのは性に合わないんです」

「焦んなって。これだから堅物は。どれどれ」

 神谷先生はおもしろそうに、スマホの画面を覗き込んだ。

 マーティンは、真っ赤になった顔を右手にうずめてる。

「マーティンくん、なんだかんだ言って幸せそうね」

 せいらちゃんが言う。

 そうだよね。

「残念な気持ちがどこにあるんだろう。うーん、やっぱりももちゃんのおみくじが外れたのかな」

 ねぇももちゃんってわたしが振り返ると、ももちゃんはちょっと不安そうに拳を握ってた。

「マーティン、あんなに照れて、誰とラインしてるの……?」

 えっ?

「彼のラインの相手ってももちゃんじゃないの?」

「あたしもてっきりそうかと」

 ももちゃんはむすっとして、

「あたし、今、マーティンとラインでおしゃべりしてない」

 ……どういうこと……!

 はっとももちゃんが青褪めた。

「まさか、『覆水盆に返らず』ってそういうことだったの!? この恋はもう取り返しがつかなくなってるってこと!?」

 そんな。

「まさかももぽん。考え過ぎよ。……多分……」

 わたしたちは夢中で木にかじりついて、スパイみたく様子を伺ったの。

 じっと見ていると、マーティンを見た神谷先生が、顔をしかめた。

もしかして、マーティンったらほんとに、ももちゃん以外の相手と――?!

「『こっちはこれからお参りします。終わったらそっち向かうね。 もも叶』って、これもう20分前に来たラインじゃねーか」

 神谷先生の続く言葉に、わたしたち、三人そろって、ずてっ。

 マーティンの中では、まだももちゃんとの会話が続いてたんだね……。

 彼はうつむいて、恥ずかしそうにぽつり。

「……スマホを打つの、苦手なんです」

 かーっと神谷先生が呆れ顔。

「これじゃ気を持たせるどころか、返信する頃には相手だって忘れてるぜ」

 そんな神谷先生に、声がかかる。

「あんまりからかうもんじゃないよ、龍介」

 星崎さんは、ちょっと意地悪な微笑みで、先生を見たの。

「年末、クリスマスプレゼンント渡しにいち早くせいらちゃんのところに走ったのはだれかな」

 お茶を飲んでた神谷先生が、激しくむせる。

 マーティンもクールな視線。

「『相手に気を持たせる』んじゃなかったんですか」

「先輩、誤解を招くようなこと言わないでくださいよ。あれは別に。塾の連中には全員渡しましたから……」

 そう言ってちょっと辛そうな笑顔で、晴れたお正月の空を見上げたんだ。

「いちはやくクリスマスプレゼントねぇ。恋人がサンタクロースってやつ?」

 ももちゃんはむふふっと笑ってる。

「どう、せいらちゃんは、おみくじの和歌の内容、当たってそう?」

 赤くなってもじもじしてたせいらちゃんは、答えた。

「こ、この会話を聴いただけじゃ、なんともね」

 「先生と生徒の恋っていうのも大変だ」

 ふわっとした笑顔でそう言う星崎さんに、神谷先生は、すっといたづらな笑顔に戻ったの。

「そりゃそうですよ。先輩と夢未ちゃんのように、毎日会うってわけにはいかないんですから」

「そう言えば」

 そこで、蜜の光るおだんごをふしぎそうに眺めながらマーティンが言ったの。

「星崎さんは、毎日夢未と会ってるなら、気持ちも通じ合ってるんですか」

 どっき……!

 星崎さん、なんて答えるんだろう。

 じっと見ていると、彼はあっさり微笑んだ。

「おかげさまでね。夢ちゃんは毎日愛情表現してくれるから、それがじんとくるよ」

 右からももちゃんが、左からせいらちゃんが、わたしをつっついてくる。

 星崎さん、じんとくるなんて。そんなぁ~。

 照れていると、すっと、突然マーティンが立ち上がったの。

「それじゃ、その愛にどうやって答えてるんですか!? 教えてほしいです!」

 ひっ。マーティンってば、そんなこと聴くなんて大胆だよ~っ。

 星崎さんも戸惑ってる。

「……え?」

 神谷先生もおもしろそうに笑って。

「そうですよ。まさか特に何も、なんて言わないですよね」

 星崎さん、なにも言わずに顎に手を当てて考え込んじゃった。

「まさか図星、ですか」

 マーティンがびっくりしてる。

 神谷先生は肩をすくめた。

「いつも愛を伝えるだけで答えがなにも返ってこないんじゃ彼女だってかわいそうじゃないすか。そのうち愛想つかされますよ」

 星崎さんはどうしてか黙って、眉根をちょっとよせた。

「夢ちゃんが、オレに?」

「こればっかりは、僕も神谷先生に賛成だ。星崎さん、夢未を他の男にとられたら、どうするんです!」

 マ、マーティン、だから、熱血すぎだって……。

 真剣な目でマーティンを、神谷先生を見たあと星崎さんは、ふっと微笑んだの。

 そして一言。

「あり得ない」

 どきっ。

 どうしよう。

 どうしよう!

 星崎さんにわたし、完全に見抜かれてる~っ。

「うーん。星崎王子、夢の浮気はあり得ないって断言したね」

「これも、おみくじと違ってるわね」

 ももちゃんとせいらちゃんの冷静な会話も、頭に入ってこないよ……。

「結局、答え合わせは、失敗ね」

 せいらちゃんがやれやれって両手を広げる。

「あーっ、もうこうなったら!」

 ももちゃんが情熱たっぷりに宣言。

「これからのアフターファイブに、それぞれがカレとデートして、おみくじの結果――カレの気持ちを確かめよう。夕方5時に、夢のマンションで合流して報告会! いい?」

「ラジャーよ!」

 せいらちゃんも乗り気で。

「わ、わかった……。がんばる」

 わたしはなんとか返事をして、やっぱり気になるお茶屋さんの三人を見た。

「すごい自信だ……! どうしたら星崎さんのように泰然としていられるんですか」

 感動のまなざしのマーティンに、神谷先生が耳打ち。

「少年、あれはただの独占欲ってやつだ。浮気なんかされたら許せないタイプだな」

「否定しない。いつでも夢ちゃんを見てるよ。今も」

 きゃっ。

 いつも見てる、なんて……!

 そう言う星崎さんのその目が優しくてちょっと危なげで。

 いけない。わたしさっきから金縛りにあったみたい。

 星崎さんの視線って、わたしを石にする力があるの?

 いつもこうなんだもん。

 あの目が、ちょうど今みたくわたしを捉えると――。

 あれ。

 星崎さん、今思いっきりこっち見てる?

「そろそろ出てきたらどうかな。隠れてるうさぎさんたち」

 ぎくっ。

「やば。星崎王子の目はごまかせんかった!」

「しょうがないわ。観念して行きましょう」

 わたしたちは、えへへと笑って、木の影からカレたちの前に出て行ったんだ――。

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