6.心月の刀身

 


 ――"心月の刀身"


 実は、俺が《時の狭間》で最初に習得したのがこの技だ。


 《時の狭間》に来てから、俺は剣を幾たびも振り続け、正しい剣の振り方が分かってきていた。

 そのため、俺は剣気を上手に扱う練習を今度はやり出した。


 まず俺は、己のありのままの剣気を纏わせることを強く意識した。


 纏わせる剣気が逃げ出さないようにしたり、剣気が乱れないようにしたりなど、様々なことに気を使いながら、丁寧に修練をした。

 最初の基礎は、とても大事で、これから先の剣術の土台となるものだ。 だから、俺は丁寧に仕上げていった。

 何年かかったのか、分からないくらいに。



 そして、余分な事を一切考えない極限の状態で、剣を振るった時に、俺はついにこの技を完成させた。


 まるで月のように澄みきった心で繰り出したこの技を、その時の俺は"心月の刀身"と名付けた。



 この技は、剣気を扱う上での基礎的な技と言ってもよくて、剣術の原点とも言える。



 だが、次第に新しいことを学んでいくうちに、基礎が抜け落ちてしまうことがある。


 それに、この技は特定の心身の状態でしか繰り出せないため、いつでも繰り出そうとして繰り出せるわけではない。


 ある意味この技は、剣術の原点であり極限であると言える。




 俺たちの剣術にとって、剣気は切っても切り離せないもので、深い結びつきがある。


 その剣気を、本当の意味で扱うことで作り出される剣戟ならば、クロノスにだって通用するかもしれない―――



("心月の刀身"を繰り出すときの剣気に、更に俺の強い思いも込めることが出来れば……)



 極限まで集中し、かつ心が澄んだ状態で、剣気に強い思いを込める。



(正直、やってみたことが無いし、出来る保証なんて無い。

 それでも、自分の殻を破る為にはやるしかない。

 いつか、《剣聖》もクロノスも魔物も――全てのものを凌駕する為にも……‼︎

 そして――)



 俺は、あの《時の狭間》に行くことになった理由を思い浮かべる。



(――俺の剣で、全てを守る為に……‼︎)




 俺は決意をした。


 クロノスと、全身全霊で戦うことを――




 *




 サァァァァ



 突如、俺を包み込んでいた闇が晴れていく。

 それは、俺の心にあった迷いが晴れていくのを表したかのようにも見えた――



(……さて、感傷に浸るのもこれくらいにして……)


 俺は正面に立っているクロノスを強く見つめる。

 すると、あいからわず真っ黒な剣気を纏いながら、クロノスは話しかけてくる。


「よお……――どうやら戻ってこれたようだな」


「ああ、なんとかな。……それにしてもお前は底が掴めないな。本当に何者だ?」


 俺は、底の計り知れないクロノスに対して疑問を抱く。



 ――『人外』――『神』――『超越者』



 俺は、様々なものを思い浮かべる。

(クロノスはそもそも人間なのか……? いや、でも、前にアイツは俺の先祖だとか言っていた……)


 俺は、自然とさっきより険しい目つきになる。



「オレの詮索をするのは自由だが、戻ってきたんなら戦うぞ……!」

 すると、そんな警戒をする俺に、クロノスは剣を構えながら言ってきた。



 俺は、そのクロノスの言葉によって我に帰り、剣を構えてから、クロノスに告げた。


「今から、俺の全力を持ってお前と戦う!覚悟しておけ、クロノス!!」



 俺の言葉を聞いたクロノスは、一度ニヤッと笑ってから、コインをポケットから取り出した。


 クロノスは左手でコインを持ちながら俺に言う。


「オレの投げたコインが地面に着いた瞬間が始めたの合図だ!

 千日の稽古を『鍛』とし、万日の稽古を『錬』とする。そして勝負は一瞬。

 ――心してかかって来い……‼︎」


「……」


「……」


 クロノスが言い終えると共に、俺たちは剣気を己の剣に纏わせる。



 クロノスの剣は黒。

 俺の剣は白。


 二つの対象的な色の剣気が、空気を震わす。



 そして、クロノスは左手でコインを弾く。



 コインが落ちるまでの、とても長く感じる時間を、俺もクロノスも両手で剣を握り締めながら過ごす。



 コインは上昇を止め、降下し始める。



 カンッ


 ――そして、コインはついに地面に着く。


 それまでの時間は僅か数秒も無かったが、二人はとても長く感じるものだった。




 二人は一瞬で間合いを詰める。

 そして、俺たちは極限の中で技を繰り出す。



「"常闇とこやみ"…‼︎」


「"心月しんげつ刀身とうしん"…‼︎」



 闇と光が激突する――



 それによって起こる衝撃はとても大きいものとなり、一瞬にして世界が歪めたと錯覚するほどだった。

 俺は、思い切り力を込める。




 世界がとてもゆっくりに流れているように感じる程の極限状態。


 剣気を剣に纏わせるだけの技に、これまでに無い程の思いを込める。




 ――相対する闇と光。



 今この瞬間だけは、光が勝った――




 キンッ!!


 俺によって、クロノスの剣が弾かれる。

 そして、そのせいでクロノスの体勢には隙ができる。


 その瞬間を狙って、俺は、クロノスめがけて心月の刀身を突き刺した。



 *




「……へぇ……やるじゃないか」


(ああ、今この瞬間だけだとしても、俺の勝ちだ。)

 俺は、クロノスの言葉を聞きながら、一人心の中で呟く。



 そして、クロノスに何か言おうと口を開こうとした時、



 突如、胸に剣を刺されているクロノスは、右手の人差し指と中指をピンと張った。

「“時空捻転じくうねんてん・――」


 クロノスは何かを口にする。そして、中指を人差し指に交差した。

「――『■■』――■■■■”」




 瞬間――音も無く、世界が再び変わる。



 白かった空間は、暗闇に変わる。


 そして、俺の周りに数々の星々が具現する。

 星の色や大きさは様々で、どれも見慣れない星ばかりだ。


 それに、なんだか時空の歪みも感じる気がする。重力の感覚がおかしい。



「何だ……この空間は……っ‼︎」

 俺は叫ぶようにしてクロノスに問う。



 しかし、クロノスは答えることなく、俺に告げる。


「今日のところ、夢はもうお終いだ」


 クロノスが言い終えると、急にまた空間が変わり始める。

 今度は、ぼんやりとする。

 まるで溶けていくかのように――



「おい! おいっ!!」


 俺は、景色と同時にぼやけていく意識の中、必死にクロノスに声を上げる。


 だが、クロノスはほくそ笑むだけで、それ以上何も俺にしてこなかった。




 *



「――は……っ!!」


 跳ね上がるように目が覚める。



 さっきまでのこともあって、冷静を欠いてしまいそうになるが、俺はなんとか自分を抑える。


 うるさく鳴る心臓の音を聞きながら、呼吸を整える。



 ようやく収まってきたところで、俺はベットから出て、近くに置いていた剣を鞘から抜く。


 俺は目を瞑り、剣気を剣に纏わせることに集中した。


(――きた! この感覚……‼︎)


 俺は目を開き、剣を振ってみる。

 すると、剣を振るときに、世界がゆっくりになっているような感覚になる。




「よし……っ‼︎」


 俺は拳を握りしめ、ガッツポーズをとった。

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