06

私が口を開こうとしたときだった。


「ふーん。姫乃さん彼氏いるんだ?」


大野くんの言葉に、私は箸を落としそうになった。


「おっ、新人、さっそく姫ちゃんを名前呼びとは、生意気~!」


祥子さんがニヤニヤとからかい、真希ちゃんがうんうんと頷く。


「ダメでした?」


「いいんですか、姫乃さん?」


「えっ?いや、いいよ。名前の方が親しみやすいし、仲良くなれる気がするし。ね、大野くん。」


私は大野くんに向けてにっこりと笑った。


別に下の名前で呼ばれることくらい何ともない。現に大多数の同僚が“姫ちゃん”とか“姫乃さん”と親しみをもって呼んでくれるので、むしろありがたく感じている。


「いやー、いいよね。姫ちゃんのその笑顔、癒しだったなあ。」


早田さんが名残惜しそうに言う。


「早田さん、私たちは?」


「もちろん、君たちもだよ!」


真希ちゃんが不満げに言うと、早田さんはすかさずフォローして明るく笑った。


そんなこんなで、和気あいあいとした勧送迎会は宴もたけなわのうちにお開きになった。


祥子さんと真希ちゃんと駅で別れ、私は一人電車に揺られる。


今日もまた、“彼氏と別れました”と打ち明けられなかった。

このまま私は彼氏がいると勘違いされつつ結婚適齢期を逃してしまうのだろうか。ていうかアラサーの時点ですでに結婚適齢期は過ぎているのかもしれない。

死ぬまで一度も彼氏ができずに、そのままおばあちゃんになってしまうかも。ああ、その前に嘘がばれて会社に居づらくなって仕事も辞めることになったりして?


考えれば考えるほどネガティブな思考になり、項垂れていく。

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