⑤ 贈り物は物語ドレス
Side:もも叶
「はい、ワンツー、ワンツー!
右手上げて、足踏み~、ウエストねじる!
みなさん、魅力的なメリハリボディになってカレの瞳をハートでいっぱいにしましょう!」
客室バスルームでの神谷先生とのひと騒動がよっぽどこたえたのか、ダイエットの闘志に燃えるせいらにつきあって、船内のスポーツジムで開かれる女性限定エアロビレッスンを、あたしは受けていた。
いろんな本からやってきたプリンセスやヒロインたちが、美貌のためにドレスもお 化粧も返上してスポーツウエアで汗を流している。
前で踊っている先生はというと、着ているティーシャツにでかでかとハートマークが書かれている。おでこにつけたバンダナも、レギンスもルームシューズもハートだらけ。ちょっと、いや、だいぶぽっちゃりしているこの女性インストラクターさん。普段の職業は女王様らしい。出身本は『不思議の国のアリス』だったりする。
レッスンの前半が終わって、十分間の給水タイムになると、せいらはどかっとフロアに腰を下ろした。
「もうだめ、動けない~」
その横にちょこんと座る。
「情けないなぁせいら。せっかくナイスバディになって神谷先生をノックダウンするって立派な目標立てたのに」
ぷにっとほっぺがひっぱられる。
「誰がいつ立てたのよそんな目標」
「いでででで、ギブギブ!」
早々に敗北宣言した、そのとき。
「園枝様、露木様、こちらにおいででしたか。お二方いっぺんに見つけられるとは、いやぁ運がいいけろ」
なんだか大きな荷物をかかえたカエル支給長がレッスン室の扉からこっちに向かってばたばた、いや、ぺたぺたと走ってくる。
「お二方に贈り物です。至急届けてほしいとのことだったので、お探ししていたんです」
ひとつは水色、もう一つは赤いリボンで飾られた、小さくはない包みを、せいらとあたしの手に丁重に渡してくれる。
「まぁ、おそれいりますわ」「どうもです」
「カエル侯爵! そこでなにしてるの! ここは男子禁制、女性だけの花園よ。十秒以内に退室しないと首をはねますよ!」
インストラクターさんの厳しい声がとぶ。
カエル侯爵というのはふだんの支給長さんの名前。じつは彼もまたアリスの物語出身なのだ。
「けろっ! これはハートの女王様! で、ではお二方、ごゆっくり。さいなら~」
目にもとまらぬ速さで、くるりと向きを変えて、行っちゃった……。
あたしとせいらはやれやれと顔を見合わせる。
わざわざ届けてくれたのに、なんか悪いことしちゃったかな。
それはさておき。
「あたしたち二人に贈り物なんて、誰からかしら」
そうなんだよね。リボンと包装紙のあいだに、カードが挟まってる。
「ねぇ、どうする?」
こそっとせいらに耳打ち。
「お互いのカレからだったら!」
「ふ、ふん」
ぷいっと横を向いて、せいらが答える。
「かみやんてば、プレゼントでご機嫌とろうったって、そうかんたんには許してあげないんだから」
「だからさー」
半ばあきれて、あたしは肩をすくめる。
「あれは不可抗力だったんだから、そろそろ機嫌なおしてやんなって」
「そ、そう言うももぽんは、マーティンくんから贈り物をもらう心当たりでもあるの?」
「ない」
「……そこ、きっぱり言うとこ?」
今度はせいらのほうがあきれ顔になるけど、あたしは威風堂々をくずさない。
「カレは、なにかあったときや記念日にしかプレゼントをくれないケチな男とは違うんだもん💛」
「たまに、その愛され自信がうらやましくなるわ……」
痛むようにこめかみに手をあてたせいらに、言う。
「いっせーので、メッセージカード開いてみようよ」
「……いいわ」
「よっし。いっせー」
の……!
あたちたちの視界にふたつ並んだカードには、同じ文字でこう書かれていた。
チーム文学乙女 もも叶 せいらへ
『秘密の花園』店主モンゴメリ
「モンゴメリさんから!?」
「てことは中身は――」
いわずと知れたショップ『秘密の花園』の名物にして、本の中のヒロインの幸せが味わえる、あれだよね。
「さすがに気が利くよね。明日の舞踏会用にわざわざ送ってくれるなんて」
「痛み入るお気遣いだわ」
どちらからともなくちょっとだけリボンをほどいて、中の生地を盗み見る。
あたしの包みから出てきたのは、白と水色のギンガムチェックにフリルのついたドレス生地。一番目についたのはその上にセットで入っていた真っ赤に光るパンプスだった。
片方を持ち上げてしげしげと眺める。紅玉のようなどこかあやしくて大人チックなきらめきだ。
いったいどのヒロインの衣装だろう?
こんなとき物語博士の夢がいれば、答えは一発なのに。
首をかしげてくやしがっていると、せいらがむふっと笑い声を漏らした。
「あたしのドレスは、誰のものかわかったわよ」
首をひねって横を見ると、それは深い緑色の生地に金のボタンと、真ん中にマーガレットを飾った薄オレンジのリボンがついたドレスだった。
「ずばり、『小公女セーラ』のドレスよ!」
「そっか!」
いかにも、ロンドンのお嬢様って感じのドレスだ。
「ん? でも」
あたしはちょっとだけひっかかる。
「セーラって本のなかで女学校の先生やクラスメイトにいじめられてひどい目にあうよね? どう考えてもハズレドレス……」
「う、そ、それは」
こほん、とせいらが咳払い。
「モンゴメリさんはきっと、不遇なセーラをインドの紳士が助けてくれたように、彼に支えられるラッキー運をあたしに授けようとお考えなのよ」
うーん、そうかなぁ?
「それに」
せいらの言葉は続く。
「あたしの頭脳に、小公女の勇気と気高さが加われば、もう怖いものなし。小型爆弾なんかをしかけてくる悪党も堂々逮捕できるってもんだわ」
「もう、せいらったら」
「安心して、ももぽん」
人差し指を口元にあてて、せいらは片目をつむる。
「じつはあのマイクロボムについてこっそり調べて、悪者の正体にもだいたいめぼしはついてるの」
「えぇっ」
あたしはあわてて両手をわさわさ。
「ちょっと。それは星崎王子たちに任せようって約束したでしょ? だいたい、小学生のあたしたちがちょっと調べたくらいで、爆弾をしかけた犯人なんか」
「あら。チーム文学乙女の頭脳、小公女探偵とはあたしのことよ?」
おほほほと笑うせいらの肩をぴしゃりとたたく。
「わかったから、一人で動かないで必ずみんなに相談すること。また無茶なんかしたら、今度こそ神谷先生の心がつぶれちゃうんだからね」
「そ、それは……。あっ、そうそう! ももぽんのドレスには、どんな意味があるのかしらね?」
「え?」
「赤い靴って珍しいから、ヒントになるんじゃない?」
なんかごまかされた気もするけど、興味のないトピックでもないので、あたしはじっと目の前のちょっとだけ開けられた包みを見る。
きれいな、光るバラ色の靴を履いたヒロイン、か。
少なくはないと自負する頭の中の読書記録を、必死にめくる。
……あ。
「『オズの魔法使い』のドロシーのドレスかな?」
ぱっとせいらの顔が華やぐ。
「ももぽんナイス! きっとそうよ。わくわくする冒険が待ってるんだわ。とするとこれはドロシーがオズの国から家に帰るときに履いたルビーの靴ね。最後はちゃんと、大好きなカレのもとに帰ってこられるように」
てへ。
「ようし、なんだかやる気出てきた! せいら、シェイプアップ、後半もがんばろう」
「がってんだわ!」
あたしたちは、包みをもとにもどすと、俄然、運動靴の紐をしめなおした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます