⑥ ラノベ魔法・猫耳編 ~せいらの語り~

しばらくみんなである程度本のデータを読み込んだ後は、手分けして仕事にあたった。

 夢っちは引き続き残りの本の読みこみ、星崎さんはカウンターにいて、ハンディーで読みこんだそのデータをUSBの中に移し替えたり、パソコンを使って、本来あるべき棚ではない場所でデータ読み込みされている本や、お店にあるはずなのにデータチェックがされていない、つまり行方不明の本のリストを打ち出したりしてくれている。

 あたしとかみやんは今、星崎さんから渡されたリストを手に、その行方不明の本の探索にあたっているの。

 まずとりかかったのは、ライトノベル『俺の猫耳メイドがこんなに愛らしいわけがない 第二巻』。

 出たばかりの話題の本なんだけど。

 どういうわけか在荷場所の新刊のコーナーにも、話題の本のコーナーにもないのよね。

 お店の在庫では残り一冊らしいから、なるべく見つけてほしいって星崎さんが言ってた。

 あたしはかみやんと並んで、大人向けの小説の棚にじっと目を凝らして探索。だけど。

「らちあかねーな」

 そうね。やっぱり、大きな書店の中から一冊の本を見つけるのは簡単じゃない。

「お。そうだ、せいら」

 横を見ると、かみやんが微笑んでこっちを見ていた。

「得意の推理、してみてくれよ。猫耳がどうとかって小説、どこにあると思う」

「えー、そんな、急に言われても」

「できないことないんじゃねーの」

 挑むように、カレは首を傾げる。

「どんな本かはわかってんだから、ヒントはいくつかある」

 はっとして、あたしは考え始めた。

「……ターゲットの本はヤングアダルトノベルだから、まず、購買層は中高生のお兄さんお姉さんの可能性が高いわね」

「いいとこに気付いた。中高生か。本屋の客としてはけっこうレアかもな」

「どうして?」

「その年代は読書離れが進むって、先生たちのあいだじゃいつも問題になる話なんだよ。部活や受験で忙しいのもあるけどな」

 なるほどね。

 ふだん忙しくて、あまり本を読まない生徒さん。

 彼か彼女はふらっとここ、星降る書店に立ち寄って、何気なく見た新刊の棚から、おもしろそうなライトノベルを引き抜いたのかしら。

「そして、なぜかそのライトノベルを他の棚に戻しちまったことになるが」

ひらめいた。

「一度は買うつもりで持ち出したけど、他の棚も見回っているうちに、もっと読みたい本を見つけたのかも。それで持っていた本を手近な位置に戻して、代わりにその本をレジに」

かみやんは苦笑いで溜息をつく。

「大方そんなとこだろうな。その生徒がもっと読みたいと思った本に関する手がかりはゼロだし。あーあ、結局振り出しか。手当たり次第探すっきゃなさそうだな」

「待って」

 肩を落として捜索にとりかかるカレを、あたしはひきとめた。

「もしかして、この本、7階のヤングアダルトコーナーにあるかも」

「へ」

「ついてきて。かみやん」

 児童書コーナーの一角に設けられたヤングアダルトコーナー。そこには大人と子どものあいだの時期にいる少年少女のための本が並べられてる。

 あたしは棚に目を凝らした。

 ビンゴ!

 その中に、やっぱりあったの。『俺の猫耳メイドがこんなに愛らしいわけがない 第二巻』。

 発見した小説を抜き出して、かみやんに向けてピースサイン。

 本を受け取ったカレは、目を丸くして、

「……すげーなお前。どんな魔法だ?」

「簡単よ。小説があったのは、本来、『俺の猫耳メイドがこんなに愛らしいわけがない』の第一巻があるはずの場所なの」

 かみやんは息を吐いて、なーると唸る。

「興味を引かれた本は第二巻だったことに気が付いて、一巻と取り換えたってわけか」

 感心しているカレをよそに、褒められたあたしは上機嫌で、少し離れた日本の歴史漫画コーナーを眺めはじめた。平積みにされた本を見ていると。

 ささっと、その上を黒い影が横切って。

 ぴたりとあたしの前で止まった。

「お手柄だったようじゃの」

「黒猫王様っ!?」

突如現れた猫は、とつぜん、ぴょんと高く高く飛び跳ねた。

「褒美をとらせよう。そなたの手柄本からプレゼントじゃ」

リン。

黒猫の首元にかかっている鈴の音が一度、聴こえた――。

 「せいら、大丈夫か?」

 気が付くと、あたしは歴史漫画の棚の前で尻餅をついてた。

 かみやんが心配そうに、手を差し伸べてくれてる。

 ありがと。かみやん……。そう言って、手をとったそのとき、

「ごめんなさい、あたしったら、はしゃいで転んだりして、だめな子。いっぱい叱ってください、ご主人様っ」

 ……今の、なに?

 なんか、すごい寒気がする台詞が、聞こえたんだけど。

 よりにもよって、あたしの首元から。

 しかも、そのおぞましい台詞を喋っている声が、あたしの声にそっくりって、どういうこと。

 助け起こしてくれたカレも、がちっと固まってる。

「『ご主人様』……?」

 ち、ちがうの! 今のはあたしじゃなくて。

 あわてて弁解しようとしたそのとき、またまた首元から音声が出てくる。

「でもぉ、せいら頑張ったんです。ご主人様に、いっぱい褒めてほらいたくて。いい子いい子してほしくて……」

 ひっ!

 なんなのよいったい!

 カレも戸惑ったように、こめかみをかいてる。

「せいら。……悪いもんでも食ったか?」

 違うのよ。

 助けてよ、かみやん~。

「ご主人様~。ところで今日は何をご注文されますか~ぁ?」

 また首元から……。人の声でやたら甘ったるい喋り方しないでくれるっ。

 かみやんもきょとんとしてる。

「注文?」

「カフェラテ、コーヒー、アイスティー、なんでもどうぞです~」

「……そうだな。じゃ、飲み物はいいから、一つ、訊きたいんだが」

「は~い」

「……数秒間でどうやって着替えたか知らないけど、せいらは、そういう服好きなのか?」

 ……え?

 言われて初めて、あたしは自分の身に纏っている服を見て。

「いやぁぁぁっ」

 今度は自分で叫んで、両腕で身体をかばって、しゃがみこんだ。

 だって、こんな。

 頭に猫耳、首には鈴をつけた(音声はここから出てたらしいの)、超ミニミニスカートでフリルいっぱいのメイド服なんて。

 もう、ほぼ涙目だわ。

「なんで、こんな服、よりによってかみやんの前で。そりゃ、漫画やアニメに出てくるヒロインが着るぶんにはかわいいし、正直に言えば、ちょっとだけ、ほんの0.01パーセントの憧れはあったけど、でもカレがいるところでなんて。ありえない! 赤面の至りっ。死ぬほど恥ずかしいじゃないの」

 一気に喋って。

 ……。

 しばらくして、気付いた。

 カレの反応がない。

 おそるおそる目を上げてみると、かみやんは、こっちをまじまじと見ていた。でも、様子がおかしい――額を押さえて、顔が赤くて、目がちょっとうるんでる?

 どうしよう。

 あたしがようやく自分の声を出せるようになったら、今度はカレに異変が?

 数歩後ずさって、片手で顔を覆って震えるかみやんに、心配が頂点に達したあたしは駆け寄った。

「どうしたの? かみやん。どっか痛い?」

 かすれた声が、返ってくる。

「……今のは、やばい」

「え?」

「ハンパない破壊力だ」

「ほえ?」

「せいら、やっぱ一つ注文していいか」

 顏から手を取ったかみやんは、真面目な顔をして言った。

「今の台詞もう一回言ってくれ。できれば、腕かかえてしゃがみこむ動作も込みで頼む」

 ……。

 顏に血液が一気に上昇する。

「かみやんのばかーーっ!」

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