⑤ ルピナスの種をあなたに
アクアリウム、夜の水族館内レストランは、四方を水槽で囲まれた幻想的な雰囲気。
サンタ服から青いシャツにベージュのズボンに着替えたマーティンと足を踏み入れて、すぐに、前きたときとは違うところに気がつく。
水槽の中にたくさんただよってるものがある。色とりどりのお魚さんと一緒に楽しげに光って揺れている。つぶつぶが一つのかたまりになって、お花みたいな形をつくってる。その色は、紫に、ピンクに、白に――。
席について、たこさんサラダとひとでオムライスを注文しても、周りの水槽にたゆたうそれがなんなのかずっと気になっちゃう。
それくらい、きれいだった。
「もも叶」
名前を呼ばれてはっとして前を向く。
いっけない。ついぼけっとしちゃった。
「ごめん、マーティン」
これじゃ、誕生日をわすれないで、ちゃんとあたしを見てて、なんて言えたもんじゃないね。
それなのにカレはどこまでも優しくて。
ゆっくり首を横に振った。
「いいんだ。ここに連れて来たのは、見惚れさせるのがねらいだったから」
そう言いながら、ブルーの包装紙と金のリボンにくるまれた、ひらべったいなにかを差し出す。
それは、さっきサンタさんになったマーティンの白い袋に入ってたプレゼントの一つ。
青と銀の照明が、かすかに赤くなったカレの頬を照らしてる。
「これ、僕からなんだ」
そっと受け取りながら、顔がゆるんでるのが自分でわかる。
照れてるカレも、好き。
なんて、恥ずかしいこと想いながら。
「開けてもいい?」
マーティンが頷くと、さっそくリボンを手にかける。
でてきたのは、絵本だった。
「あっ」
そして驚いたのは、その表紙に、水槽に再現されてるのと同じ花々が描かれていたこと。
優しい色で描かれた女の人の姿もある。
タイトルは『ルピナスさん』。
「ルピナスっていうのが、この花の名前なんだ。もも叶の、誕生花の一つだ」
絵本から視線をマーティンに戻す。
そんなことまで調べてくれていたことの嬉しさが身体中を駆け回る。
「これ、今読みたい」
「え、あぁ。すぐ読めると思う、けど……」
あたしは夢中でページをめくった。
『世の中を美しくすること』
それが、主人公の女の人――ルピナスさんが小さい頃、おじいさんと交わした約束だった。
大人になったルピナスさんは、世界中のきれいなところをたくさん旅する。
南の島でココナツのおいしいジュースをごちそうになったり、一年中雪の溶けない高い山や砂漠、ジャングルまで行く。そして行く先々で、忘れられない人達とおおぜい出会うんだ。
でもあるとき、旅の途中、ラクダから降りるひょうしに背中を痛めてしまう。
家に帰って寝ているその窓から、青や紫、ピンクの花たちがのぞくんだ。
元気になったルピナスさんは、村のあちこちに、花の種をまいた。
周りの人からおかしいおばさんと言われても、続けた。
そして次の春、村中がルピナスの花であふれるんだ。
海沿いの丘、学校の周り、教会の裏まで。
ルピナスさんは、おじいさんとの約束を、とうとう果たしたんだ。
読み終わったあと、心がルピナスの色たちに包まれる気がした。
優しくてすてきな絵がぜんぶのページに描かれてるってことも、マーティンが選んでくれた本らしい。
「気にいった?」
うんっていう一言すら出せずに、大きく頷くと、マーティンは話し出した。
じつはさっきショッピングモールに来る前、あたしの家の近くでみんなで待機してたんだって(!)
そこで、せいらがあたしの届けた議事録を大事そうに読み返してたこと。
夢が、星崎王子に関するあたしのジョークをおもしろそうに話してたこと。二人でした恋カツ会議のとき、ほんとうはすっかり立ち直ってたけど、あたしになぐさめてほしくて、わざと落ち込んでみたんだって。
「去年学校の図書室でもも叶の誕生会をやったんだって、大切そうに話してた」
……。
たまらない気持になって、あたしはぎゅっと絵本を胸に抱きしめた。
「本の作者のバーバラ・クーニーはアメリカの有名は絵本作家なんだ。もちろん、絵が好きで選んだのもあるけど。僕はこの絵本で、もも叶に伝えたかったんだ」
マーティンがテーブルの向こうから、あたしの耳元に顔を寄せる。
「もも叶も、知らないうちに、ルピナスの種をまいてるんだ」
夢に、せいらに、僕に、ジョニーにも。
みんなの心の中に。
その言葉は恋の秘密のように、楽しげに囁かれて、あたしの心に恵みの水と、虹をかけていく。
「生まれてきてくれて、ありがとう。これからも、誰かを喜ばせるのが好きな君でいてくれ。夢未やせいらを、僕を、いろんな人を、もも叶は元気にする」
えへへ。
みんな、あたしを大事に想ってくれてたんだ。
ちょっとでもすねたりして、ごめんね。
でもマーティン、いつもながらそういうこと、よくさらっと言うなぁ。
と思ってたら、マーティンは最後に、ぽつりと付け加えた。
「ジョニーに対しては、ほどほどにしといてほしい……けど」
にっと笑って、あたしは親指をつきたてた。
「了解」
「……信用していいんだよな」
マーティンはがっくり肩を落として、さっきまでの決めた感じはどこへやら。
「ありがとう、マーティン。信頼してくれてだーいじょぶ! たぶん」
「たぶん?」
彼が情けない顔を上げた、そのいいタイミングで、たこさんサラダが運ばれてきた。
シェア用だからかなり大盛り。
「さ、食べよ食べよ! あたし取り分けてあげる。女子力高いでしょ~」
「いやもも叶、たぶんっていうのは」
「あっ、たこさんが逃げた! マーティン、キャッチして!」
「えっ、えぇっ!」
あたしの誕生日はまだまだ続いていく。
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