② 彼の意外な隙探し

 とは言ったものの、いざデートに誘うとなると、なかなか勇気出ないよね。

 次の日の放課後、わたしは星降る書店に来てた。

 昨日夕ご飯のときには結局言いだせなくて、今日こそと思って星崎さんの休憩時間を狙ってきたの。

 星降る書店のフロアを歩いて、彼を探す。

 やっぱりいない。もう奥の事務室に入っちゃったかな?

 しょうがない。

 やっぱり、今日の夜、マンションで誘おう。

 そう思ってユーターンしたら。

 「夢ちゃん」

 どきっ。

 「星崎さん。ごめんなさい。お仕事中」

 「今から休憩だから大丈夫。それよりどうしたの? なにかあった?」

 「えぇっと……」

 がんばれ、わたし!

 勇気出さなきゃ!

 「星崎さん。よよ、よかったら、夏休みに、わたしとストーリーシーに」

 「ごめん、夢ちゃん」

 え、えぇっ?

 まだ言い切らないうちにまさかのお断り!?

 と思ったら、ちょっと違うみたい。

 「話は後で聞くよ。少しの間、事務室で待っててくれる?」

 へ……?

 顔を上げると星崎さんは鋭い目つきでわたしの向こうを見てた。

 後ろに、何があるんだろう?

 ふりかえるより早く、星崎さんに背中を押されちゃった。

 「行って。早く」

 「は、はい……」

 わたしは事務室に向かって歩き出した。

 カウンターにいる書店員さんに断って、事務室に入る。

 水色のソファに腰掛けて、なんとなく辺りを見回す。

 長い机にパソコンと色んな難しそうな本。

 星崎さんが普段お仕事してる場所。

 だからかな、ここにくると安心するんだ。

 でもなんか、星崎さん、さっき様子が変だったな……?

 じっと事務室の中を見て、ぼうっと考える。

 ここはわたしがお父さんに殴られたとき、彼が助けてくれたところでもあるんだ。

 あのとき、星崎さんに好きですって言ったんだっけ。

 そのまま気を失って返事聞けなかったんだよね……。

 わたしってほんと、助けてもらってばっかりだ。

 そのとき、昨日の文学乙女会議でももちゃんとせいらちゃんが出してくれた意見が頭に浮かんできたの。

 『彼の意外な隙を見つけると、盛り上がれたりするわけよ』

 『探してみる価値はあるんじゃないかしら』

 そっか。

 ここは彼の使ってるお部屋だから、ちょっと調べたら、意外な発見があるかも!

 ぴょんとソファから降りて、わたしは調査開始。

 怪しいのはやっぱり、デスク周辺かな。

 お仕事の本が積み上がってるその横に、さっそくいいもの発見。

 小さい本が何冊か。これ、きっと星崎さんがプライベートで読むための本だ。

 知的なイメージの彼だけど、もし漫画とかあったら……意外だよね。

 わたしは一番上の本のタイトルを見てみた。

 『ヘレン・ケラー自伝』

 う。

 最初からすごい。

 ヘレン・ケラーって、見えない、聞こえない、話せないの障害を克服した偉い人だよね。

 こういうの勉強以外で読むんだ。

 さすが星崎さん……。

 で、でも次の本は、どうかな?

 『ハムレット』

 あ、これ知ってる~。

 『ロミオとジュリエット』でも有名なシェイクスピアって人の書いた本なんだ。

 演劇のためにつくられた本だから、登場人物の名前の下に台詞があって脚本になってるんだよ。

 でも難しそう。

 わたしもいつか読みたいんだよね。

 そしたら星崎さんと語れるなぁ。楽しみ!

 ……って違う違う、彼の隙を探さなきゃ。この本も結局イメージ通りだったな。

 じゃ、最後の本に、望みをかけて。ってあれ?

 これ、本じゃない?

 DVDだ!

 へ~。星崎さん、映画も見るんだ。

 華やかな衣装を着たヨーロッパの人たちが描かれてる。一番中心には、白い髪を束ねて指揮棒を持った音楽家ふうの男の人。

 タイトルは、ローマ字が並べてあるけど、なんて読むんだろう?

 でも、こういうきらびやかな映画が好きっていうのはちょっと意外だよね。

 発見かも。

 そう思った直後、わたしはDVDのケースの片隅に書かれた文字にはっとしたの。

 『全編ドイツ語』。

 わたしは、手に持ったDVDをそっとデスクに戻した。

 星崎さん。

 全然隙がないよっ。

 持ってるものなにを見てもすごいとしか思えないっ。

 もしかして星崎さんって、どっかの星からきたスーパーな人なのかなぁ。

 名前も星崎だし……。

 あぁ、こんなこと言ってる場合じゃないっ。

 なにか、探さなきゃ。彼の意外な隙を。

 デスクをもう一度見回してみると、さっきは目につかなかった畳まれた新聞が置いてあるのに気づいた。

 星崎さんが読んでたのかな?

 小学校の最上級生になったから、新聞を読みなさいって学校の先生は言うんだけど、わたし、新聞って苦手なんだよね。

 本と違って、自分で自由に想像できないから、楽しみ方がわからないんだ。

 でも、ここは読んでみようかな。

 トップの記事の見出しだけでも。

 よし。

 わたしは新聞を広げた。

 トップに大きく出てる見出しを読んで、胸がぎゅっと掴まれた気がした。


 栞町小学六年児童、車に残し火を放った両親に、十三年越しの判決


 小学六年生って、わたしと同じ年。

 ひどい……!

 車に置き去りにされて、お父さんとお母さんに火をつけられたなんて。

 そんな子が十三年前の栞町に?

 わたしはかじりついて、その記事を読んだんだ。

 心がずーんと重い。

 十三年前のその子は、なんとか生き延びたらしいけど。

 お父さんとお母さんが一生刑務所にいるって決まった今、どんな気持ちでいるんだろう……。

 一人でいられなくてつい、事務室を出て星崎さんの姿を探したら、いた。

 さっきと同じ、新刊コーナーの前で。

 さっきと同じ鋭い目で、自動ドアの方を見てる。

 星崎さんのこういう顔ってめったに見ない。

 その先にはなにがあるんだろう。

 わたしは自動ドアの方を見た。

 「……!」

 そこからたった今出て行った、大きな身体にスーツを着た男の人の後ろ姿を見て、足がすくむ。

 後ろ姿だけでも、見間違えるはずない。

 あれは。

 お父さん……!

 「夢ちゃん。遅くなってごめん。待ちきれなくなった?」

 気が付くと、星崎さんが心配そうにこっちを見てる。

 さっきの近寄りがたい空気がうそみたいに。

 星崎さん、お父さんとなにを話したんだろう。

 「夢ちゃん、大丈夫?」

 震える手を、星崎さんにとられる。

 「ごめんね。もう待たせないから」

 手から伝わってくる温かさに、安心する。

 大丈夫。

 この人といれば、わたしは大丈夫。

 「星崎さん。夏休みなんですけど、せいらちゃんが、ストーリーシーのチケットをたくさん持ってて。その……一緒に、行ってくれませんか?」

 星崎さんは、微笑んだ。

 そして。

 「もっちろん、行っきまーす!」

 わっ!

 後ろから突然やってきて答えたのは……。

 「小夏。君は誘われてないだろ」

 ショートカットに今日は水色のストーンのイアリングの小夏さんだった。

 「かわいい女の子三人組と、ストーリーリゾート! お姉さんわくわくしちゃうっ」

 「小夏」

 「いいわよね、夢未ちゃん?」

 えぇっ。

 小夏さんも、行くのっ!?

 も、もちろんすてきな小夏さんは好きだけど、でもそれだと……。

 「幾夜、久しぶりのデートねっ」

 ってことに……もう、なっちゃってるよ~(泣)。

 「オレは小夏とデートした記憶はないんだけど」

 「なに言ってんの。大学時代は毎日がデートも同じよ」

 小夏さん。

 星崎さんと大学が一緒だったんだ。

 「じゃぁそういうことで。日時や待ち合わせ場所はラインしてね。あたし、ちょっと用事があるから」

 そう言うと、小夏さんは風のように自動ドアの向こうに消えてしまったの。

 「……」

 残された星崎さんと、目が合う。

 彼は溜息をついた。

 「ほんと、ごめんね、夢ちゃん」

 「いえ……そんな。小夏さん、好きだし」

 でも内心。

 ぐすん。

 すっごく不安です。



 夏休みに入って、いよいよ明日はストーリーシーでトリプルデート!

 『マーティンのことは当日、星降る書店の棚の前まで迎えに行ってあげる事にしたんだ。現代のテーマパークについて調べとくってはりきってたよ』

 ももちゃんは嬉しそうに言ってた。

 『なんと、かみやん、前日まで天金にある塾の本社にいるんですって。だから彼とは現地で待ち合わせなの。なんていう神の采配かしら!』

 せいらちゃんも感動してた。

 だけど、わたしが星崎さんを誘い出したときのことを話すと、二人ともそろって溜息。

 『『小夏さんも、来ることになった!?』』

 『はぁぁ。夢ってなんでそうお人よしかな』

 『そうね。あたしだったら、これは彼と二人のデートなの! って思いっきり威嚇するわ』

 うう~。

 だって……。

 『でも、これはある意味、いい機会だね』

 ももちゃんが言ってくれたの。

 『星崎王子だけじゃなく、小夏さんにも夢の本気を見せつけるんだよ!』

 『さっすがももぽん! ピンチはチャンスってわけね!』

 せいらちゃんもはりきってくれたけど。

 わたしにそんなことできるかなぁ。

 「サラダ、口に合わなかった?」

 星崎さんの声で、わたしははっとした。

 いけない。お夕飯の途中でぼうっとしちゃった。

 「いえ。すごくおいしいです」

 「最近、考えてることが多いけど、なにか悩み事?」

 あ……。

 星崎さんはなんでもお見通しだね。

 うん。

 いつかは訊いてみようって思ってたし、ちょうどいいかも。

 「星崎さん。十三年前栞町で起こった事件のこと知ってますか。

 当時、わたしと同い年の子が、車に置き去りにされてお父さんとお母さんに火をつけられたっていう」

 「……あぁ」

 ……あれ?

 星崎さんの顔から一瞬、表情が消えたような。

 「両親は無期懲役だってね。新聞に出てた」

 「車に置き去りにされた子、今どうしてるんですか」

 なんかそれが、すごく気になって、考えちゃうことがあるんだ。

 なのに星崎さんはなんてことないように言ったんだ。

 「もう昔の、ありふれた虐待事件だよ。夢ちゃんが気にすることじゃない」

 えっ。

 そんなふうに言うなんて、星崎さんらしくないよね。

 「でも、わたし、その子はどんな気持ちだったろうって思わずにいられないんです。

 どんなに……悲しかっただろうって」

 「そうかもしれないね」

 星崎さんは今度はどこか悲しそうに、微笑んだ。

 「でも、夢ちゃんまで悲しい気持ちにさせてしまったらその子だって、うかばれないんじゃないかな」

 「……そうかな」

 そう呟くと、星崎さんが少し驚いたようにわたしを見た。

 「いちばん大好きなお父さんとお母さんに、車に置き去りにされて、火を付けられて熱くて、怖くて寂しくて。

 そういう想いをしたその子は、一緒に傷んでくれる人がすごくほしかったと思うんです」

 「……」

 星崎さん?

 星崎さんは、ぼうっと、机を見つめてた。

 どうしたのかな。

 はっと我に返ったようにわたしを見る。

 「とにかく、あまり悲しいことを考えすぎるのはよくないよ。優しく考えすぎるくせは、たまに夢ちゃんを必要以上に追い込むからね。

 もう寝よう。明日は朝早いから」

 そう言って、お夕飯の後片付けを始めちゃった。

 やっぱり星崎さんらしくない。話逸らすなんて。

 そうは思ったけど。

 「明日、楽しみだね」

 その気持ちも、彼の笑顔に紛れていつの間にかなくなっちゃったんだ。

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