⑧ 彼に選ばれて ~夢未の語り~

 白いクロスのかかったテーブルに、いっぱいのおしゃれな料理は、不思議の国のアリスをイメージしてるみたい。トランプ型のケーキに、チョコレート。「わたしをお食べ」って書いた小さなクッキーの山。ドリンクグラスには「わたしをお飲み」の札が。

「ももぽん、食べ過ぎよ」

「う、苦しい。夢の中なら、いくら食べても太らないと思うと、つい」

 うーん、気持ちはわかる。

 さっと周りを観察して、せいらちゃんが呟く。

「見たところ、典型的な豪華な舞踏会よね」

「ん、そだね。たぶん、これからいろいろ現れるんじゃない? 大魔女とかイケメン王子とか」

 そう言いながらももちゃんは、特大ケーキをもぐもぐ。

 わたしとせいらちゃんは顔を見合わせて、やれやれポーズ。

 そのとき。

「ご来場のみなさま。本日は当屋敷の夢の中舞踏会にようこそいらっしゃいました」

さっきの礼服の男の人が進み出て、おじぎをした。

「さて、我が軍は現在、順調に北軍に勝ち進んでおります。ですが正義の勝利のためには、いましばらくの辛抱とみなさまのご支援が必要です。そこで、今宵は軍への援助のためにとある催しごとをご用意いたしました」

さっと、豪華な勲章をつけた腕が上がる。

「これより、舞踏のお時間となります。こちらにいらっしゃるご婦人方にダンスを申し込まれる方は、彼女にふさわしいと思われる金額をお支払いください。集まった資金はすべて、我が南軍に寄付されます」

 わたしたちは、ぽかん。

 それって、つまり。

 女の人に値段をつけるってこと? 戦争のお金のために?

 わたしは寒気がした。

 いち早く、手があがる。

「もも叶さんに、100万円を!」

「せいらさんに、120万円出します!」

 知らない男の人が二人の名前を呼んで。

 す、すごい。ふたりとも、もてもて?

「こまるな、あたしマーティン以外のひととは……」

「あたしだって。カレがいるのに他の人と踊れないわ」

 そう言うのに、二人とも、ひっぱっていかれちゃった。

 広間の女の人たちは次々に呼ばれて、踊りの輪に加わる。

 気づけばほとんど全員が、ダンスの広間に集まった。

「他にはいらっしゃいませんかな?」

 しーんとした広間を、礼服の男の人が、みんなを伺うようにそっと横切って歩いてくる。わたしの近くにきたとき、その人は囁いた。

「あいすみませんな、お嬢さん。南軍支援が趣旨のパーティーだものですから」

 むっ。

 ぷいっと、わたしは横を向く。

「いいんです。わたし、気にしてません」

 そう言ったら、なんだかちょっと悲しくなってきた。

 自分が選ばれなかったからじゃない。 

「女の人と踊るのに、値段をつけるなんて。なんか違う気がして」

 そういうことがかつてあったことが、悲しいなって思ったんだ。

 思わず正直に言っちゃったら、むっとしたように男の人は去って行った。

 最後までわたしの名前は呼ばれなかった。

 オーケストラの楽団が位置について、もうすぐ音楽がはじまるんだ。

 一人きらきらの壁にもたれる。

 いつも目立たなくて、男の子に告白なんてされたことないわたし。

 からかいの対象になることはあっても、恋の対象になったこと、ないんだよね。

 心の中にすくう、自信のなさに溜息。

 平気な顔はしたけど。

 いつもかわいくて華やかなももちゃんや、大人の魅力あふれるせいらちゃんがちょっとだけうらやましいと思う気持ちが、こういうときひょっこり顔を出すの。

「それでは、これより舞踏会を開催します」

 さっきの男の人が宣言した、その直後だった。

「本野夢未嬢に一億」

 その声に、辺りはしん、と静まった。

 反対に、わたしの心臓は――ばくばくっと、勢いよく高鳴り出す。

「彼女は、その、我々の意思にご賛同いただけないようで。他のご令嬢ではいけませんかな?」

 足音と一緒に、声が徐々に近くなる。

「いいえ。彼女でなければだめです。ほかの方では一文も出せません」

 今は目の前に響いてるその声は、わたしがよく知っているものだった。

 黒い燕尾服も、すごくよく似合ってる。

「星崎さん……! どど、どうして」

「おいで」

 彼は、わたしに手を差し出した。

 彼にリードされて踊りながら、わたしはさっきから気になってしょうがないことを訊いた。

「あの、星崎さん」

「どうしたの?」

 カレに回されて、ターンする。

「一億円なんて、どうやって出すんですか」

 彼はちょっぴり不満気に斜め上を見た。

「それくらい出させてくれないか。君と踊るためだけに」

 ひっ。

 顏がほてりそう。

「星崎さんだけです、そう言ってくれるの」

「女の人と踊るのに、値段をつけるなんてなんか違うって、さっき夢ちゃんはそう言ってたね」

「聞いてたんですか」

「女性を値踏みするようなやつに、なんて思われたっていい。夢ちゃんは、夢ちゃんのしたいことを見つめていればそれでいいんだ。そうしたいと思っているはずだよ。君は。わざわざオレに言われなくてもね」

 わたしの心をなぞるような言葉。

 ほっとするぬくもり。

 夢の中でも、星崎さんは星崎さんだ。

「どうして、いつもわたしのことがわかるんですか。なんだか、わたし自身よりもわかってるみたい」

 後ろからわたしの肩を抱いて、囁く声がする。

「言ったでしょ。オレたちは家族だから。――今夜は、楽しもうね」

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