⑭ ジョシー・パイの挑戦ゲーム

「それじゃ、こっちの一番手はあたしね」

 ジョシーが進み出た。

「あなたたちの中で誰が対決するか、好きに決めていいわよ」

 あたしたちは再び作戦会議。

「誰が行く?」

 ももぽんの問いかけに、情報担当の夢っちが囁く。

「『赤毛のアン』の中で、ジョシーがアンに挑戦する場面があるの。ジョシーが建物の屋根の上を端から端まで歩ける? ってアンに言うんだ。成し遂げられたらアンの勝ち。できなければジョシーの勝ちで、アンはその挑戦を受けて、屋根から落っこちちゃうの」

 それは……。

 かなり危険ね。

 あたしの心配をよそになぁんだと言ったのはももぽんだった。

 そして軽々と言ってのけたの。

「そういうことなら、あたしが行くよ」

「大丈夫? ももぽん」

 そりゃ、バランス感覚とか運動神経でいったら、この中じゃももぽんが一番……。

 にっこりとももぽんは笑った。

「まかして。屋根の上歩くくらい朝飯前!」

「でも、もしももちゃんが落ちちゃったら、わたし……」

 今から震えてる夢っちにウインクして、どんっと、胸をたたくももぽん。

「だーいじょぶ! 石頭には自信あるから」

 へ、変な自信ね……。

 ももぽんは元気いっぱい、前に進み出た。

「ジョシー・パイ。あたしが相手だよっ」

 ふんとジョシーは鼻を鳴らす。

「いい度胸じゃない。あたしの対決方法は、挑戦ゲームよ。あたしがあんたにお題を出すの。それをクリアできればあんたの勝ち」

 よし、とももぽんが頷いてる。もくろみ通りね。

「そのお題は」

 ところが次の瞬間、にやりとジョシーが笑ったの。

「この紙にかいてある三文字を口にすること」

 ももぽんも、うしろで見守ってるあたしも夢っちも。

 そろってあんぐり。

 紙を受け取りながら、ももぽんは呟く。

「そんな簡単なことでいいの?」

「簡単かどうかは、やってみてから言ってもらいたいわね」

 小さな紙をももぽんに渡したジョシーは、パチンと指を鳴らした。

 その途端、周りからジョシーと、応接間に座ってたキャサリンさんにミンチン先生の姿が消える。

 気が付いたらあたしと夢っちは、応接間の外の廊下に立ってた。

 ガラス窓から応接間を覗くと、そこにいるのはももぽんと――もう一人だけ。

 それは、濃い茶色の髪をした、男の子――。

「マーティン。どうしてここに」

 ももぽんの彼だったの!

 マーティンくんは穏やかに微笑んだ。

「もも叶に会いにきたらいけないか」

 あ、当たり前のようにさらっと……。

 相変わらず、見せつけてくれるわね。

「そ、そりゃいけなくないけど。今ちょっと大変なんだよね。せいらの大事な神谷先生が――あっ」

 きゃっ!

 あたしと夢っちは思わず、窓に張り付いた。

 マーティンくんが、ももぽんの両手をとったの!

「もも叶。聴いてくれ」

 ももぽん、顔が真っ赤。

 彼と両想いになって結構たつのに、未だこうなんだから。もう。

「僕は本の中の人間だし、そのくせお金持ちでもなんでもない。貧しい生まれだ。だから、将来君を不幸にしてしまうんじゃないかって、怖いんだ。それでも、君と一緒にいるためなら、頑張って、立派な大人になりたいって思ってる。だから」

 とったももぽんの手をマーティンくんは自分の方に引き寄せる。

「将来、僕と結婚してくれるか」

 今度こそ、あたしと夢っちは声を出して絶叫した。

「今の段階でプロポーズ!」

「すごいっ。ももちゃん、やったね!」

 窓の向こうのももぽんには聞こえてないみたい。でも、今にも沸騰しそうな顔してる。

「あ、あたし……なんていうか、いきなりすぎて、なんて答えたらいいか」

 マーティンはちょっと顔をしかめる。

「いきなりなもんか。君とビュールゼーで遊んだときも、僕はずっとこの時が続けばいいって思ってたんだ」

 そして。また優しく笑って、ももぽんの耳に囁く。

「もも叶は、僕のことが好きか」

「そ、そんなの……決まってるよ」

 ももぽんがもじもじ答えようとすると、マーティンくんが……ももぽんを抱きしめた!

「ふ、ふぇぇっ」

「好きか、もも叶」

 とっさに彼の首に手を回したとき――ももぽんの顔色が、変わった。

 手に持ってる紙が目に入ったのがわかる。

 そして、そこに書いてある言葉があたしにも見えた。

 『きらい』の三文字が。

「ひどい。あんなの言えるわけないよっ」

 隣で夢っちが呟く。

 ももぽんの瞳が、揺れる――。

 躊躇した末に、ももぽんは言った。

「あたし、マーティンのことが、き――」

 彼を抱きしめる手が震えてる。

 それを見た時。

 あたしは窓をあけて、そこを潜り抜けた――。

「ももぽんっ」

 やだ、お尻がいたいっ。

 着地失敗だわ。

 応接間に転げ落ちながら、それでも言う。

「その先を言ったら、承知しないわ」

 彼の背中越しにももぽんが目を見開く。

「せいら……!」

「そりゃ、この勝負に勝ってかみやんは助けるけど。三人が一緒に幸せにならなきゃ意味ないんだからね」

 ももぽんは目に涙をためて頷いた。

 そしてそっとその目を閉じて、言ったんだ。

「好き。マーティンのことが大好き……!」 

 そう、ももぽんが言った瞬間。

 マーティンくんの姿は消えて、応接間に対決相手の三人組が現れた。

 夢っちもあわてて扉から部屋に入ってくる。

 ももぽんの前に勝ち誇って立ちはだかるのはもちろんジョシー。

「残念ね。やっぱり、彼氏にきらいとは言えなかった?」

 ももぽんはぽりぽり頭をかいた。

「うん。あれはほんとはマーティンじゃないって、わかってたんだけど、やっぱり顔は彼だもん。言えないや」

 あたしと夢っちは絶句。

 あのマーティンくんは、偽物だったの……?

 ますます卑怯な。

「まぁ、よく見破ったわね。登場人物投影機で完璧に作った幻だったのに」

 ぬけぬけと言うジョシーに呆れる。

 そんな機械、あるのね……。

「確かにそっくりだったけど、彼ならこのタイミングではプロポーズっていうより、率先して勝負を引っ張ってくれそうだなって思ったから」

 そう言うももぽんはさすがは彼女。わかってる。

「まぁいいわ。ともかく最初の一点はこっちのものよ」

 胸を反らすジョシーにすごいわぁと無邪気に手を叩くキャサリンさんと、むっつりと黙っているミンチン先生。

 ももぽんは眉を下げて、あたしたちのほうをみた。

「ごめん。負けちゃった」

 あたしはももぽんの肩に手を置く。

「謝りっこなしよ。マーティンくんに『きらい』なんて言い放つももぽん、見たくないし」

 夢っちも笑顔だわ。

「そうそう。やっぱりももちゃんは、真っ赤になって『ふぇぇ』って叫ぶのがかわいいよね」

 ほっこりしたところで、あたしたちは、チーム・悪女(勝手に命名)に向き直った。

「では、次でわたしが勝敗を決めましょう。無用な時間は早々に終わらせるに限ります」

 代表に名乗りを上げたのは、ミンチン先生だった。

「先に言っておきます。わたしは、登場人物投影機のような小手先の道具は使いません。勝負方法は、厳正なるテストです。満点を取れたらあなた方に一点が入ります。科目は、文学史」

 そうと聞くが早いか、あたしとももぽんは、両サイドから同時にどんっと夢っちを押し出した。

 つんのめりながら、夢っちが前に出ていく。

「ひぇぇっ! ふ、二人とも、痛いよぅ」

 情けない当人の代わりに、びしっと相手方を指して、あたしは宣言する。

「この勝負、もらったわ」

 ももぽんも腕を組んで、がははと笑ってる。

「このお方をなんと心得るか! 小学生文学博士の夢様であられるぞ!」

 早くも勝利モードのあたしたちに、ミンチン先生は口元だけで笑った。

「では、お手並み拝見といきましょうか」

 そして、パチンと指を鳴らした。

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