崩壊-4-

「うあぁあああぁあ…っ!」


狭い部屋に少年の呻き声が響いた。

深く切られた腕から手首を伝って鮮血が流れ落ちる。

それを見て、男は口角を上げた。


「まだまだだな、綾瀬。そんなんで復讐とかほざいてんのか?」


熱を持つ腕を抑えながら少年は男を見上げた。

真っすぐこちらを見下ろす男を、その視線だけで殺せるのではないかという程の目つきで見据えた。


「てめえ…絶対殺してやる…っ」


男は不気味な笑みを浮かべながら、少年の右脚を掴んだ。


「は…?おい、何を」


ジタバタと暴れる少年の腹に馬乗りになり、男は少年の口を空いている手で塞いだ。

男の手を掴んで退けようとするが、不利な体勢のせいもあり少年の力では男の力には敵わなかった。


「…綾瀬は、キュートアグレッションって知ってるか」


キュートアグレッション。

可愛いものへの攻撃性。

それは、例えば可愛い仔犬を見たときに抓ったり締め付けたりしたくなってしまうような衝動のことだ。


「俺のはそれなんだよ」


馬鹿言え、キュートアグレッションは決して危害を加えたり傷つけたいと思うことじゃない。

お前のそれはただのサイコパスなんだよ。


と少年は頭の中で反論する。


「俺にとって綾瀬は可愛い可愛い俺の教え子だよ」


じゃあ、何だ。

お前は他の奴にもこんなことしたのかよ。

気持ち悪い。

吐きそうだ。


少年は頭の中で必死に悪態を吐くが、口を塞がれているためにそれを声に出すことが出来ない。


「…一番の教え子だよ」


意外な言葉に少年が男の顔を見上げると同時だった。

男が少年の右脚を逆に反らした。

まるで、手羽先の骨を曲げるように、蟹の脚を曲げるように、いとも簡単にそつなくこなした。

鈍い音に少年が自分の脚が折られたのだと気付いたときには、何とも言い難い激痛が少年を襲った。


「…かっ、は、あああああああ!!!」


痛みで呼吸の仕方を忘れたまま、少年が悲鳴を上げる。


「ああ…それだよ。その顔。恐怖や苦しみに溺れてるその表情」


男がうっとりとした表情を溢しながら、少年の頬へ手を滑らせる。

まるで本当に愛おしいものを愛でるかのようなその仕草に、少年はほんの一瞬、痛みを忘れた。

初めて心の底から怖いと思った。

しかし、すぐに痛みで現実に引き戻される。


「うぅ…っく…」


痛みで冷や汗が噴き出た。

それを男が手のひらで拭った。


「折角だから、残りの脚も折っておこうか?」

「…っ」


何が折角なのか、少年にはわけがわからなかった。

何かを言おうとしても、少年の口から出るのはただの呻き声だけだった。

痛みで何も言えない。


「…そうすれば、綾瀬は反抗しなくなる?なあ」


男は少年の左脚へ手を滑らせる。


「…めろ…、やめろ!!このくそ野郎!絶対に殺す!」


少年の暴言に男は儚げな表情を浮かべた。

瞬間、再び部屋に鈍い音が響いた。


「ああああぁああぁあ!!」


そこで少年の意識はプツリと切れた。


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